第15話 ピールと王立研究所
想いを伝えあってから、二日後。
第三騎士団は、南部の魔獣討伐に出発した。急速に増えた魔物たちが新たに町を襲撃した為に壮行の儀式は中止され、あっという間に旅立ってしまった。
ジードは、当分帰ってこない。そう思うと、自然にため息がこぼれる。
「ユウ様、通算三十一回目です」
体調が戻ったからと復帰したレトが、心配気に俺の顔を覗き込んだ。レトに数えられるぐらい、俺は何度もため息をついているらしい。自室のテーブルの上には、何度も作ったピールの資料が並べられ、レトが新しいお茶を淹れてくれた。
「大丈夫ですか? ジード様が出発なさったのが、余程ご心配なんですね」
ずばりと核心を突かれて、違うと言うこともできなかった。噴き出しそうになったお茶を無理やり飲み込む。
「……うん。南では魔獣がすごく繁殖してるって聞いて、やっぱり不安なんだ。レトこそ体の具合は平気?」
「え、ええ。ご心配ありがとうございます」
レトがうつむいて赤い顔をする。まだ体調が戻りきっていないのかもしれない。
「ごめん。俺がずっとピール作りに付き合わせたから、レトも疲れがたまってたんだよな。ゼノにも看病させてしまって悪かった」
「え? いや、そんなことはないですよ。ほ、本当にユウ様のせいじゃありませんから!」
レトは俺に心配をかけないように気を遣っている。申し訳なさにしょんぼりしていると、レトの口から、うううう……と呻き声が聞こえた。
「こ、こんなことをユウ様にお聞かせするのもどうかと思うのですが」
「レト?」
きょとんとする俺に、レトは体をぷるぷる震わせている。なぜか、顔だけではなく耳まで真っ赤になっている。
「この間、ゼノと一緒にピールをいただいて帰ったあと、夕食までにお茶を飲んだんです。浮かれて話し通しで、少しピールをつまみながら……。そうしたら」
段々体が熱くなり、気がついた時には互いを求めあっていたのだと言う。
レトの話は衝撃だった。俺は、人からまともにそんな話を聞いたことがなくて、うろたえてしまった。
「え、そ、そうなんだ。でも、二人は結婚してるしさ、そういうことも」
あるよね、まで言おうとしたら、レトが立ち上がって両手でバン!とテーブルを叩いた。ぎょっとして思わず姿勢を正す。いつもは穏やかなレトが眉をつりあげている。
「ちがいますっ!」
「お、おおお?」
「違いますよ、ユウ様っ! 何というか、そういうことじゃなくて。もっと
「魔力?」
俺は、はっとした。
応接室でジードにピールを渡した時。ピールを食べた後のジードの様子が急激に変わったことを思い出す。確か、ジードも体が熱くなったと言っていた。
「そういえば、エリクも……。第一騎士団の皆も、ピールを食べた後に何か言ってた」
ピールを食べた騎士たちの言葉が脳裏に浮かぶ。
──客人殿、この食べ物には何か、魔力を宿らせておりますか?
──不思議なのです。こう、体の中から力が湧き上がるような……。
──体の端々にまで、力がみなぎっていくような気がします。
力が、みなぎる? それって、ピールに関わることなんだろうか。
「レト! あのさ、果実を加工して食べたら、体に魔力が溢れるようなことってあるのかな?」
「ユウ様、私とゼノも同じことを考えていました。可能性はあると思います」
「そうか……。実は俺も驚いたことがあって……」
言いかけたものの、思わず言葉を飲みこんだ。流石にジードとのことは口にできない。黙り込んだ俺に、レトは何かを察したようだった。
「ユウ様、確か作ったピールはまだ残っていましたよね?」
「うん。少しだけど、まだリュムもスロゥも残ってる」
「早速ですが、それを王立研究所の魔力分析に出しましょう! もしかしたら、ユウ様のお作りになったものは、私たちが想像もしなかった効果を持っているのかもしれません」
「一体、どんな効果なんだ?」
「もしかしたら、ですが。魔力というか、せ、精力増強のような効果が……ありそうです」
「せいりょく」
レトと俺は思わず顔を見合わせて、互いに顔を赤くした。
王宮の広大な敷地の隣に王立研究所がある。尖塔のある三階建ての大きな建物は、外壁のあちこちに使われた魔石で白く発光している。真っ白な外観は魔獣への防御効果もあるという。
白く光る尖塔の先を眺めるだけだった研究所に、俺はレトと一緒にやってきた。ピールを魔力分析に出してから、早くも半月。とうとう結果が出たのだ。
「ここは、魔石や魔力に関しての研究施設なんですよ。エイラン王国の研究施設としては最大です。ゼノの部署もここにあります」
「魔石オーブンはここで生まれたんだ……」
感慨深く建物を見上げてしまう。オーブンのおかげで、無事にピールを完成させることができた。ゼノとレトには感謝ばかりだ。
ちょうど正面の扉からゼノが出てきた。レトが俺たちの訪問を伝えてくれていたのだ。日焼けした肌に、笑顔が眩しい。広々として開放的なエントランスで、俺は深々と頭を下げた。
「ゼノ、ありがとう! ピールができたのは、本当にゼノのおかげなんだ。それなのに、ごめん……。俺のピールのせいで大変なことになってしまって」
「そんな、ユウ様! どうぞ顔をお上げください。ピール作りでお役に立てたのが嬉しくて、つい俺たちも食べすぎてしまったんです。それがまさか、あんなことになるとは」
ゼノが顔を赤くするのを見て、レトも真っ赤になっている。そんな二人を見て、つい二人のあれこれを想像して、俺まで頬が熱くなった。いけない、いけない。余計なことを考えちゃだめだ。
「ほんとにごめん。自分が食べても何ともなかったから、てっきり皆の体にも影響がないと思ってたんだ」
「いえ、俺たちも全く予想しなかったことですので。でも、その……嬉しかったです。まさかレトがあんなに積極的に……」
「ゼノ! よ、余計なことを!!」
レトが走り寄ってゼノの口をぱちんと手で抑えた。ゼノは口を抑えられて、もごもごしながらも嬉しそうだ。
「レト、ゼノが苦しそうだけど」
「ユウ様のお耳にろくでもないことを聞かせるわけにはいきません! 全くもうっ」
レトはまるで猫が毛を逆立てているみたいに怒っている。ゼノがレトの手を外しながら優しくごめんと言うと、レトは頬をわずかに膨らませたまま目を逸らす。
……レトって、実はツンデレだったんだな。
そんなレトに、ゼノはべた惚れなんだろう。蕩けそうな微笑みを向けている。俺は
俺の視線に気づいた二人は、さっと姿勢を正した。ゼノが先に立って研究所の中を案内してくれる。廊下を歩き、一つの扉の前で立ち止まった。コンコンと扉を叩くと、どうぞと促す声がする。中には応接セットがあり、まるで医者のように白衣を着た男が窓際に立っていた。
彼は背中まである銀髪を一つに結び、この世界では珍しく眼鏡をかけている。にこりと微笑む顔は整っていて、知的な雰囲気だ。研究者なんだろうか?彼は俺の前までさっと歩いてくると礼をした。
「はじめまして、客人殿でいらっしゃいますね? 私はラダ・ゾーエンと申します。この魔力分析研究室の主任を務めております」
「あっ、はじめまして。ユウです」
この世界の人は皆そうだが、ラダも俺よりずっと背が高い。何となく緊張して見上げると、目元は優しかった。
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