『不定期更新』短編ラブコメ置き場

海槻えと

正体不明のシンガーソングライターの正体が実は同じ学校な上に同じクラスの席が隣の席のカノジョかもしれないと知ってしまった翌日、そのカノジョからの視線がすごいんですけど?

 その日、少年は同じクラスで隣の席の女子生徒の正体が、実は正体不明の人気女子高生シンガーソングライターだと知った。


 事の発端は昨日の夜。


 十代二十代を中心にしたユーザーが集うつぶやき系のSNS。そこに発信されたある人物の投稿を、少年は見た。


 最近もっぱらテレビやネットなどで騒がれる、正体不明の人気女子高生シンガーソングライターの『shino.』。


 主な活動の場として、動画投稿サイトには弾き語りカバーの動画がアップされ、デビューから今まで出したオリジナル曲の全七曲はすべてを自身で作詞と作曲を手がけるなどと多彩っぷり。


 現役の女子高生と言うこともあるので、素顔や本名などの個人情報は公開されておらず、文字通りの正体不明のシンガーソングライターとして活動中。


 そして、少年もまた、彼女――『shino.』の歌声の魅力に心奪われたひとりのファンなのだ。


 そんな彼女がSNSに発信した投稿内容は、仕事と関係したことなどではなく、新曲の発表やたまに上がる弾き語りの動画などでもなく。彼女自身のリアルに関するつぶやきだった。


 アプリ内の設定で『shino.』のアカウントから発信される投稿の類を通知で知らせてくれるように設定済みの少年は、自室でくつろぐ中ですぐさま投稿されたつぶやきを画面に表示させた。


 内容は、こうだ。

『今日、同じクラスで隣の席の好きな男の子が、わたしのことを友人と話してたのが聞こえてきたんだけど、


「シンガーソングライターの『shino.』さ、同年代なのにすごいよな。偶然会えたりしないかな?」みたいなことを話してたんですけど……。


 あなたと同じクラスに、しかも隣の席のその会ってみたい人がいるんだけどね


 もしもわたしが自分から『shino.』です、なんて言ったら彼はどんな反応をするのかな?』


 と、長め文章の投稿。


 その投稿に最後まで目を通した少年はいつもはすぐに押すはずの『いいね』のハートボタンを押さなかった。それよりも押せなかったの方が正しい。

 呆然としたまま、スマホの画面に映し出された『shino.』の投稿を前に思考が一瞬ほど停止した。


 それはどうしてか。


 投稿されたその内容に、既視感を覚えたのだ。

 付け加えるならば、『shino.』が述べる同じクラスで隣の席の男子、それがおそらくは少年自身のことかもしれなかったから。



 今日の休み時間でのこと。

 少年はたしかに今日、同じクラスの友人と『shino.』のことについて話はした。会話の内容も『shino.』が投稿した内容と一言一句同じとまではいかないが、「同年代なのにすごい」「会ってみたい」とは友人との会話の中にはあった。


 つまりは、『shino.』が投稿したつぶやき上の同じクラスの隣の席の男の子と、少年が類似するのだ。

 しかも、文章の中にはさりげなく『好きな』とまで書かれてある始末……。


 単なる偶然と、思い違い。

 その可能性は十二分に考えられる。


 けれど、それでも想像してしまう。もしもこの投稿が、本当に同じ学校に通うクラスメイトによるものなのならば。もし正体不明の人気女子高生シンガーソングライターの正体が、隣の席のカノジョなのだとしたら……と。


 たとえ同じ学校に通うクラスメイトだとしても。

 たとえ席が隣のあの子だとしても。

 たとえ、この投稿に上げられた『好きな男の子』が自分だったとしても。


 好きな シンガーソングライターから好意を向けられたファンは、一体どうあるべきなんだろうか。


 ファンとして彼女の思いに答えるべきなのか。それとも、ただのファンとしてやり過ごして今まで通りにあり続けるべきか……。



 そんな思考を巡らせ続ける中で少年はそのまま翌日を迎えた。


 『shino.』のSNS上でのつぶやきが頭から離れず寝付くのに失敗した少年は、睡魔とともに通学路を進んだ。その間も昨日のつぶやきのことを考えながら学校に登校した。


 昇降口で靴を履き替え、自身が所属する二年一組の教室に向かう。そして、教室にたどり着くなり少年はドアの前で一度足を止めた。

 軽く深呼吸を挟んで、教室の中に入る。


 少年の席は窓際の最後列。『shino.』疑惑のあるカノジョの席はその右隣なので、少年は近くを通ることを余儀なくされる。


 後方のドアから一直線で少年は自分の席を目指す。その間、カノジョのことを意識せざるを得なかった。横目でうっすらと捉えながらに、少年は自席までたどり着く。


 すると、

「おはよう」

 と、右隣の席から挨拶の言葉が聞こえた。


 普段は少年が挨拶をすることも、カノジョからされることもなかったはずなのに……。


 昨日のSNSでのつぶやきがあった上で、不意にそんなことをされてしまえば、昨日の『shino.』のつぶやきの内容がどうしても脳裏をよぎってしまう。期待もしてしまう……。


 予期せぬ展開により、椅子を引く少年の手はぴたりと止まる。そのまま、横目で声の方を確認した。

 カノジョの瞳はしっかりと少年のことを映していた。


「……おはよう」


 しっかりとカノジョを振り向いたあとで、挨拶の言葉を返した少年は椅子に座る。ドキッドキッ、と鼓動が早くなってゆく。それを落ち着かせるように、少年は窓の外に顔を向けた。


 その向けた先で、少年はこちらのことをじーっと見ているようなカノジョの様子が窓の反射越しに見えた。


 ゆっくりと振り返りながら少年は、

「あの、僕の顔になにかついてたりしますか?」

 と、訊ねた。


「あ、んーん。窓の外見てただけなの。ごめんね」

「こちらこそすいません……」


 盛大な勘違いに恥ずかしくなりながらも、少年は机に突っ伏そうとする。


 やはり、正体不明の人気女子高生シンガーソングライターの『shino.』の正体が、隣の席のカノジョなわけがない。つぶやき系SNSでの投稿はただの偶然で、単なる思い違いだ。


 そう結論付けた、そのとき。


「ねぇ、――くん」


 名前を呼ばれた少年は、反射でまたカノジョを振り向く。すると、

「もしもさ、わたしがシンガーソングライターの『shino.』ですって言ったら、君はどうする?」

 と、俯くように視線をそらしたカノジョがそんなことを口にした。最後にちらりと視線を送るようにして。

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