第14話 騎士の告白

「えっと、これ」


 俺は、脇に置いていた革袋をジードに差し出した。


「俺の国ではピールって呼ばれてる食べ物なんだ。スロゥとリュムの皮をゆでこぼしてから、花の蜜で煮て乾かした。なかなかうまくいかなくて時間がかかったけど、レトや伴侶のゼノに協力してもらって、ようやく成功したんだ」


 ……受け取ってもらえるだろうか。


 たとえ受け取ってもらえなくても、最後までしっかり自分の気持ちを言おう。手が震えそうになるのを、必死でこらえた。


「これ、ジードに食べてほしくて作ったんだ。う、受け取ってくれたら嬉しい」

「……俺に?」

「うん。プリンがうまく作れなかった時も、ジードはずっと応援してくれた。俺はひどいことを言ったし、これで埋め合わせができるわけでもないと思ってる。ただ、この世界でスイーツを作った時に、一番先に食べてほしい相手はジードなんだ」

「一番先に……。ユウは、これを俺に食べさせたいと思って作ってくれたのか」


 こくりと頷くと、ジードがソファーから立ち上がった。あっと思った時には、革袋を差し出した自分の手が、ジードの大きな手にすっぽりと包み込まれていた。日々鍛えられて厚みのある手は、とても温かい。


「ありがとう。ユウ……」

「……うん」


 何て言葉を続けたらいいのだろう。目を上げると、ジードがうろたえたような顔をする。ぱっと手が離れて、ジードは何度も瞳を瞬いた。


「こ、これ、開けてもいいか?」

「あ、今、食べる?」

「せっかくユウが持ってきてくれたんだ。食べて礼を言いたい。次はいつ会えるかわからないから」

「そうか。うん、そうだよね」


 俺は頷くことしかできなかった。平和な国に生まれて、戦うってどういうことなのか、本当はよくわからない。ジードの方がいつだって、生と死に向き合っている。

 ただ、この世界に来てすぐに、魔獣に食われそうなところを助けてもらった。こんな俺でも、生きていることのありがたさをジードのおかげで知ったんだ。


 ジードは革袋の中から二つの包みを取り出した。紐を外し薄紙を開けば、それぞれのピールが輝いている。ジードの顔がほころんだ。


「綺麗だな。食べるのが惜しいくらいだ」

「きらきらしてるのがスロゥで、明るい緑の方がリュムだ。リュムのピールは、まるでジードの瞳みたいに綺麗だと思う」


 ジードが黙ったので、あれ?と思って顔を見た。


「ジード?」


 ジードの頬がうっすらと赤い。黙ったまま、リュムのピールを先に摘まんで口に入れる。もしかして、自分は今、ものすごく恥ずかしいことを言ったんだろうか。


「ど、どう?」

「うまい。口に入れた途端に爽やかな酸味が広がる」

「……よかった」


 ジードは続けてスロゥのピールも食べた。顔を上げて笑顔を見せてくれたので、ほっと息をつく。


「こちらのスロゥは触感がいいな。つい、後をひいて幾つも食べたくなる」

「少しずつ食べて。日持ちするし、栄養もあると思う。そう言えばさっき、騎士たちが力が湧いてくると言ってた……」


 俺にはよくわからないんだけど、と続けようとした時だった。ピールをつまんでいたジードが、前屈みになった。


「どうした?」

「いや、何だか急に体が熱くなって……」


 ジードは口元に手を当てている。細かく体が震え、大きく息をつく。慌てて駆け寄れば、どんどん息が荒くなる。


「ジ、ジード? 大丈夫?」

「す、すまな……ユウ……」


 ジードの肌には細かな汗がびっしりと浮かんでいる。手を伸ばして額に触れた途端、ジードの眉間にぐっと皺が寄った。奥歯を噛み締めている様子に、俺は慌てた。


 ……何で? 具合が悪いのか?


「ジード? 苦しい? 俺、今すぐ、誰か呼んでくる!」

「……めだ。ユ……ウ……」


 一瞬、何が起きたかわからなかった。


 目の前が暗くなって、すぐ目の前に厚い胸板がある。太く逞しい腕に力がこもって、俺は胸の中にしっかり抱き込まれていた。まるで走り終えたばかりの選手のように、ジードの体は熱く火照ほてっている。


「すまない……ユウ。少しだけ、こうしていてくれ。お願いだ」

「……ジード」


 トクトクトク……と早鐘のような鼓動が伝わってくる。同じぐらい自分の胸の音も早くなっている。見上げれば、燃えるように輝く瞳と目が合った。そうだ、初めて見た時からこの瞳に惹かれていた。魔獣から助けてくれたあの時から。


 ……ああ、そうか。俺は、ジードが好きなんだ。


 胸の奥で、考えないようにしていた痛みがちりちりと揺れる。


 ──馬鹿だなあ。絶対、俺のものにはならないのに。


 思わず唇を噛み締めた。何で、自分を好きになってくれない人を好きになるんだろう。異世界まできて、もっと楽な恋をしたっていいのに。

 目の奥が熱くなって、ジードの体温を感じるほど胸が苦しくなる。


「好きだ……ユウ」


 かすかに聞こえたその声が、ジードの言葉が。俺の心の一番深い部分に届く。閉じ込めた臆病な心を、ゆっくりとこじ開けてしまう。

 だめだと思っても嬉しさに震えた。言ってはいけない言葉なのに、堪えきれず口にしてしまう。


「……俺も。ジード、俺もジードのことが好きだよ」


 俺の体を抱きしめる手が、一層強くなった。

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