第6話 市場と思い出
王都では週に一度、
朝早くから中央広場に様々な品物が並ぶと聞いて、行ってみたいとレトに頼んだ。
「客人であるユウ様が王宮から外出するには、騎士の護衛が必要です。ジード様に頼みましょうか?」
「いや、第三騎士団はもうすぐ辺境に向かうから、ジードはすごく忙しそうなんだ。いつも世話になってるし、こっちの都合で振り回すのは悪いと思う……」
ジードの名を聞いて、俺の胃はちくりと痛む。
スフェンの招待を受けてから、俺たちの間には何となく気まずい雰囲気が漂っていた。ジードは一緒に昼食を食べるために騎士棟から来てくれるし、普通に話もする。それでも、二人とも公爵家の話題は避けていた。スフェンの名を出すと、ジードの表情が曇るのだ。
──何がいけなかったんだろう。気づかないうちに、俺はジードの気に障ることをしたんだろうか。
スフェンからの別れ際のキスが頭に浮かんだけれど、あれは挨拶みたいなものだ。ジードが特に気を悪くする理由も見当たらない。あれこれ考えるほど、ちくちくと痛みが増す。
「……様、ユウ様?」
「え? あ、ごめん!」
「大丈夫ですか? お疲れではありませんか」
「そんなことないよ。レトのおかげで解読できたレシピも増えたし、ぜひ市場で色々見てみたいんだ」
レトは、俺の顔をじっと覗き込んだ。
「ご心配なことがあったらいつでも仰ってくださいね。市場への外出は他の騎士団から騎士をつけてもらいましょう」
「うん、お願いします」
護衛のことはレトに任せ、俺は外出に備えて準備を始めた。この機会に色々見てみたいし購入もしたい。食材調べだけで、あっという間に時間が過ぎた。
辺境に向かうまで二週間と日が迫り、ジードは俺どころではなく忙しそうだった。毎日一緒の昼食も二日に一度に減り、話せる時間も少ない。それでも、顔が見られるのは嬉しい。
「今度はどのくらいの期間行くの?」
「三か月だ。南部で急速に魔獣が増えているらしい」
魔獣とは、この世界に棲む魔力を持った生き物たちだ。広大な樹海や山々、湖に棲み、様々な種がいる。総じて体が大きいほど力が強い。彼らは一気に繁殖する時があって、増えすぎれば本来の居住区域を越えて、人々の村や町を襲う。
「前に俺を襲ったのは、王都にはいない生き物なんだよね?」
「あれはルノルワと言って、北部の湿地帯に棲む魔獣だ。陽射しが苦手だから、本来は昼間に現れることもない。たまたま揺れに巻き込まれて出てきたんだろうな」
「……ジードはさ、どうして第三騎士団を希望したの?」
貴族出身の騎士たちは、大抵は王族を守る近衛か、王都を守る第一騎士団を希望する。危険性の高い辺境専門の第三騎士団を希望する者はほとんどいないと聞いた。
「貴族学校で、俺は少々浮いていたんだ」
ジードは、ぽつぽつと話してくれた。
「祖父は冒険家気質のある男で、若い時は世界中を旅していた。侯爵令息とは言っても三男だからと自由気儘に暮らしていたそうだ。ところが、兄たちが次々に流行り病にかかって亡くなり、嫌々自分が家督を継ぐ羽目になった。
跡を継ぐのが本当に辛かったらしくて、自分の部屋にたくさんの旅土産を置いていた。魔獣の骨だの剥製だの、異民族の石板だの。珍しい魔石の原石もあった。孫の中で、その部屋に入ったのは俺だけ。祖父の話を聞くのが好きだったし、貴族社会に生きるよりも、魔獣たちと体を張って戦ってみたかった」
ジードが第三騎士団を希望したのは、祖父の影響だったのか。
俺も母方の祖父が好きだったから、なんとなくわかる。じいちゃんは狩猟免許を持っていて、山で増えすぎた鹿や猪をよく仕留めていた。冬は鍋を作ってくれたし、俺はじいちゃんの話を聞きたくて、長い休みになると一人でじいちゃんの家に向かった。そんな話をすると、ジードは目を輝かせた。
「ユウの世界でも、祖父殿は人々を守るために戦っておられたんだな」
「……いや、そこまですごい話ではないと思うけど」
祖父も地域の為に頑張っていたとは思うが、流石に魔獣と戦うレベルではないだろう。
市場に向かう日、レトが俺に一人の騎士を紹介した。
「第一騎士団第一部隊所属、エリク・ザウアーです。本日はユウ様の護衛を仰せつかり、光栄の極みです」
綺麗な敬礼に、俺は思わず口を開けてしまった。この世界に来て、自分と同じ黒髪黒目の騎士を見たのは初めてだった。体格も顔立ちも全然違うのに、なんだか身近に感じてしまう。特に瞳を見て、誰かに似ていると思った。……ああ、そうか。長い睫毛に縁どられた、つり目気味の大きな瞳は、懐かしい人を思い出す。
「今日は、わざわざありがとうございます。俺のことはユウと呼んでください。俺も、エリクと呼んでいいですか?」
「はい、ユウ様! 感激です。誠心誠意、務めさせていただきます!」
俺たちは早速、市場に向かった。
エリクは王都を警備する部隊の所属だから、市場は庭のようなものだった。俺の希望を聞き、レトと一緒に安全な経路を事前に考えてくれていた。
「安いよ、安いよ!」
「入ったばかりの上物だよ! さあ、味見してって!」
威勢のいい掛け声と共に、露店や屋台がどこまでも続いている。熱気に圧倒されて、きょろきょろしてしまう。ふらふらと店に近づくと、レトが叫んだ。
「ユウ様、お気をつけて! 迷子になりますよー」
いけない、いけない。今日は果物や蜜を手に入れたくて、ここまで来たのだ。
公爵家の料理人たちは、高価なものじゃなくても旬のものは栄養があっておいしいと言った。俺たちの世界とそこは変わらない。教えてもらった果物の名前を一つずつ確かめながら、少しずつ購入した。レトやエリクも、自分たちの好きなものや役立ちそうなものを勧めてくれる。
エリクは、少し話しただけで誠実な人柄が感じられた。俺が自分の希望をうまく話せなくても、急かすことなく、じっくり耳を傾けてくれる。
強引な客引きを見れば、さりげなくすっと前に出る。相手は顔色を変えて逃げて行った。
「エリクって、すごいんだな」
「人々がすごいと思っているのは、この飾りの方ですよ」
にこ、と笑って自分の胸に光る二つのバッジを示す。それが部隊章と階級章だとはわかっても、どのくらいすごいのかは想像がつかない。
少し回っただけで、両手が食材でいっぱいになってしまう。市場の片隅に置かれたベンチに座って休憩した。
「結構な量になりましたね。もう少し見て回りますか?」
「これ以上は、買いすぎになっちゃうかなあ……」
「それでしたら、また次にしましょうか? いつでもお供しますから」
エリクの笑った顔を見ると、俺は眩しいものを見るような、切ない気持ちになる。思わず、ぽろりと言葉が出た。
「……エリクはさ、俺の好きだった人にちょっと似てるんだ。もうとっくに振られたんだけど」
「ユウ様……」
「すごく優しくて、綺麗な絵を描く人なんだ。少しでも自分の方を見てほしかったけど、無理だったなあ」
「ユウ様を振るなんて! 先方にはお相手がいらしたのですか?」
なぜかレトが、エリクの隣で憤慨している。
「うん。なにしろ神が相手だったからさ。俺じゃあ、全然太刀打ちできなかった」
「何と! 神が……!」
「俺の世界には、神様がたくさんいるんだよ」
レトもエリクも目を潤ませている。どうやらいたく同情されているようだ。そう、俺の好きだった先輩には、両思いの相手がいた。無口でイケメンで、神と言われるほど手先の器用な男が。
ため息をついて屋台に目を向けた時、大柄な騎士の背中が目に入った。それは、いつも見慣れた背中だった。隣には、ちょうど俺と同じ位の背の女性が立っている。
「おや、あれはジード様では?」
「うん、ジードだと思う。隣は……」
「ソノワ伯爵令嬢ではないでしょうか、
ドクン、と大きく胸が鳴った。
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