第17話 ユウのアルバイト

 王立研究所でバイトの日々が始まった。給料の相場がよくわからないので、レトが俺の代理人としてラダと話し合ってくれた。


「レト、何から何までありがとう」

「いえ、お気になさらず。ユウ様がこちらで暮らすのにご不自由がないよう、お手伝いするのが私の役目ですから。それに、ユウ様と作ったピールの今後が楽しみです」


 客人まろうどの様子は定期的に宰相に報告義務がある。今回の仕事の経緯を話してきます!とレトは忙しそうだ。

 俺は朝起きて食事をした後に研究所に向かう。レトはゼノと一緒に研究所に来て、俺の助手を務めてくれる。


 主任のラダは材料とピール作りの為の部屋を確保してくれた。彼はとても研究熱心で、ゼノに魔石オーブンは増産できるかと尋ねた。


「試作品は出来上がっていますので、作ることは可能です。問題は材料の魔石の確保と予算ですね」

「できれば、もう二、三台はあったほうがいいだろう。天日干しと、オーブンで作ったものと、どちらが効果が高いのかも調べてみたい」


 ラダのやる気は素晴らしいけれど、期待に見合うような結果が出るんだろうか。


「あのさ、ピールは偶然の産物みたいなものなんだ。レシピはあるけど、安定して大量に作れるのかどうかはわからないよ」

「やってみましょう。今まで見向きもされなかったものが、魔石同様の宝に化けるかもしれません」


 ピール作りが始まり、連日、目が回るような忙しさだった。計量して、作って、記録して。また計量して、作って、記録する。

 ラダは俺が頼んだものをすぐに手配して、作っている様子と出来たものををつぶさに観察しては、全てを一つのデータにまとめていく。


「つ……かれ……た」

「大丈夫ですか? ユウ様。あまり無理をなさらないでくださいね」 

「うん。でも、早く完成したら、ジードたちのところまで運んでもらえるかなって」

「ああ、ラダ殿が仰ってましたね」


 ここで初めてできたピールを見て、魔力分析に走ったラダが言ったのだ。これは、騎士団にとって大変な力になります、ぜひ増産して任地に届けましょうと。上機嫌のラダは、更にとんでもないことを口にした。


「ユウ様さえよければ、うちでずっと働くのはいかがでしょう? 他に思いついたものがあればどんどん作っていただいて」


 きらきらした瞳に騙されてはいけない。この目には覚えがある。部活で他の奴の手伝いを安請け合いしたら、めちゃくちゃ働かされたことを思い出す。


「いや、俺は菓子を作りたいんであって、魔力を増強する食べ物を作りたいわけじゃないから」

「このピールなら、どちらも狙えますよ! おいしくて魔力増強!!」


 どっかの健康食品の宣伝か。

 一石二鳥を狙えるなら何よりだけど、うまい話はそうそうない。それに俺はアイデアマンではないんだ。俺とレトはラダの話を無視して果実の皮を剥き、黙々とピール作りに励んだ。


「ユウ様、今日はこの辺にしましょう。夕飯はどうされます?」

「それが、あんまりお腹減ってないんだよ。味見ばっかりしてるから」

「ああ……」


 魔力のある人がスロゥやリュムのピールを食べたら、体に影響が出る。おかげで、気軽に味見を頼めない。魔力のない俺ならいいかと食べ続けていたら、段々、味がわからなくなってきた。


 ふと、ピールを食べた後のジードの姿が浮かんで頬が熱くなる。


 ……色っぽかったな、ジード。


 俺は、ぶんぶんと首を振った。

 いけないいけない、余計なことを考えてる場合じゃない。


「うーん、難しいとは思うんだけどさ。俺みたいに魔力のない人や、ピールを食べても影響がないタイプって、いないかなあ……」

「そうですねえ。少量なら問題ないんですよね」

「食べてもすぐに力を放出できればいいんだけど。誰か……、あっ!」


 ――いた!


「いたぁ! すぐ近くに!」


 レトとラダが目を丸くする。


「騎士たちだよ! 少し食べて、実際に戦ってもらえばいいんだ。味見も、食べた後のデータも取れる!」

「……あっ!」


 ラダが椅子から立ち上がる。


「第一騎士団ですね!」

「そうだよ! エリクたちに頼もう!」


 騎士たちには、試食後すぐに模擬試合をしてもらえばいい。騎士たちが稽古を重ねる騎士棟は、研究所からは目と鼻の先だ。ラダはすぐに第一騎士団に連絡を取ってくれた。

 ありがたいことに俺の提案はすんなり受け入れられ、三日後に騎士団を訪れることが決まった。




「エリクー!」

「ユウ様!」


 騎士団の受付の前に、きらきらと爽やかなイケメンが立っている。俺が走っていくと、満面の笑みで迎えてくれた。


「ユウ様、お元気そうで何よりです。最近はお顔を見る機会が少なくて寂しい毎日でした。お声を掛けていただければ、こちらからいくらでも伺いましたのに」


 ……ああ、爽やかさだけでなく、優しさが心に沁みる。


 女神様はイケメンに、二物どころか山ほどのプレゼントを与えたんだな。エリクは俺の癒やしだ。


「頼むのはこちらなんだから、エリクに来てもらうわけにはいかないよ。今日は本当にありがとう! みんな協力してくれるの?」

「もちろんですよ。さっきから、ユウ様に会いたくてうずうずしてる奴らばかりですから」


 エリクがちらりと後ろを見れば、体の大きな騎士たちが整列している姿が見えた。小さく手を振ってくれた騎士がいたので大きく振り返すと、あっという間に全員が我先にと手を振り返してくれる。

 ユウ様ー!と笑顔で叫ぶ騎士たちは、何だか大型犬が揃って尻尾を振ってるみたいだ。


「全く騒々しくて申し訳ありません。話を聞いてから皆、楽しみにしていたんですよ」

「本当に助かるよ。あ、こちらは王立研究所の魔力分析研究室の主任で」

「……ラダ・ゾーエン」

「お久しぶりですね。ザウアー部隊長」


 いつも笑顔のエリクが、一気に暗くなる。ラダはにこにこと笑顔のままだ。


「二人は知り合いなの?」

「何度か騎士団に研究所から協力を求められたことがありますが。……正直、いい思い出はありません」

「ご、ごめんね。変なこと頼んじゃって。ついエリクなら、って思って」


 エリクは目を瞠り、俺のことを見つめている。


「ユウ様、私なら……と?」

「え? うん。俺、この世界で知り合いがあんまりいないし。エリクなら頼りになるなあってずっと思ってるんだ」


 そうそう、前に約束した分も作ってきたよ、とお土産の包みを差し出す。エリクは口元を抑えたままうつむいた。


「ユウ様が私を頼りに……。それに、あの約束まで」

「エリク?」


 顔を上げたエリクの頬はうっすらと赤い。エリクはまるで宝物を受け取るみたいに恭しく俺の土産を受け取った。そして、俺の手を優しく取って、騎士たちの元に連れていってくれた。


 ……そんなにピールが嬉しかったのか。でも、量は少しずつ食べるようにしてもらわないと。


 騎士たちは俺を見ると、わっと寄ってきてくれた。みんな俺より大きいけれど、もう見下ろされても怖くない。


「ユウ様、この間食べた物のこと覚えてますよ」

「魔力を高めるって聞いたので楽しみです」

「模擬試合も、ぜひ見て行ってくださいね!」


 何となく、騎士たちと仲良くなった気がして嬉しい。


「今日は皆さんに実食の上、戦った時の様子や体調を聞かせてもらえたらと思います。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げると、うおおお! と地鳴りのような歓声が聞こえた。

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