第8話 騎士の牽制

 翌日、俺はいつもより早く起きた。大きく一つ、深呼吸をする。


 ──自分の力で、歩いていけるようになろう。


 レトと一緒に、昨日買ってきた果物を並べた。大きいの、小さいの、つるつるしてるの、ごつごつしてるの。中にはギラギラした爬虫類の鱗みたいなのがびっしりついてるのもあって、全然食べ物に見えない。レトがギラギラを見て、満面の笑みを浮かべる。


「これはスロゥと言いますが、ものすごくおいしいんですよー! 大好き!」

「そ、うなんだ。なんか、目に刺さりそうなぐらいギラギラしてるけど、大丈夫?」

「この輝きが強いほど新鮮なんですよー! 今の時期しかれないんですから」


 レトは、俺がひるんでいたら、まずは食べましょ!と強く勧めてきた。野球ボール位の大きさの実は硬い。レトの真似をして鱗のような皮をナイフで少しずつ剥いていく。予想に反して、中身はほんのりピンクがかった真珠色だった。八等分にして口に入れると、口の中に瑞々しい甘みが広がり、するりとのどを通っていく。


「うっ……ま!」

「ふふふ。そうでしょう、そうでしょう! 市場でも大人気なんですよ。長くはもちませんけど、今の時期はたくさん穫れて値段も安いですしね」

「ロワグロみたいに甘くて美味しくても、高かったら、そうそう食べられないもんな」


 スフェンの公爵家で出された高級果実を思い出す。ロワグロは、市場では全く見かけなかった。


「ロワグロ! 庶民には簡単に口に出来るものじゃありませんね。まさに、貴族の食べ物!」

「料理に使うなら、安くて簡単に手に入るものがいい。このスロゥみたいな」


 コンコン、と扉を叩く音がする。レトが出て行くと、ひょいと顔を覗かせたのはエリクだった。


「ユウ様、お加減いかがですか? あ、お仕事中でしたか?」

「大丈夫だよ。今ちょうど、昨日買ってきた果物の味見をしてたところ!」


 エリクは俺の体調を気にして顔を出してくれたらしい。そんな言葉を聞いたら、ちょっと泣きそうな気持ちになる。エリクは俺の顔を見て安心しましたと笑って、楽しそうに机の上を見渡した。


「たくさんありますね。あ、スロゥ! おいしいですよね」

「エリクも好きなの?」

「はい、好物です」

「じゃあ、一緒に食べよう。時間ある?」


 思いがけず、三人で試食会が始まった。

 エリクが参加してくれたおかげで、遠征する騎士たちの話も聞くことができた。果物は貴重な栄養源だ。もっと携帯できればいいが、長くもたせるためには保存のために大量の魔石が必要で難しいと言う。


 ……何か、もっと方法があればいいのに。


 味見が目的ではないのに、予想よりもたくさん食べてしまった。これじゃあ、昼食が入らないと互いに笑う。エリクがもう騎士棟に戻ると言うので、王宮の端まで一緒に歩いた。


「ユウ様、よかったら今度、騎士たちの模範試合をご覧になりませんか? ユウ様がいらしたら、皆喜びます」

「えっ。でも、俺……、騎士棟には近づくなって言われてるから」

「それは誰にです? 何かあったのですか?」


 前に騎士棟に行った時のことを話すと、エリクは眉を顰めた。


「少し誤解があるようです。騎士は少々態度に問題のある者もおりますが、ユウ様に無礼を働けるような者はおりません。仮にそんなことがあったら、すぐに団から除名になりますし」

「……そうなんだ?」

「客人の保護と安全は我々の責務です。それを侵すものは騎士ではない。センブルクには私から注意しておきましょう。誤解を促す言い方をした彼に非があります」

「エリク! ジードを責めないで欲しいんだ。……俺、そんなつもりで言ったんじゃないよ。ジードは心配してくれたんだと思う」


 思わずエリクの手を掴んで、必死に言った。俺の言葉でジードの立場が悪くなるのは嫌だ。


「心配……ですか?」


 エリクの呟きに、俺は強く頷いた。


「私は少し違う気がします。まるで、彼は他の騎士を牽制しているようだ」


 ──牽制? ジードがそんなことをするわけがない。


「エリク、それは違う。ジードが他の騎士を牽制する理由がないよ」

「……ユウ様は十分、魅力的な方ですよ。ご自分のことはわからないものかもしれませんが」


 エリクの声音は穏やかだが、言われたことは信じがたかった。こちらに来てから声をかけられたことは何度もあるが、どれも異世界人へのもの珍しさからだとしか思えない。


「俺のこと、真剣に心配してくれる人はレトやジードぐらいなんだよ。だから!」


 頼む、という気持ちだった。ずっと親切にしてくれた友達に迷惑はかけたくない。エリクは何か言いたそうな顔をしていたけれど、黙って頷いてくれた。


「わかりました。今回は何も申し上げずにおきましょう。でも、私もユウ様のことを心配しています。何かあったら、いつでも仰ってください」

「……ありがとう」


 エリクの言葉に、緊張が一気に解けていく。ほっと胸を撫でおろした時には、すぐ近くに人が立っていた。


「ユウ? こんなところで、何を……」

「ジード!」


 今まさに話していた相手が登場して、俺はうろたえた。騎士棟から繋がる渡り廊下を歩いてきたジードは、おそらく一緒に昼食をとろうと思ったのだろう。わずかに眉を寄せ、口を引き結んでいた。まるで挑むような瞳をしている。その視線は、ただ一点に向かっていた。そう、エリクの手をしっかり握りしめている俺の手に。


「あれ? わ、わわっ!」


 慌てて手を離そうとすれば、なぜかエリクはぎゅっと力をこめて握り返してくる。


「ユウ様、今日はとても楽しかったですよ。また是非、お声がけください」

「あ、うん、こちらこそ。突然誘ったのに付き合ってくれて、ありがとう」


 エリクがジードに目を向ければ、ジードは素早く脇に退いて礼をする。それに軽く視線だけ返すと、エリクは騎士棟に向かって歩き出した。後に残されたのは、俺たち二人だけだ。今まで感じたこともないほど、俺たちの間には、気まずい空気が漂っていた。 


「……誘ったって」

「え?」

「ザウアー第一部隊長を何に誘ったって言うんだ?」


 妙に険のある言い方に戸惑いながら、部隊長、という言葉に驚く。それって役職付きなんじゃないのか。そんな人に市場の買い物や試食まで付き合わせてよかったんだろうか。


「エリクが部隊長だなんて知らなかった。昨日買った果物の試食に付き合ってもらったんだよ。市場に出かける時に護衛を頼んだんだけど、すごくいい人だな」


 突然、ぐいと手が引かれた。


「ユウ、話がある」


 ジードの強い眼差しに思わずうなずいて、一緒に騎士棟の渡り廊下に向かう。渡り廊下からは、すぐに外の庭園に出ることができた。

 眩しい日差しに一瞬目が眩みながら、王宮の庭園をどんどん歩いていく。ジードは黙ったまま、歩調を緩めない。木々が太陽を遮り芝生が広がる場所まで来た時、俺はジードを止めた。


「ジード、どこまで行くんだ。話なら、ここでもできるだろう」


 何も言わないジードに、何だかイライラする。俺は木を背にして芝生に座り込んだ。ジードも、俺の隣に腰を下ろした。


 柔らかな風がふわりとジードの髪を揺らす。ちらりと横顔を見れば、眉を顰めていてもやっぱりイケメンだなあと思う。睫毛だってあんなに長いんだもんな。視線が合うと、ジードが低い声で聞いてくる。


「昨日、市場で盗人が出て、人だかりの中にユウがいたからびっくりした。市場にユウが出かけるなんて全然知らなかったから驚いたんだ」


 ジードは言葉を続けようかどうしようかと迷っているようだった。それでも、ゆっくりと口を開く。


「ユウ、どうして護衛の話を言ってくれなかったんだ。それに、何故あの時、俺のことを無視した?」

「えっ」

「……ユウは、人込みの中で俺のことがわかっただろう? 気のせいだとは思えない。はっきりと目を逸らしたのはどうしてなのか、ずっと気になっていた。最近あまりゆっくり話すこともできなくて、俺は何かユウが嫌がるような……、気に入らないことをしたのかと心配なんだ」


 ──気に入らない?

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