第20話 無事生還

「しまった、これでは魔石が拾えない。反省」


 パルマが撃った酸の魔法はスケルトンの上半身をぐずぐずに溶かしてしまった。心臓部の魔石もろともだ。おまけに酸が飛び散ったままなので危ないから注意しなければならない。


「やはり新しい魔法が必要。キスして」


『キスしてくれないとおなかをゆるゆるにしちゃうぞ、キスしよ』


 パルマの相手をするだけでも私の手に余るというのに、サナが悪ノリしてくるので収集がつかない。誰か助けてくれないかしら。せめてサナが黙ってくれればいいけれど。


 おそらく長い間私が話をしてあげていないから拗ねているんだろう。でも仕方ないじゃない。パルマの前で会話をするわけにはいかないし。


 サナを諦めて、パルマを黙らせるためにキスをしたとして、そうしたらサナが完全に拗ねて私のおなかがゆるくなるだろう。無理だ。


 取り敢えずサナをあやしつつ、パルマと無難な会話をしながら遺跡からの脱出を試みるしかない。


 私はおなかに右手を当てて撫でる。これでいくらか機嫌が治ればいいんだけれど。


『くるしゅうない、もっとやれ』


 取り敢えず撫で続ければこの場は切り抜けられそうだ。


「……ぽんぽん痛い?大丈夫?」


「大丈夫よ、少し冷えちゃっただけだから。さあ、先を急ぐわよ。暗くなる前に街まで帰りたいからね」


 私を心配するパルマを宥めながら、出口へ向かって進む。途中で何度もスケルトンが襲いかかってきたので、パルマと交代で相手をした。


「……おかしい、スケルトンがいない」


「何言ってるのよ、さっきからバンバン出てくるじゃない」


「そうじゃない、入り口から入って、さっきの広間までの間に私は4体のスケルトンを倒した。その死体が見当たらない。変」


 言われて気付いた。確かにおかしい。私だって数体のスケルトンを倒したのに、亡骸があるべき場所を通ってもそれが見当たらない。


 さらに言えば、一度通った道はスケルトンがいなくなったはずなのに、帰り道でも数体のスケルトンに遭遇している。


「確かにおかしいわね。どういうことかしら?」


「倒れたあと、しばらくすると消える?誰かが持って行った?どちらにしても不気味」


 スケルトンは勇者候補の亡骸がアンデッドになったものだと思っていたけれど、その考えは改めた方がいいかもしれない。だがそうすると際限なく現れることになるから、いくら倒してもキリがない。挟撃などもこれまで以上に警戒した方がいいかもしれない。念のため私の考えをパルマに話しておく。サナも聞いておいてという意味を込めて、おなかをさすっておく。撫で撫で。


『骨を持ったまま歩いてみたらどう?いきなり動き出したらすっごく怖いけれど』


 倒した後に復活するという考察かな。興味深いけどやりたくない。サナの言う通りいきなり動き出されたら悲鳴を上げる自信がある。


「エイナル、出口」


 やっと帰ってくることが出来たようだ、登り階段が見える。まだ外は明るい。日暮までには街へと帰れそうだ。


 松明を元あった場所に置いて、外に出ると、見張りの男性がこちらを向いて心配そうな表情をしていた。私たちの姿を見ると、安心したのか、表情が少し柔らかくなった。口角が上がっている。


「戻ったわ、2人とも無事よ」


「無事、帰還」


「そうか、今からなら暗くなる前に街に帰れるだろ。歩けるならさっさと帰りな。もう2度と来るなよ」


 心配してくれているんだろうけど、遺跡の攻略を諦めるわけにはいかない。私はサナのために勇者にならなければいけないんだ。


「そうね、早く帰ることにするわ、またね」


「また来る、さようなら」


 男性は私たちの返事を聞いて嫌そうな顔をしながら、詰所の中へと入って行った。流石に今日はもう客が来ないと判断したんだろう。ここをクリアしていない勇者候補は私とパルマの2人だけみたいだし。


 街に向けて2人で歩く。少しずつ傾く西日を浴びながら、パルマに今後について相談した。もちろんサナにも話しかけているつもりだ。


「明日からパーティを組むとして、活動内容はどうする?」


 そもそもパーティを組むということがどういうことなのか私はよく分かっていない。だからパルマに教えて貰うつもりで聞いたのだけれど……。


「宿を一緒にする。都合が良いから」


 これだ。何の参考にもならない。もはや私と一緒にいたいだけじゃないか。遺跡を攻略する上での今後の方針とかについて話したかったんだけれど。


 宿を合わせるのは構わないし、私もその方が都合が良いけれど、何か含みを感じるのが気になるのよね。


「じゃあ今日は遅いし仕方がないとして、どっちの宿にするべきかしら?」


「仕方がなくない。このままエイナルの宿に行って、その場で部屋を確保する。1部屋くらい空いているはず」


 時折すごく我儘になるのねこの子は。なんだか新しい妹が出来たみたいだ。私より2つも年上なのに。


『そもそも、パルマは何処の宿を取っているのかな?エイナと一緒かもしれないよ?』


 そうだ、その通りだ。違う宿だとばっかり思っていたけれど、同じ宿ならなんの問題もない。よくやったという意図を込めておなかを撫でさする。


「パルマは宿の名前を覚えてる?私は『タクラリアの尻尾亭』って所よ」


「偶然の一致、これで何の問題もなくなった。長い夜になる」


「……長い夜になるかは別として、都合が良いのは確かね。夕飯は宿の酒場で済ませちゃいましょう。そこで明日の予定を詰めるわよ。もちろん帰りながらでも話すけれど」


「了解、今日は私が奢る。助けて貰った礼をする」


「じゃあお言葉に甘えるわ。この辺りは何が美味しいのかしらね」


「分からない、食べて調べるのも楽しいからそれでいい」


 奇妙なパーティメンバーが追加された。寄生虫に続いて、2人目だ。出会い方がよろしくなかったせいか、私を好いてしまったらしい。


 パルマにサナを紹介してしまった方がいいのだろうか。正直言って、2人の間を仲介するのは大変だから早く楽になりたい。そもそもサナのことがバレたからと言って、私にもサナにも不都合はない。


 ……いや、あった。不都合なのはサナが魔法を使うということだ。サナを紹介する際に、魔法抜きでは説明が出来ない。しかしサナの能力を説明すれば、私がお尻から魔法を出すことがバレてしまう。それだけは絶対に嫌だ。恥ずかしいし、何より失望されるのが嫌。


 それに、お尻から魔法を出すことがバレれば、いずれは解毒薬の件も明らかになってしまう。私だけでなく、パルマも傷つく。私は自分のファーストキスが肛門だと知ったらショック死する自信がある。パルマだってそうだろう。肛門とのキスから始まる恋とか嫌すぎる。


 これから始まるだろう多事多難を想像して頭を悩ませながら、私は街へと帰るのであった。




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