第13話 ユウの謝罪
「
「えっ? いや、なにも?」
「……そうですか。不思議なのです。なにか、こう、体の中から力が湧き上がるような」
「そうです。体の端々にまで力がみなぎっていくような気がします」
騎士たちが興奮したように気持ちを伝えてくる。エリクが神妙な顔をして俺のすぐ隣に来た。
「ユウ様、誠に不思議ですが、私も皆と同じことを思っております。口にして少し経つと、体の中にまるで火が巡るような……不思議な高揚感が訪れます」
「そ、そうなんだ。ごめん、俺も味見したけどよくわからなくて。昨日食べたはずのレトとゼノには、まだ会えてないし。もし、この後何か体調に変化があったら教えてくれる?」
「ユウ様のお役に立つとあれば……! このエリク・ザウアー、すぐにお知らせ申し上げます」
エリクが俺の手を取って、そっと指先に口づけた。いつもの清々しい笑みではなく、どこか色っぽさが宿る目つきだ。騎士たちがわっと盛り上がっているが、俺は慌てて手を引っ込めた。エリクの艶めいた様子が普段と違って、ちょっと怖い。
「ところでユウ様、折角いらしたのですから、団の中をご案内しましょうか?」
「え。ありがたいけど、あの、ジードにもピールを渡したいんだ。もうじき辺境に旅立ってしまうから」
「ああ、成程。センブルクですね。それでは第三騎士団までご案内致しましょう」
「ほんと? 助かるよ、エリク! ありがとう」
エリクに促されて歩き始めると、騎士たちが大きな声で礼を言ってくれた。俺が振り返ってぺこりと頭を下げると歓声が上がる。
……喜ばれてよかった。また頑張って作ろう。
胸にじわりと広がる嬉しさに何だか泣きそうになりながら、俺はエリクの後を追った。
エリクについていくと、建物が途切れ広大な演習場が見えてくる。
演習場の真ん中には騎士が二人向かい合って立ち、互いに身動きもしない。その向こうには整列した騎士たちが並んでいた。
「あれは……、ジード?」
胸がドクンと鳴る。向かい合う騎士の片方はジードだ。
「どうやら、第二騎士団との壮行試合のようですね」
「壮行試合?」
「ええ、今日は、第二の担当日です。出発前は皆、心が不安になったり、高揚しすぎたりします。実戦前は体力を高め、平常に近い状態に精神力を持っていかねばならない。多少の高揚感は構いませんが、冷静さを欠く者が増えれば、団全体に危険が及ぶことになります。送り出す側の団が相手となり、試合で力を放出するのは魔力コントロールに有効なのです」
「団全体に危険が……」
「そうです。一人の気の乱れが全体を危機に陥れることがある。私たちはそんな一人を見過ごしてはいけない。それぞれの騎士の働きで、団は成り立っているのだから」
俺は、静かに語るエリクから目が離せなかった。エリクを初めて見た時、好きだった先輩に似ていると思った。優しい雰囲気が先輩の笑顔を思い出させる。でも、やっぱり違う。エリクはエリクだ。
「エリクは、すごいな」
「ユウ様?」
「騎士たちや、団全体のことをいつも気にかけているんだな。俺みたいに何もわかっていない奴にも優しいし、すごく誠実だと思う。騎士たちがエリクのことを慕ってるのがよくわかる」
エリクがびっくりしたように瞳を瞬く。がっしりと筋肉が付いた大柄な騎士たちが、一回りも小さく見えるエリクに従っている姿に、実は驚いた。でも、騎士たちは皆、エリクに信頼を寄せていた。
「ありがと、エリク。実は受付で、ジードへのピールを預けようと思っていたんだ。一生懸命作ったけど、なんだか魔獣と戦う騎士たちの前では、すごくちっぽけなもののような気がしてた。でも、それはさ。自分の気持ちも、協力してくれた皆の気持ちも、ちっぽけだって思うことだ。やっぱり、自分でジードに渡さなきゃだめだよな」
何か言いたげな瞳で、エリクがじっと俺を見た。ふう、と小さなため息をつく。
「センブルクには一つ、貸しですね」
「へ?」
「ユウ様の尊いお志を無駄にするわけには参りません。彼には魔獣相手に十二分に働いてもらいましょう!」
「……うん!」
整列した騎士たちの後方にいた貫禄のある騎士が、エリクに向かって手を挙げる。エリクは俺に断って騎士の元に走っていき、またすぐに戻ってきた。
「ユウ様、センブルクと話す時間がとれます。私はそろそろ、部隊に戻りますね」
「エリク、本当にありがとう!」
「……ユウ様、お願いがあるのですが」
「お願い?」
エリクは屈みこんで、俺の耳元で囁いた。
「また今度、ユウ様のお手製のものを頂きたいのです。その、センブルクのように私あてに」
「えっ? うん! 俺の作ったものでよければ」
「もちろんユウ様がお作りになったものがいいのです」
「じゃあ、腕によりをかけるね」
「楽しみにしています」
お互いに顔を見合わせて笑った。
「ユウ……」
名を呼ばれて振り返れば、求めていた姿が、そこにあった。
何を言ったらいいのかわからない。
俺とジードは、二人きりで革張りのソファーに座って向き合っていた。どちらが口火を切ればいいのか、二人とも黙りこくったままだ。
異世界からの客人が、魔獣討伐前に第三騎士団に激励の挨拶をされたいと来られた。センブルクと親しくされているので、話す時間を取って差し上げてほしい。
エリクの言葉に感激した騎士団長によって、俺は居並ぶ騎士たちに紹介された。緊張でなにを言ったかもよく覚えていないが、何とか言葉を絞り出し、騎士たちは温かい拍手を返してくれた。その後は、わざわざ第三騎士団の応接室に案内され、お茶まで出されていた。
「客人自らのお出ましとは、ありがたい限りです。センブルクにも大変な励みとなりましょう。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
お構いなく、と言ったのに団長直々にそんなことを言われては、断ることもできない。
応接室に華美なものはなかったが、質のいい大きなソファーとテーブルが置かれている。窓からは演習場が見え、騎士たちがそれぞれに自主鍛錬を行っていた。
ジードは、俺の正面でソファーに座り、膝の上で指を組んでいる。整った顔はうつむき加減で、眉は少し上がったままだ。
……怒っているのかもしれない。
俺は、
「突然来てごめん。出発前の忙しい時に時間を取らせるつもりはなかったんだ。この間も来たんだけど、ジードが家に帰ってて会えなかったから」
「……何度も来てくれたのか? すまなかった。どうしても実家に行かなくてはならない用があったんだ。ユウは俺に、何か用があったのか?」
──用がなかったら、会う必要もない。
言外にそう言われたような気がした。
余計なことを考えるな。ちゃんと、大事なことを伝えるんだ。そう思っているのに、ひりつくような痛みが走る。俺は、大きく息を吸った。落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせる。
「今日は、ジードに謝ろうと思って来たんだ」
「謝る?」
「うん。この間、俺はひどいことを言った。ごめん」
一度口から出た言葉は二度と取り戻せない。ジードは俺を許してくれないかもしれない。……それでも。
俺は立ち上がって、深く頭を下げた。
「市場で窃盗があった時、ジードはただ泥棒を見過ごしたわけじゃない。真っ先に、側にいた令嬢を守っていただろう。なのに、俺は何もしなかったと言ったんだ。しかも、エリクと比べるようなことを……。ごめん。本当に悪かった。卑怯なのは俺だ」
ジードは何も言わなかった。
頭を上げると、ジードの綺麗な碧の瞳が、まっすぐに俺を見ていた。
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