賄賂大好き悪の令嬢が婚約破棄されるのは至極当然
uribou
第1話
お嬢様が執務を終え、ヘルマゼラン侯爵家邸に帰ってきたところだ。
テンションが高い。
「おーっほっほっ!」
「お嬢様、高笑いはやめた方がいいですよ」
「あら、何故かしら? わたくし以上に高笑いが似合う女がこの世に存在すると、カヌートは考えているのかしら?」
「それは……いないでしょうけれども」
「おーっほっほっ!」
まあお嬢様が御機嫌なのはいいことだ。
お嬢様が不機嫌だと国が傾くしな。
従者のオレとしては、喜ばしいことだと思いたい。
お嬢様……ヴィクトリア・ヘルマゼラン侯爵令嬢は、おそらく我が国レフーゲネス王国で最も有名な令嬢だ。
その美貌で、その天才で、その実務能力で、その派手な装いで、その我が儘さで、追随する者がいないとさえ言われる。
当然のごとく、立太子されることが確実と言われる第一王子ルーサー殿下の婚約者でもある。
「商工連合会と新星教会から黄金色のプレゼントが届いてますよ」
「わかりにくいわ。賄賂って言いなさいよ」
「ハハッ」
お嬢様は既に国政にも参画している。
というか主導的な役割を果たしているので、ぶっちゃけ賄賂も多い。
そしてお嬢様は賄賂に対して大らかなので、断わるということがない。
「要求は?」
「両者とも似たようなものです。査察の時お手柔らかにと」
「でしょうね。わかってるわ」
「冒険者ギルドから魔道具のプレゼントが届いております」
「要求は?」
「平和慣れし過ぎて冒険者の数が減っているそうで。奴隷でもいいから回してくれないかと」
もちろん奴隷売買などレフーゲネス王国では禁止だが、お嬢様は全く頓着しない。
「三ヶ月以内に冒険者候補を送ると伝えなさい。また陛下にも冒険者不足について建言しておくと」
「陛下に言ったって関係ないじゃないですか。お嬢様が処理するんですから」
「言ったという事実が大事なのよ。わたくしが専横だと不平を言う人もいますからね」
頷かざるを得ない。
お嬢様が辣腕を振るっているのを嫌っている輩も多いから。
「まあ専横なのは否定しませんけどね」
「お嬢様は達観していますねえ」
「おーっほっほっ! おやつの時間はまだかしら?」
◇
――――――――――レフーゲネス王国ルーサー第一王子視点。
僕の婚約者ヴィクトリア・ヘルマゼランはとにかく鼻につく女だ。
美しいことは美しい。
優秀なことは優秀だ。
実家であるヘルマゼラン侯爵家の恩恵もあるのだろうが、僕の婚約者となって僅か二年でレフーゲネス王国の経済を上向きにした手腕は認めざるを得ない。
だが何だ。
奢侈で、傲慢で、王家に対する尊敬など欠片も見せないで。
あの高笑いは本当に神経に障る。
下品だからやめろと何度も言っているのに、一向に聞く様子がない。
僕のことを何だと思っているのだ。
確かにヴィクトリアは天才だ。
二年前には父陛下も我が国の立て直しのために、ヴィクトリアの手腕を必要とした。
が、今はもういらん。
ヴィクトリアの敷いた路線をそのまま踏襲すればいいだけなのだから。
「ルーサー殿下」
「グルガンか」
グルガンは宰相だ。
ヴィクトリアの政治参加とともに大幅に権限を縮小されたため、残念に思っていることだろう。
また高潔な士として知られているグルガンは、ヴィクトリアの傍若無人な振る舞いに眉を顰めているに違いない。
……要するに僕もグルガンもヴィクトリアを追い落としたいのだ。
既にヴィクトリアの役割は終わった。
クリーンな政治に汚物は必要ない。
「ヴィクトリア嬢に関する調査報告書が上がって来ました」
「うむ、見せてくれ」
……えっ?
ちょっと流し読みしただけで目が点になった。
何これ?
「……真っ黒じゃないか」
「真っ黒ですね」
収賄、贈賄、人身売買、麻薬植物の栽培エトセトラ。
違法行為のオンパレードじゃないか。
「……これ、本当なのか? ヴィクトリアならありそうではあるが、にわかには信じがたい」
「わしも目を疑いました。しかしこのリストは慎重に再調査させて、罪状が明らかなものだけです」
「確かなものと考えていいんだな?」
「はい。詐欺まがいの行為や禁術の研究などグレーゾーンのもの、恐喝、傷害その他ヘルマゼラン侯爵家に揉み消されそうなものは除いてありますから」
楽勝でヴィクトリアを監獄に押し込めるじゃないか。
気分が高揚するな。
ヴィクトリアよ、お前の栄華もこれまでだ!
しかし冷静にグルガンが言う。
「ヴィクトリア嬢の罪は罪ですが、極刑は勘弁していただきたく」
「何故だ? グルガンがそのようなことを言うとは意外だな」
廉潔の男として知られているのに。
不浄な行いを誰よりも嫌うのではなかったか?
「数は多いですが、大それた罪と言えるほどのものはありません。また王国に弓引く罪状もありません」
「ふむ? 人身売買や違法植物の栽培は重大ではないのか?」
「それで利益を得ているほど、規模が大きくありませんのでね。しらばっくれられてしまうと、せいぜい罰金刑くらいです」
「ふうん? 商売にしているのではないのか。いや、しかし僕の婚約者、また為政者の姿勢としては問題があるだろう?」
「はい。ですから殿下との婚約の解消、私財没収の上、王都から追放処分でいかがでしょう?」
王都から追放できれば、ヴィクトリアの影響力はほぼゼロにできるな。
婚約解消とセットなら万々歳だ。
「ヘルマゼラン侯爵家に裏から扇動されては、せっかく落ち着きつつある王国の安定が揺らぎます。ヴィクトリア嬢の罪がこうであるからと、王家から前もってヘルマゼラン侯爵家に伝えておいてもらえないでしょうか?」
「実力者である侯爵に配慮を欠かすなということだな?」
「はい」
「わかった。ヘルマゼラン侯爵家は大貴族だものな」
断罪したいのは山々だが、これも政治の内ということか。
ヴィクトリアを政治の場から追うという目的を達せられるなら上々、というグルガンの判断なのだろう。
ヴィクトリアよ、首を洗って待っていろ!
◇
――――――――――ヴィクトリアの従者カヌート視点。
ガタゴトとヘルマゼラン侯爵領に向かって馬車を走らせる。
お嬢様が第一王子ルーサー殿下に婚約破棄され、王都追放の目に遭ってしまったのだ。
オレにとっては衝撃だった。
「……やり過ぎたんじゃないですか?」
「えっ? 何を?」
「賄賂とか。もらいたい放題じゃなかったですか」
「だって陛下にやりたいようにやっていいから、とにかく成果を出せって言われていたのですもの。後からダメだなんて決めつけられるのはフェアじゃないわ」
「やりたいようにというのは、犯罪行為を許容するということではないと思いますが」
「その辺は解釈の違いね」
確かに陛下は庇ってくださった。
しかしルーサー殿下と宰相グルガン閣下が強硬だったのだ。
結局お嬢様は、婚約破棄並びに王都追放処分の憂き目に遭ったが。
「陛下の権威が思ったより弱かったですね。まあ特にわたくしは悪いことしたとは思ってないのですけれども」
「賄賂は?」
「物事を円滑に回すのに、お金は必要よ。陛下に手腕を期待されている、つまりお金を最も有効に使うことができると思われているわたくしのところにお金を寄越すのは、正しい行為でしょう?」
「……広い意味で正しい気がしますね」
「それに人身売買ですって。ヘルマゼラン侯爵家のしていたことが間違っていたと思う?」
「思いません」
ヘルマゼラン侯爵家では孤児や、時には奴隷を引き取って徹底的に教育を施し、各分野に人材を振り分けているのだ。
冒険者ギルドに人材を派遣し、魔物の脅威を軽減させているのはヘルマゼラン侯爵家の功績と言える。
これが孤児に限ってならば完全に善なる行為だが、奴隷を含むとなると人身売買を禁じるレフーゲネス王国の法には引っかかる。
かつてお嬢様に問うたことがあった。
『奴隷に手を出さなければいいではありませんか。であれば完全な合法なのに』
『あら、あなたがそれを言うのね。でも孤児か奴隷かなんて、本人は選べないわけでしょう?』
『……その通りですね。ヘルマゼラン侯爵家は人道主義的な観点で人買いを行っていると?』
『それも違うわね。役に立ってくれそうな子を買っているのよ。いい目をした子をね。きっとカヌートもいい目をしていたのでしょう』
いや、今では一定年齢以下の子供は買い取っていると知っているけれども。
オレも奴隷だった。
ヘルマゼラン侯爵家に買われ、何を認められたのか、歳の近いお嬢様の従者たるべく育てられた。
ヘルマゼラン侯爵家が人身売買を禁じる王国法を順守していたのならば、奴隷商に従順でなかったオレは多分、どこかで野垂れ死んでいたのではないか?
少なくとも現在のオレはなかった。
ヘルマゼラン侯爵家には大きな恩がある。
オレがお嬢様に全面的な忠誠を捧げている理由だ。
「違法植物だって使い方によっては薬になるのよ? 禁術だって魔道の研究のためには必要」
「ごもっともですね。しかし法律は認めていないです」
「法律は万能じゃないわ。世の中には法律を神託か何かと勘違いしている人も多いようだけれど」
「表現と言葉遣いを悪くすれば、悪党の言い分なんですが」
「あら本当。嫌だわ」
おーっほっほという高笑いが響く。
よかった。
お嬢様は婚約破棄と都落ちを全然気にしていないようだ。
「お嬢様は王都に未練はないのですか?」
「あるに決まってるじゃないの」
「えっ?」
未練があるのか?
意外だな。
まさか元婚約者ルーサー殿下に?
「未練とは何でしょう? 差し支えなければお嬢様の忠実な下僕にお聞かせ願えればと思いますが」
「忠実な下僕だなんて、どの口が言うのかしら」
心外だ。
オレはお嬢様にどこまでも忠実なのに。
「まあいいわ。未練は二つ。一つは貴族学院を卒業できなかったことね」
「……それは未練なのですか?」
たとえ貴族学院を卒業できなかったとしても、お嬢さまの能力を疑う者などいないだろうに。
「自主退学だと途中で投げ出したみたいじゃない? 退学勧告だとそれはそれで不名誉だし」
「ルーサー殿下に婚約破棄されたことは不名誉ではないので?」
「婚約破棄はむしろ武勇伝でしょう?」
再びの高笑いだ。
不名誉と武勇伝の違いがわからない。
「もう一つの未練とは?」
「王都一の甘味処『ドゥシュール』の新作スイーツが食べられなくなっちゃったことかしらね」
ハハッ、お嬢様は甘いものが好きだから。
「しばらくは領でのんびりすることになりますか?」
「何言ってるの。のんびりなんてできるわけないでしょう」
「えっ?」
どうして?
さも当然というようにお嬢様が言う。
「だって、国の政治におけるほぼ全ての決定に携わってた私が抜けたのよ? 王都は混乱するに決まっているわ」
「かもしれませんが、お嬢様が改革した部分をそのまま続ければいいですよね?」
「ルーサー様もグルガン宰相も同様に考えたから、わたくしをクビにしたのでしょうね」
「お嬢様と同じことをするのは不可能、と考えているんですか?」
「当たり前よ。あの二人賄賂を取るなんてって、ギャアギャア騒いでたじゃない」
つまり清潔な政治を目指すルーサー殿下と宰相グルガン閣下は、賄賂を潤滑油とするお嬢様と同じことは到底できない、ということか。
「奇麗ごとだけで政治が回るわけないじゃない。いい政治家とは民を幸せにできる為政者のことを言うのよ。賄賂をもらわない為政者ではなくて」
「悪い政治家の言い分なんですが」
「あら本当」
再びおーっほっほという高笑いが響く。
「私が政務の主導権を握るより以前の状態に戻せれば、しばらくは持つと思うわ」
「それってジワジワと経済が悪くなっていった時期じゃないですか」
「だって、あの人達にはそれしかできないんだもの。わたくしのやり方を硬直した手法で形だけマネようとしたってムダだわ。却って混乱するわ」
「ええ? でも破綻が見えてた二年前に戻そうとはしないですよね?」
「だからのんびりなんてできないと言ってるじゃないの」
つまりルーサー殿下と宰相グルガン閣下が主導する政権は、早期にパンクするとお嬢様は見ているのか。
お嬢様は天才だから、この手のことは見誤らないしな。
「もう三年あったら、わたくしなしでも回る統治機構を構築できたと思う」
「残念でしたね」
「残念ではないわ。計算通りだし」
計算通り?
意味がわからない。
「王都に残ってるお父様が情報を送ってくることになっているの」
「どういう目論見なんです?」
「わたくしは王都を追放されているから戻れないじゃない?」
「……ですね」
「王都はしっちゃかめっちゃかになるに決まっているから、いかなる変化を見せても対応できるようにしておかないと」
「どうなる未来があり得るんですか?」
「クーデターで王家が倒れれば戦乱になりそう。その前にわたくしを召還することもあり得なくはないわ。機を見るに敏などこかの国が攻め込んでくる展開が最悪かしらね」
クーデターが早いか、それともお嬢様を呼び戻すのが早いか、か。
しかし……。
「王家の打つ手って遅いですよね?」
「遅いわね」
「ではクーデターまでは決定ですか?」
「十中八九は。クーデターじゃなくて革命になるかもしれないけど」
「勃発するのがわかってる反乱を防げないんですか?」
「ムリじゃない? 政治がうまくいかないことにパニック起こすと、周りのことが見えなくなるわよ」
お嬢様は先のことが見え過ぎる。
ん? では何故むざむざ婚約破棄されたんだ?
「反乱の主体もまだわからないしね。市民になるか騎士団になるか。王都近郊の貴族というセンもあるわよ」
「お嬢様は自分が排斥されることもわかっていらしたのでしょう?」
「わかってたわ」
「ルーサー殿下に未練はないんですか?」
「ルーサー様? 特には」
ああ、お嬢様はルーサー殿下に全然興味がないようだ。
ホッとした。
最初から陛下に頼まれた経済立て直しの仕事というスタンスだったが、見かけだけじゃなくて心底そう考えていたんだな。
「どうしてルーサー殿下に捨てられるがままになっているのです? お嬢様らしくないように思えますが」
「だってわたくしが王になるには、王家が邪魔なんだもの」
思わず瞠目する。
王だって?
いや、お嬢様が王になれば全てうまくいく?
陛下の要請を受け、ルーサー殿下の婚約者となって政務を執ったのは、自分が王になった時の予行練習だった?
あるいは人脈の形成のためだった?
あっ、だから計算通りなのか。
お嬢様はどこまで……。
「王、ですか」
「それが最もうまくいきますからね。私が証明してみせたでしょう?」
「確かに。世のため人のため国のためですね」
「カヌートは王配ですからね」
「えっ?」
あっ、お嬢様そっぽ向いてるけど、耳が赤い。
これマジなやつか。
「か、勘違いしないでよねっ! わたくしが王になった時、補佐はカヌートが一番だからなのですっ!」
「初めて会った時から、お嬢様は眩しかったです」
「と、当然よねっ!」
「感謝しています。オレを奴隷から引き上げてくれたこと。教育を受けさせてもらえたこと。お嬢様の従者にしていただけたこと」
「……」
「そしてお嬢様に愛を語る資格を与えてくれたこと」
ふるふる震えるお嬢様は、今まで一度も見たことないな。
いや、わかっているとも。
お嬢様に言わせてはいけない。
オレが言うべき場面だ。
「お嬢様」
「は、はい」
「高笑いはやめた方がいいですよ」
「そこは一生愛してるとかでしょお!」
「一生愛しますよ」
「えっ? う、うん」
軽くハグする。
オレのお嬢様は可愛いところがあるのだ。
「領に到着したら、即座に王配教育ですからね」
「は?」
仕返しかな?
お嬢様とオレの未来は王都に置いてきた。
準備を整えねば。
「お嬢様」
「何かしら?」
「オレの愛と忠誠はお嬢様の下に」
「あら、愛と忠誠だけ? 全部寄越しなさいよ」
「その強欲さ、さすがはお嬢様です」
「おーっほっほっ!」
お嬢様の誇らしげで挑戦的な顔から、高笑いが響く。
これは切り開くべき前途へのファンファーレなのだ。
賄賂大好き悪の令嬢が婚約破棄されるのは至極当然 uribou @asobigokoro
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