第30話 アイバーンの決断
「メイリーン様! どうか大人しくしていて下さい!」
「でも、ベネットさんも仰っていたでしょう? 妊婦でも少しは運動しないといけないって」
「それはそうですが、洗濯物などの重たいものは私は持ちますので、運動は軽い散歩程度に留めて下さいませ。もう、臨月なのですよ?」
早いもので、もう臨月となりいつ産まれてもおかしくないくらいにメイリーンのお腹はパンパンに膨れている。
そんなメイリーンだが、ジッとしているのは性に合わないのか何かと家事をしたがるので、その度にモナが慌てて駆け寄っている。
「メイリーン、よくあんなに動けるよね。私なんてお腹が重くて動きたくないよ」
そう言うユリアも随分とお腹が大きくなり、我が家のソファーでゴロゴロしている。
「お前は動かなすぎだろ。居候」
「あー、ケンタ酷いんだあ。アイバーンに言ってやろ」
「あ、そう」
「ぐぬぬ……自分が最強と自覚してる奴はなんて強いんだ……こちの口撃が全てブロックされちゃうよお」
ユリアはそう言いながらメイリーンに泣きついた。
「あらあら、駄目よケンタ。ユリアも妊婦さんなんだから、優しくしてあげないと」
「お産までこの家でストレスなく過ごさせてやってるんだから、十分優しいだろ?」
俺がそう言うと、さっきまで泣き真似をしていたユリアがニパッと笑った。
「モナさんのお陰で本当にストレスがないよ! お陰で仕事もしないでゴロゴロしているだけで快適な暮らしができるし、最高だよ!」
「恐れ入ります」
ユリアに褒められたモナは、元王城の侍女らしく表情を崩さずにお辞儀をしたが、なんとなく嬉しそうな雰囲気は伝わって来た。
敬愛しているメイリーンが親友と認め、今まで寄り添ってきたユリアのことを、モナ自身も恩人と見ているのか、とても丁寧に接していたからな。
そんなユリアに褒められれば嬉しく思うのだろう。
そうやってリビングで談笑していると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「はい。今出ます」
モナは誰かと誰何することもなくドアを開ける。
今ここに辿り着くまでには結界を通らねばならず、それを通過できるのは一人だけ。
通行証を持っているユリアはここにいるし、ベネットさんは俺が迎えに行っているから、自分の足でここに来たことない。
「よお」
となると、ここに来るのは必然的にアイバーンのみとなる。
そのアイバーンは、俺に軽い挨拶をしたあと、真っすぐユリアのもとに向かって行った。
「元気か? ユリア」
「うん! メッチャ元気だよ! モナさんが色々とお世話してくれるからね!」
「そうか。いつもありがとうモナさん。メイリーンさんも」
アイバーンにも礼を言われたモナだったが、アイバーンはメイリーンにも同時に礼を言っていたため、自分はお辞儀をするだけに留めた。
メイリーンの言葉を遮らないためだ。
本当に、よくできた侍女だわ。
「ふふ。ユリアがいると家の中が明るくなるの。こちらこそ、ユリアがいてくれて毎日楽しいわ」
「おいアイバーン。俺には?」
さっきの礼の中に俺が含まれていなかったので抗議すると、アイバーンは俺を一瞥したあと「フッ」と鼻で笑った。
「お? テメ、いい度胸じゃねえか? 今後お前だけ出禁にしてもいいんだぞ?」
「いいのか? 俺を出禁にすると、ここに物資を持ってくる人間がいなくなるぞ?」
「ぐぬぬぬ……」
アイバーンめぇ……。
「アイバーンのくせに生意気だぞ!」
「……なんだろう、なぜか凄くモヤッとする言い方をされた気がする」
ああ、いかんいかん。
俺の内なるガキ大将が出てしまった。
「まあ、いいや。ほれ、今回の物資だ」
アイバーンはそう言って、いつもより大きいリュックをテーブルの上に置いた。
「いつもよりデケエな」
「そろそろメイリーンさんが出産だろ? ベネットさんが、布の端切れとかオムツとか、とにかく大量に持ってけってさ」
リュックを開けてみると、確かに布製品ばかりだった。
そりゃ、こんだけデカくても持って来れる訳だ。
「それと、こっちが食料な」
もう一つ、身体の前で抱えていたリュックもテーブルの上に置いた。
「いつもありがとうございます」
中身を確認したモナが、アイバーンに一礼したあと、家の冷蔵庫に持って行った。
冷蔵庫は、俺が自作した魔道具。
もちろん、この世界に広めてやるなんてことはしない。
なんでこの世界が発展する手助けをしなくちゃいけないのか。
「便利だよな冷蔵庫。ウチにも一台作ってくれよ」
「ええ?」
アイバーンの家に? それは、ちょっとどうだろう。
ある理由で制作を渋ると、ユリアが悲しそうな声を出した。
「ええ? 作ってくれないの? なんでそんな意地悪言うの?」
「そうですよ。作ってあげればいいではないですか」
ユリアだけでなくメイリーンまでそう言ってきた。
いや、別に意地悪で言った訳じゃないんだけどな。
「言っとくけど、冷蔵庫はこの世界にはないものなんだろ? そんなものが家に置いてあったら、強盗の良い標的になるんじゃねえの?」
俺がそう言うと、三人がハッとした顔をした。
「そうか。確かに、冷蔵庫は革命的な魔道具だ。そんなものがあると知れたら、あっという間に強盗共の標的にされちまう」
「あー、そっかあ。残念だなあ」
納得した顔になるアイバーンと、それでも残念そうなユリア。
そんなユリアだったが、突然「あっ!」と大きな声をあげた。
なんだ? と思っていると、思いもよらないことを言い出した。
「ねえねえメイリーン! 私たちもここに住んでいい?」
「ええ?」
「もちろん、家は別に作るからさあ。ここだったら、強盗の心配はないし、子供も安全に育てられるでしょ?」
ユリアがそんな提案をしてきた。
それにしても、ユリアたちが一緒に住む、か。
今までアイバーンは町との橋渡しとして必要だったから、それは考えたことなかった。
「え? ちょ、ちょと待ってユリア。そしたら、探索者のしごとはどうすんだよ?」
「辞めていいんじゃない?」
「ええ?」
「だって、ケンタがくれる素材の余り、凄い額になるんだよ? 正直、危険な探索者をするより、ケンタと町のつなぎ役に徹したほうが安全だし、儲けも大きいよ」
「そ、それはそうだけど……」
そういや、前もそんなこと言ってたな。
今まで何度もここと町を往復しているし、相当金貯まってんじゃねえの?
ユリアの主張は凄く説得力があるんだけど、アイバーンはなんか納得しきれていないみたいだ。
「なんだアイバーン。お前、そんなに探索者の仕事に誇り持ってんのか?」
俺がそう言うと、アイバーンは「いや」と言って首を横に振った。
「……ユリアの提案通りにすると、本当に行商人になっちまうと思ってな」
なんだそりゃ。
「えー、いいじゃん。今もそんなに変わらないよう」
「ぐふっ」
おっと、ユリアがトドメを刺しに来たぞ。
このままアイバーンをオーバーキルするのかと思いきや、急に雰囲気を変えてお腹を撫でだした。
「それに、もうすぐ子供が産まれるんだよ? 探索者よりも安全で稼ぎのいい仕事があるなら、そっちに切り替えて欲しいな」
ユリアはそう言って懇願するようにアイバーンを見る。
ウルウルした目で見られたアイバーンは、しばらく悩んだあと「はぁ」と観念したようだ。
「分かったよ。特に探索者に誇りもこだわりもないしな。スマンがケンタ。ここの家の隣に俺たちの家、建ててもいいか?」
「ああ、いいぞ」
俺がそう言うと、メイリーンが嬉しそうにユリアの手を取った。
「嬉しいわユリア! ユリアが出産してしまったら、頻繁には会えなくなると思っていたの。お隣さんになるのなら、これからもずっと一緒にいられるわね!」
「うん! 私も嬉しい!」
妊婦二人が手を取り合ってキャッキャしていたときだった。
「……あ」
「ん?」
キャッキャしていたメイリーンが、ふと動きを止め、自分の足元を見た。
「……ケンタ」
「どうした?」
メイリーンの声色は、さっきまで嬉しそうにしていた声とは違い、非常に真剣な声だった。
それが気になり、俺もメイリーンの足元を見ると……。
「ベネットさんを呼んできてくれる?」
メイリーンの足元に、水たまりができていた。
「破水しちゃった」
その言葉を聞いた瞬間、モナも含めた家中がパニックになり、俺は慌てて町まで転移し、人攫い同然にベネットさんを連れてきたのだった。
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