第18話 夜会への招待

 まず、ピールを食べる前に一人ずつ魔力を測定する。魔力量が同じ位の人たちを二人一組にして、食べた後に戦ってもらう。そして、もう一度魔力量を測る。基本はこれだけ。今回はスロゥとリュム、二つの実食グループに分けた。

 騎士団にある魔力測定器で魔力を測り終えた騎士たちが、試合前にピールを口にする。演習場では武器は禁止、得意な魔法は一種類までとした。


 少し離れた観覧席に案内されて座ると、すぐに試合が始まる。


 演習場の土埃が舞い、竜巻のように渦巻く水が一人の騎士に向かう。あっという間に水に呑まれた騎士が、次の瞬間には爆炎で水を切り裂く。水は一瞬で蒸発し、今度は炎の塊が相手の騎士の体に次々に弾丸のように投げ込まれていく。彼らは倒されたかと思うと素早く起き上がり、互いに容赦ない攻撃を繰り返す。


 ……すごい。


 騎士たちの模擬試合を見るのは初めてだけど、いつもこんなに大迫力なんだろうか。

 危ないからと、観覧席には結界魔法が張られているが、念のために俺の隣にはエリクが控えている。


「ねえ、エリク。模擬試合って、いつもこうなの?」

「……いえ、いつもはここまでの戦いにはなりません。いくらユウ様の前で張り切っているとはいえ、驚くほどです」


 興奮しながら試合を見ていたけれど、審判を務めていた騎士の声が飛んだ。


「やめ! そこまで!」


 わあっと拍手が沸き、俺も夢中になって手を叩いた。

 騎士たちが揃って俺の前に来てくれた。二人とも、ピールを口にした途端に力が増したと言い、体に残った魔力量の測定に向かった。後は、その後一日の体調の変化を報告してもらう。


 俺たちはその後も模擬試合を見続けた。先に試合を終えた騎士たちは、普段以上の力を出したにも関わらず疲労感を感じないと言うから、ピールは本当にすごい食べ物なのかもしれない。

 用意したピールは全てなくなり、試食の感想もラダによって回収された。


「エリク、本当にありがとう。また協力してもらえるかな?」

「ユウ様、こちらこそ。ピールがたくさんできれば、我らこそ助かります」

「ありがとう! これもエリクが任地での話をしてくれたおかげだよ」

「……そんな。ユウ様が私の話を覚えていてくださったからこそです。またいつでも仰ってください。お力になれれば何よりです」


 あああ……。エリクは謙虚で心まで美しい。俺が女子なら、きゅんとときめくところだ。


 エリクと騎士たちに別れを告げ、研究所に戻る。ラダは上機嫌だった。


「いやあ、今日は大収穫でした! 騎士たちはユウ様に弱いんですねー」

「言い方!」

「ピールもユウ様のような異世界人も大変面白い。これからが楽しみです」


 ラダの言葉を聞きながら俺は幸せな気持ちだった。今日の結果が何を招くかなんて想像もできずにいた。そう、嵐はいつだって、突然やってくるのだ。




「ユウ様! 招待状です」 

「招待状? なんの?」

「国王陛下主催の夜会です」


 レトが興奮して一枚の手紙を持ってくる。真っ白な光沢のある封筒には、金の縁取りと紋章が付いていた。これは確か、この国の王家の紋だ。


「夜会って……パーティってこと?」

「ええ、今回の夜会には王侯貴族だけではなく、国内で功労があった方たちが招かれています。今、ユウ様は話題の人ですからね」

「……何で?」

「ピールですよ! 魔力増強の特効薬と話題になってるじゃないですか! この研究所の所長とラダ殿、ゼノと私のところにも招待状が届きました」


 騎士たちに協力を仰いでから一か月。


 ピールはスロゥもリュムも十分な効果が報告された。スロゥは主に魔力や精力の増強。リュムは回復と持続。どちらも自分の魔力量に合わせて摂取すればかなりの効果が見込める。


 レシピはデータ化され、ラダから研究所の所長へ、レトから宰相へ。そしてエリクから騎士団長へと次々にピールの成果が報告された。気合を入れたラダがゼノのいる魔道具開発部に魔石オーブンの追加作成を依頼した。


 南の戦地にも一度、少量ではあるが試験的にピールが送られて効果ありとの報告が来た。今、王立研究所ではジードたちのいる南部へ物資と共にピールも送ることができるよう、総力をあげて増産に追われている。

 王宮では素晴らしいものができたと話題になっているらしい。


「喜んでもらえたのは嬉しいけど、俺、パーティなんて行ったことないんだけど。国王陛下たちにも、こちらに来てすぐに会ったきりだよ?」

「大丈夫ですよ! 私たちもご一緒しますから」


 嬉しそうなレトを見たら、何だかすごくいいことなんだと思える。


 レトが言うには、今回の夜会は席に着いての晩餐会ではない。軽食の用意される舞踏会だと聞いてほっとした。異世界人の俺にダンスは求められないだろう。恐れ多い気はしたが、断る理由も思いつかない。元々こっちに来てから、ずっと王宮でお世話になっているのだ。レトに励まされて、俺は招待を受けることにした。


 服は以前仕立ててもらったものでいいかと思っていたら、レトがご新調を、と言う。前に陛下に会った時は制服だったけど、今回は招待だから気合を入れた方がいいらしい。俺には研究所からの給料と国からの報奨金があった。小金持ちになったので、早速それを使おう。

 翌日には王宮出入りの職人が呼ばれて、体中を採寸された。


「お体が華奢きゃしゃでいらっしゃいますし、神秘的な瞳と髪の色からも華やかなお色がよろしいかと」


 職人の言葉に気が遠くなる。しょっちゅう言われているので訂正する気もないが、俺は華奢じゃない。一八〇センチあるし、それなりに筋肉はついている。周りがデカすぎるんだ。しかし、神秘的って言葉は初めて聞いたな……。


 華やかな刺繍や首や袖に潤沢にフリルをあしらった上下のデザイン画が提案される。ぎょっとしていると、レトがうんうんと頷く。


「ねえ、こっちでは皆、夜会にはこんなひらひらした服装なの?」

「そうですね。女性たちに合わせて男性の衣装も、刺繍や宝石を散りばめることが多いです。魔獣の被害はありますが、他国との戦も長いこと起きていませんし、年々華やかになっています」


 ……確か、国が平和な時は文化に金が回るって世界史の教師が言ってた。


「騎士でしたら、それぞれの騎士団の正装で出席される方もいらっしゃいますが」


 ジードの姿を思い出して胸がぎゅっと痛んだ。元気にしてるだろうか。毎日ちゃんと眠って、食事はできてるのかな。……会いたいよ。


 そんな気持ちが伝わったのか、初めてジードからの手紙が届いた。逸る気持ちを抑えて封を切る。この世界に来てからずっと学んできたおかげで、少しは字が読めるようになった。それでも、途中からは何て書かれているのかわからない。早く知りたくて、我慢できずにレトに読んでもらった。


 ジードの手紙は丁寧だった。時候の挨拶の後に俺の体を心配し、自分の近況が書かれていた。南では思ったよりもたくさんの魔獣の巣が発見されたこと。もうしばらくは王都に戻れそうにないこと。終わりに綴られた言葉に胸が締めつけられた。


 ──ユウに会いたい。毎日、ユウのことを想っている。どうかユウの毎日が幸せでありますように。


「……ジード」


 何度も手紙を読んだ。レトに借りた辞書で、わからない言葉を引いた。俺も会いたい。ジードがいない日々は、自分の中にすうすう風が吹き抜けていくみたいだ。毎晩、女神様に祈ることにも慣れたけれど、一人の夜は何だかとても長い。


 折角だから、俺も返事を書くことにした。元々年賀状ぐらいしか、人に宛てたものを書いたことがない。初めてのジードへの手紙は何度も何度も書き直した。たった一枚の手紙だけれど、長い時間をかけて書き上げた。どうか無事に届くようにと心から祈った。

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