第3話 怪異生物対策班

 八俣やまた地方山間部。

 森を切り開いて作られた自衛隊の特設基地に、一機のヘリが到着した。


 降りてきたのは三十代の女性。

 切れ長の目にきっちりとまとめられたポニーテールは、彼女なりに考えた他者への見せ方だった。

 命令遵守、主命必遂。

 心の中では舌を出していても、凛々しく振る舞わなければ自衛隊の幹部にはなれない。


 ベースキャンプに突貫で建てられた施設に入ると、入口で待ち構えていた補佐官が横について歩く。


「怪異生物対策班の刈田かりたシュリナ班長ですね」

「ええ」

「調査官の吹基ふきもと道川みちかわが、八俣ダンジョンの地下21階にて、キブという少年を確保。三人で脱出した後、現在キブ少年は医務室で安静にしております」


 ──八俣地方で突如として発生したダンジョン化。

 それは日本のみならず、世界各地で起きていた。


 ダンジョンには人類が今まで遭遇したことのない、魔力を持った凶悪なモンスターが眠っている。


 そして、まるで神がモンスターと対決させるかのように、世界各地で超能力者が現れた。ダンジョンの影響なのか、絶大な力をもった一人の能力者がダンジョン最深部で謎の遺物を発見する。


 永久燃焼石、超硬度岩晶、次元転送ノ書、不老不死草……


 ダンジョンには、人知を超えた『宝』がある──能力者が持ち帰った謎の遺物は人類に語りかけた。


 いつしか人々は『宝』を神器ジンギと呼び、神が人界に残したものとして崇めた。


 喉から手が出るほどの魅力的な神器のために人々は命を懸けた。そしてそれは国も同じだった。

 日本政府は国力を上げて、神器の獲得を目指す。

 怪異生物対策班設立はその一歩だった──。


「吹基はどこなの」

「吹基は医務室前です」

「案内して」

 

 補佐官が広げた手の先に、長椅子に座ったレントの姿を見つけると、シュリナは少し驚いた。


「ありがとう。案内はここまででいいわ」


 残された右目を瞑るレントの前に、シュリナは仁王立ちした。


「珍しいじゃない。逃げずに居座るなんて」

「……」


 横に座ると、ヘアゴムをとって髪をかきあげた。憑き物を払うように頭を振ると、レントに鋭い視線を送った。


「普通部下は上司の尻を追っかけるもんじゃなくて!? なんでアンタの尻を私が追いかけなきゃいけないの! しかも勝手にダンジョン入って、身元不明の少年を連れて帰ってくるなんて……上になんて説明すればいいか教えてちょうだい!」


 ヒステリックに話すシュリナの横で、レントは黙って聞いていた。


(……相当に溜め込んでるな)


 一呼吸ついて目を開ける。


「いつもどおり『命令していた』でいいだろ」

「アンタはそれでいいでしょうけどね、事後報告じゃ私の能力を疑われるわけ!」

「そんなにピリピリしてると、顔にシワが増えるぞ」

「うるさいわ」


 向かいにある扉が開くと、中からマルミが出てきた。


「やば……班長だ」


 マルミは視線をそらす。


「とにかく、二人には報告書を書いて提出してもらいます。道川、わかってるわね?」

「サー! イエッサー!」

「レントも、澄まして厨二病患ってられるのもいまのうちよ。カイタイ班、どんどん予算削られてるし。ハンターからダンジョン許可証の通行税と所得税取れればいいって、財務省巻き込んで自嘲しあってるんだから」


 怪異生物対策班(通称・カイタイ班)は宝を国のもとに保護する目的で十年前に設けられた。

 しかし、宝獲得どころか発見さえもできずにいる。

 結果、五年前に方針転換し、宝を追い求めるハンターの徴税を始めた。


「そちらの『能力』で視えなかったのか?」

「あのね……路上の占い師みたいに安く言わないで」

「相変わらず人の未来しか視れないのか。相当に進化しない『能力』だな」


(……っと、ちょっと言い過ぎたか)


 ギロリと睨む圧力にレントは身構えた。


「うるさいわ。アンタたちみたいに自由じゃないのよ。まあその代わり、アンタたちが地下で腐った水を飲んでいる間、私は夜景見ながらシングル飲んでいるんだけどね」


 (ワインじゃなくて、ウイスキーなのか……アルコール依存者か)


 レントはボソッと独り言のようにツッコむ。


「あ!? なんか言った!?」

「……今回助けたキブという少年だが、そちらの能力で視てくれないか」

「ハッ、なにそれ。アンタほんとに空気読めないのね……。言う事きかないくせに、図々しいったら……」


 シュリナは立ち上がると背中を向けた。


「カイタイ班としてなにか成績を上げることね。そしたら『視て』あげてもいいわよ」


 ハイヒールの音が遠ざかり、シュリナが去ったことを確認すると、マルミが口をあけた。


「キブくんは元気よ」


 マルミと入れ替わり、ひとり医務室に入る。

 キブはベッドで横になっていたが、目を開けて顔色も良さそうだ。多くの機材に囲まれていたが、すべて電源は切られ、点滴を一本だけ腕につけている。


「体調は良くなったか」

「はい……あの、僕を助けてくれたんですよね? マルミさんから聞きました」

「……」


 ふと、少年の姿が自分に重なり、レントの脳裏を暗い過去がよぎる。


(体は異常なほど頑丈だが、心は同じだな……)


 ダンジョン化によって巻き込まれた家族を救うため、何度もダンジョンに挑んだ。


 モンスター、飢餓、トラップ、方向感覚のマヒ……あらゆる障害がレントの行く手を阻む。

 

(今思えば、自殺願望者だったのかもな……)


「キブ、俺と約束してくれ。ダンジョンに戻るな」

「えっ?」

「約十年間、お前は幻影のなかで育った。マンドレイクが吸収した人間の思考のなかで。それはこの世界を真似ただけの嘘の世界だ」

「……」


 表情を崩したキブは俯いた。


「ハオリとかいう女の子もこの世界には存在しない。その現実を受け止めるんだ」


「そ、それは……分かってます……。で、でも……。でも……。全部無かったなんて……そんなこと、受け入れられません!」


 大声を出したキブの顔は紅潮し、視線が彷徨っている。

 レントは動かず、キブが話し出すのを待った。


「全部幻影だったって、みんなから言われた。でも、どうしてもそう思えない……。だって、生まれたときから集落のみんなを知っていたし、ハオリちゃんだって……」

「それは、お前が幼い頃からダンジョンにいたからだろう。なぜかは分からないが、普段は三日も持たず絶命するはずが、子どもの頃から吸収され続け、成長したんだ」

「それでもっ……! 僕にとって、あの村が僕の居場所だったんだ! 僕は……僕は……これからどうすれば……」


 キブはベッドのシーツを握りしめてしわくちゃにした。

 頭では分かっていながら、本心はダンジョンに戻りたがっている自分がいることに気づいた。それは心の奥に隠れていた、もう一人の自分だった。


 レントはゴツゴツした大きな手で、キブの頭を撫でた。


「キブ……分かっているだろう。あの世界には心から熱くなるような光なんて無かった」


 今ある実感とハオリがいた世界の虚しさにも、キブは気づいていた。しかし、失われた途方もない時間と、一人放り出された広い世界に、茫然自失していた。


「ここから、新しい人生を始めればいい。名前は、八俣やまたにしよう。八俣キブ……これからがお前の人生の始まりだ」

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