第4話 マルミの能力

 キブは精密検査を受けたが、どこにも異常はなかった。


 約十年もの間、ダンジョンで暮らした人間に異常がないなどあり得ない。担当した医師は何度も診断結果をみて困り果てていた。

 おそらくは『能力』が何かしら働いた、そう判断され、設備が整った麓の大きな病院で検査を受けることになった。


 三人は移動用のヘリに乗るため、待機室に入った。素っ気ない部屋だったが、キブは隅々まで見回すと、マルミの袖を引いた。


「マルミさん、あの光ってる大きい箱はなに?」

「あー、あれは自動販売機だよ」

「じどうはんばいき……」

「お金入れたら、飲み物とか食べ物が出てくるの」

「え、えーっ! スゴイ!」

「うふふっ」


 マルミはキブの素朴な驚きに顔をほころばせた。


「キラキラして、おいしそう」

「あ、それならあるよ」


 マルミの手元に一本の缶ジュースが突然現れた。


「……マルミさん、前から気になっていたんですけど、どうやって出しているんですか」


 集会場でマルミは一瞬のうちに手斧を握っていた。キブははっきりとそれを覚えている。


 ニッコリ笑ったマルミは、キブの顔を覗き込む。


「手品でーす。ジャジャーン!」


 マルミは缶のふたを開けて差し出しだすが、てじな? と頭を傾げるキブをみて慌てて訂正する。


「あはは……私の能力でーす(ボソッ)。モノフリーって名前なんだけど、ほんとはドレスルームって名前にしたかったんだよね。でも、班長が能力の作用が分からないとか言って、モノフリーになったんだけどね。センスないよねー」

「は、はぁ……」


 『能力』それはダンジョンが生まれた同時期に、一部の人間に発現した超人的なスキルを指していた。

 不可思議なダンジョンの影響か──能力は個人に潜在する意思と結びついて、それまでの常識を覆す不思議な力があった。


「32立方メートルの異空間になんでも物をしまえるし、いつでも出せるんだ。たぶん、私の衣装室が能力と関係していると思うから、やっぱ、ドレスルームのほうがキマってると思うんだけど。キブくんはどう思う?」

「えっ? えーっと、衣装室って何ですか?」

「あー……そっか……分からないよね。スマホに撮ってたと思うんだけどなー」


 マルミはキブに肩をくっつけると、写真をスライドさせた。


「うわー、たくさん絵が入ってる!」

「この衣装かわいいでしょー。わたし用にデザインしてくれたやつでさ、友達が着たら超パッツンパッツンになってさー……」


 密着する肩にキブは思わず顔が赤くなる。


(マルミさん、いい人なのはわかるけど、近いなー!)


 キブはちらりとマルミの後ろに目をやる。

 横で笑うマルミの後ろでは、レントが腕を組んで寝ているようだった。


(……いったい、どういう関係なんだろう?)


 話をしていると、ヘリの音が近づいてきた。

 やがて扉から狂風が舞い込むと、ヘリポートから男たちが待機室に入ってきて一気に騒がしくなる。


 小さなヘリからたくさんの荷物が下ろされ、キャリーカートで移送された。


「さっさとアンテナとケーブルを運べよ! 銃器類は触るんじゃねー!」


 首に刺繍を入れた男が走り回って、忙しく待機室とヘリポートを行き来しては声を張り上げる。


「あの人たちは?」

「ダンジョンに今から潜るハンターたちよ」

「ハンター……財宝を探すの?」

「財宝というか、もう世の中がひっくり返っちゃうような宝よね。ダンジョン界隈では、『神器ジンギ』っていってる」

「えっ、えっ! どんな宝なの?」


 マルミは鼻高々に指を三本立てる。


「今までに発見が公表されている神器は3種類。一つは『トレジャーブック』……古代文字でダンジョンの宝のことが書かれた書物。

もう一つは『永久燃焼石』。これがみつかったことで一気に『トレジャーブック』の真実味が増したわけ。最後は『召命しょうめいの巻物』。これは……」


 マルミが言いかけたとき、男の大きな声が待機室に響いた。

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