第4話 エイナルのケツ意

 メラルドに着くまでの5日間。毎晩悪夢を見た。決まってサナが死に、パルマの体が改造される夢だ。


 日に日に顔色が悪くなり、毎晩目が覚め飛び起きる私を2人は心配する。大丈夫、大丈夫と繰り返すのにも限界があった。


「いい加減に話す。何を隠してる?」


「なんでもないわ、夢見が悪いだけよ」


 嘘は言っていない。最悪な夢を見ているだけだ。


『じゃあその夢の内容を言ってよ。気になるからさ』


 それは言えない。言ったら、夢が現実になってしまう気がする。


 でもこのまま私が弱いままでも、現実になるんじゃないだろうか。


 あれは、あの夢は未来なのかもしれない。このまま弱い私に待ち受ける最悪の未来を見せられている。そんな気がする。


 ……強くならなければいけない。2人を守れるだけの強さが欲しい。


 でも、今の私に何ができるだろうか。試練をこなすのに必死で、がむしゃらに戦う以外に。


 時間は限られている。サナにだって寿命があるし、他の候補に先を越されたら勇者になれない。勇者になれなければパルマとの約束も果たせず、サナを人間にしてあげることも出来ない。そして寿命が来てサナが死んでしまう。


 今私が優先するべきことはなんだ?




 ⬛︎




「ここがメラルドの街ね」


 5メートルほどの高さの防壁が街をぐるりと囲んでいる。門の前にいる私たちには、近すぎてそれがどこまで続いているのか窺い知ることはできない。ただここから見える景色だけで判断しても、この前まで拠点にしていた遺跡の街、タクラリアと同等以上の規模の街であることは判断出来る。


『まずは宿の確保、次にギルドで資料確認かな?』


「試練の詳細調べる」


 今回の試練に関しては3人とも情報をほとんど持っていない。湖があってそこで試練を受ける。湖に1番近い街がここメラルドの街であること。それくらいだ。前回の試練の遺跡同様に、冒険者ギルドに情報が保管されているはずなのでそちらを確認してから作戦を練ることになる。


 門を潜り、人通りの多い大通りを歩く。大抵の街は大通りに主要な施設や店を構えているので、初めての街でも探すのは難しくない。


 キョロキョロと見回しながら歩いていると、宿屋を示す看板を見つけたのでそこに入った。店主らしき男性に部屋の空き状況を確認し、問題なく部屋を取ることが出来たので荷物を置いてギルドに向かうことにした。


 ギルドに着き、例によって拠点移動の手続きを行なってから、受付嬢に徽章を渡す。資料室に案内されるだろうと思っていたら、受付嬢がポツリと言葉を漏らした。


「あなた方の他に1組、この街に滞在している勇者候補の方がいます」


 それを聞いて、パルマと2人で顔を見合わせる。別に他の勇者がいるからどうということはないけれど、なんとなく関わりたくないなとは思う。


 というか、今私たちにそれを教える理由はなんだろう。個人情報の漏洩じゃないの?


「なぜそれを私たちに?」


「……勇者候補は互いが競争相手であるため、試練を受ける際に衝突する傾向があります。そのためトラブルを回避するために報告しておくようにと、上司から指示されております」


 勇者になれるのは1人だけ。だから他の候補は競争相手で、蹴落とす対象。そういう風に考える人もいるということだろう。まあ、分からなくもない。


「街の中ではトラブルを起こさないよう、ご注意下さい……ちょうど降りてきましたね。あの白いマントを羽織った方が候補者です」


 言われて振り向くと、2階から3人の供を連れて、やけに目立つ白いマントを羽織った恰幅の良い男が降りてくるところだった。身長は180センチ以上、金髪で顔立ちは整っており、そして金の差し色が入った白いマント。いかにもな勇者がそこにいた。


「あなた方のことも彼には伝えます。ご了承ください。入れ違いで資料室に行くと良いかと思います」


 話はこれで終わりだ、そう言うかのように受付嬢が視線を切る。おそらくこの後あの美男子を呼び止めて私たちについて教えるのだろう。目の前で紹介されても困るので、窓口を後にする。資料室に向かう途中で、階段を降りてきた勇者候補一行とすれ違う瞬間。別に今の時点で因縁があるわけでもないのに、お互いに視線がぶつかった。


「……」


 勝てないと、そう思わされてしまった。


 近くに寄っただけで分かる。圧倒的な存在感。周囲を納得させる、勇者としてのカリスマ。そういうものを感じて、私は足が止まってしまった。


「……?」


 急に立ち止まった私を怪訝そうに彼が見るが、私は反応を返すことも出来ず、ただ棒立ちになるばかりだ。


 どうしても、彼と自分を比較してしまう。


 持つものと持たざる者。天才と凡人。力の差を感じ、絶望した。


 私では、サナもパルマも守れな——。


「エイナル、しっかりして」


 背中をパルマに押されて、我に帰った。


 今、私は何を考えていた?


『資料室に行くんだよね?早く行こうよ』


 サナに催促され、ようやく私の足が動き出す。


 階段を登り、資料室に入る直前、あの受付嬢の声が聞こえた。


「バシラーヒト……バシラーヒト・デカイッチモッツァさん。お話しがあります」


 それが彼の名前らしい。




——————————————————————————————


バシラーヒト・ビッグマーラーと迷った結果こっち採用。デカイッチモッツァの方が謙虚。ビッグマーラーは現実にいそうだし。


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