第30話 アヌスティア家の中身の無い話

 ぴゅ。めり。シュンッ!スーー、プップ。


「——ッ!——ァ」


 中のものが転移した。発生した真空を埋めるように、穴から冷たい空気が入り込み腸内に染み込む。想定してなかった副作用に一瞬チカチカと目の前が真っ白になった。


 結果は……成功だ。意識が飛んだし、尿も少し飛んだけど、便は繋がっていたから外にはみ出た分も含めて丸ごと転移させることが出来た。私は賭けに勝つことが出来た。


『まさか耐えきるとはね。流石は未来の勇者エイナルだよ。まあ厳密には耐えきれていないけど。証拠は消えたから大成功、小失敗と言ったところかな』


 サナがまたくだらないことを言っているけれど気にしてはいけない。


 後始末を終える。なんだか、張っていたおなかが急に凹んだように感じる。すっきりはしたけれど、不思議と物足りなさも感じていた。


「ふぅ。もう良いよ、サナ。パルマに声をかけてあげて」


 長い間腹痛の余韻に耐えていたので、パルマに心配をかけてしまったかもしれない。


『パルマ、終わったからこっちを見ても良いよ』


「うん。エイナル。魔法使う?」


 パルマはおそらく証拠隠滅を手伝ってくれるつもりなのだろう。彼女はサナが回復魔法しか使えないと思い込んでいるし、今空間魔法を使ったことにも気づいていないようだ。


 尿は魔法で回収しきれずに少し床に飛んでしまったが、このくらいであれば匂いも強くないし放置でいいだろう。どうせ10分くらいで遺跡に吸い込まれて跡形もなくなるからね。


「大丈夫、魔法はいらないわよ」


「エイナル、恥ずかしい?」


「いや、全然出なかったから大丈夫よ。便秘なのよ」


「……そんなわけない。でもエイナルがそう言うなら知らんぷりする。パルマの方がお姉さんだから大人になる」


 わたしが恥ずかしがってパルマに遠慮していると捉えられてしまったようだ。あんなに悩んだのになんだか腑に落ちない。


 そもそも私が欲を出したからこんなことになってしまった。今からでも遅くないし少し進んだところにある広間に拠点を移そう。眠る時の見張りの問題もあるし。


「あのさ、提案があるんだけど、やっぱり広間まで行かない?今のままだと見通しが悪すぎるから、広間で角に拠点を作ろう」


「最初にそう言った。でもエイナルが嫌だって」


『今更それを言うのはどうしてだろうね、なんだか怪しいね』


「……私の考えが浅はかでした、ごめんなさい。拠点を移動しませんか?」


 なんとか2人に許してもらって広間へと移動した私たちは、巣食っていたスケルトンを倒してから部屋の角に拠点を設営した。最初からこうしておけば良かった。


 さて、準備も出来たし、食事を摂ることにしよう。おなかの中身がなくなっておなかが減ってきた。


 リュックから魔力コンロを取り出す。これは魔力ランタンとほぼ同じ仕組みで火を焚いてくれる魔道具だ。高価だけれど燃料の魔石さえ準備すればどこでも使うことが出来る。トラの討伐報酬でお金が余分に手に入ったので購入した。


 遺跡の壁の破片で土台を作って消失対策し、その上にコンロを設置する。私はツマミを捻って魔道具を起動した。火が付く。


「パルマ、水を貰えるかしら。2人分ね」


 鍋を取り出してパルマに渡す。受け取った鍋に、パルマが魔法で水を注いでから鍋を火にかける。これであとは待つだけでお湯が出来る。


 湯が沸くの待つ間に別の作業を進める。2人分のコッヘルに茶色い長方形の棒を入れ、木さじを用意する。この棒は湯に溶かして飲む保存食だ。肉やらキノコやら海藻やらを細かく刻み、塩を揉み込んだあとに目の細かい布で包んでギュウギュウに押し絞って作るらしい。水分が抜いた後に天日干しにすると出来上がりだ。あまり美味しくはないし見た目も良くないけれど、保存性と携帯性に優れているので旅の冒険者は良く利用する。


 お湯が沸いたのでコッヘルに湯を注ぐ。2人でそれぞれ木さじを回して棒を湯に溶かす。今日の夕飯が出来上がった。


「食べよっか」


「うん」


「「いただきます」」


 他に物音のしない地下で、スープを啜る音が交互に響く。


 時計を見る限り外は夜なのだろうが、星や月の光の届かない地下では、時間の感覚も分からない。頼りになるのは時計とランタンの灯りだけだ。長くいればそれだけ、不安が積み重なり精神が磨耗していく。ランタンの灯りの先、闇との境、通路の向こうから今にもスケルトンが飛び出して来るような気がして、そちらをじっと睨みつけたままスープを啜る。


『2人とも、そんなに緊張してたら体力が持たないって。見張りは私がしているからもう少しリラックスした方が良いよ』


「そうは言うけど、どうしても気になるわ」


「サナに悪い気がする」


 私たち2人が眠る時はサナに任せきりになってしまう。それなら起きている間くらいは気を張っておくべきだと思う。サナに言わせれば無駄な緊張なのだとしてもだ。


「わたしに気を遣ってくれるのは嬉しいけど、適材適所っていうか、休むべき時には休むべきなんだと思うよ。でもまあそれなら、少しお喋りをして気を紛らわせようか。エイナル、勇者候補に選ばれる前の君はどんな女の子だったの?わたしもパルマもこれまでの君を知らないからさ。この機会に教えてよ」


「私も気になる、知りたい」


 私のこれまでか。


「特に面白い話は出来ないけれど、そうね。良いわよ」


 私は辺境の、住民500人ほどの小さな村の生まれだ。街と街を繋ぐ中間に位置する小さな村。主な産業は農業で、村には宿が1つだけ。


 木樵きこりの父ケッツと、父に嫁いだ母オシリアの間に私エイナルは生まれ、その2年後に妹アーニャが生まれた。アヌスティア家は4人家族だった。1年前、父が倒れてきた木に挟まれ死ぬまでは。


 父が死んでからは生活を切り詰めた。私は女にしては比較的体格が良く、力仕事が嫌ではなかったので、父の仕事を引き継いだ。母は内職をし、妹もそれを手伝った。生活は苦しかったが、父が死んでも家族3人でなんとか生活することが出来ていた。稼ぎ頭は私だったので、母は嫁の行き先で悩んでいたようだが、私は気にしなかった。このまま穏やかな生活が続いていくものだとばかり思っていた。


 そんなとき、村長が領兵を引き連れてやってきて私たちに言う。お前は勇者候補に選ばれた。光栄なことだ。2週間以内に支度をし、旅立て。


 突然大勢で押しかけられ、一方的に命令される。もちろん断ることも出来ず、2週間で心を決めなければならない。父が死んだ時もそうだったが、理不尽はいつも唐突にやって来る。


 しかし勇者候補に選ばれたことにより、私の家族には年金が支給されることになった。稼ぎ頭を奪うのだから、それなりの補償が必要だ。むしろ私が家を出ることで、残された2人の生活は楽になると知った。泣き喚いて別れを嫌がる妹と母を言い聞かせて、私は村を旅立った。


「以上よ」


『本当に面白味に欠ける話だったね、勇者になっても冒険譚を書くのが大変だよ。だいぶ脚色してフィクションになってしまうね』


「うっさいわよ、だから前置きしたんじゃないの」


 話を強請っておいてその言い草はないんじゃない?


 私が話を終えても、パルマは何も言ってくれなかった。サナの言う通りつまらない話だったからだろうか。それでも感想の1つくらい欲しいんだけれど。


 パルマが何も言ってくれないので、仕方なく私から話を振る。次はパルマの番だ。


「私は終わりよ、次はパルマが話してくれる?聞きたいわ」


「……眠いから、また今度」


 言うが早いか、パルマは外套を敷いて眠る準備を始めた。どうやら話してくれる気は無いらしい。無理に聞き出すつもりもないし、話しているうちに私も眠くなってきた。今夜はここまでにして明日に備えるべきだろう。


「じゃあ休もうか。サナ、見張りお願いね。ランタンの魔石は何度か目が覚めた時に補充するつもりだけど、もし私が起きなくて灯りが消えちゃったら起こしてね」


『了解だよ。安心して眠ってくれて良いよ。私の目は暗闇でも見通せるから、起きた時に真っ暗闇でもパニックにならないでね』


「安心したわ。ごめんね、あとはお願い」


 外套を被って、横になる。しばらくすると、パルマが無言で私の外套に潜り込んできた。どうしたのと聞いても、無言を貫いたまま、私の手を握るだけだ。


 パルマも不安なんだろう。今のこの状態、そしてこの先どうなるのか。それにパルマは過去を話してくれなかった。何か思うところがあるのかもしれない。いずれにせよ不安を感じているのであれば、寄り添って、励ましてあげたいと思う。私も小さな手を握り返して、無言でお休みの挨拶とした。




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