第31話 新しい家族
「まったく、何事かと思ったら……そんなに慌てなくても、すぐには産まれないよ! なんだい、国に喧嘩を売るような人間がそんなにオタオタして。もっとシャンとしな!!」
「は、はい! すみません!!」
俺はベネットさんに怒鳴られ、深々と頭を下げた。
というのも、今までベネットさんを迎えに行く際には町の外に転移してから町に入り、家を訪ねてから連れて来ていたのだが、緊急事態だったためベネットさんの家に直接転移した。
俺が突然現れたとき、ベネットさんは丁度ティータイムだったらしく、飲んでいた紅茶を盛大に噴き出した。
そんなベネットさんに構わず、俺はすぐに連れて来てしまったので、ベネットさんの手にはティカップとソーサーが握られていた。
間違いなく不法侵入だし、ほとんど拉致と変わらない状況だが、知り合いだし、メイリーンの一大事だし、しょうがないよね? と説明したところ、メッチャ怒られてしまったのだ。
「おお……ケンタが頭を下げて謝ってる……」
「超レア」
俺が怒られている後ろで、アイバーンとユリアはそんなことを言っている。
テメエら……さっき同じようにオタオタしてたくせに……!
「そ、それでベネット様! これからどうすればよいのでしょうか!?」
産気付いたメイリーンを見て、いつも冷静なモナが珍しく慌てている。
そういえば、モナは未婚で出産経験もないし立ち会ったこともないって言ってた。
出産に際し、なにをどうすればいいのか分からないんだろうな。
もちろん、俺も分からん。
「とにかく、実際に産まれてくるのはまだまだ先だよ。今からそんなにオロオロしてちゃ体力が持たない。まずは落ち着きな」
「は、はい」
ベネットさんはモナを落ち着けると、寝室へと向かった。
「はい、お邪魔しますよ」
ベネットさんが寝室に入ると、メイリーンが上半身を起こしてベッドに座っていた。
「陣痛はどうだい?」
ベッド脇の椅子に座りながらそう訊ねるベネットさん。
その落ち着いた様子を見ていると、なにも問題ないように思えるから不思議だ。
「さっき一度来まして……それが今は無くなりました」
メイリーンの言葉を聞いたベネットさんは「うんうん」と頷いた。
「これまでに話したね? 今はまだ陣痛の感覚が長い。まだ産まれないってことさ。だから、今からそんなに力を入れないで、程々に力を抜きなさい」
「は、はい」
そういえば、ベネットさんは子供の様子を見るだけじゃなくて、出産に際してのレクチャーもしてくれていた。
そのレクチャーが活きているのか、メイリーンは俺たちほど焦ってはいない。
……モナもそのレクチャー受けてたはずなんだけどな。
やっぱり、敬愛する主人が陣痛で苦しんでいると冷静でいられなくなるんだろうか?
……俺もそうだわ。
ともかく、こうしてメイリーンの出産は始まった。
最初は割とゆったりしていて、ユリアもベッドの側でメイリーンを励ましたりしていたけど、陣痛の感覚が短くなり、いよいよ産まれるとなった際にベネットさんから部屋の外に出された。
なんせユリアも妊婦なので、メイリーンの出産の様子を見てストレスを感じてしまうかもしれないからとのこと。
なので、アイバーンとユリアは部屋の外で待機することになった。
俺?
俺は、治癒魔法が使えるのとメイリーンの旦那なので、むしろ残れと言われた。
お陰で……。
「頑張れ! ほら! もう一息!!」
「う、うううっ……あああああぁぁぁっっ!!!!」
「んぁああああっ!!」
「よしっ! 産まれたっ!!」
我が子が誕生する瞬間に立ち会うことができた。
「はあっ! はあっ!」
「メイリーン、メイリーン! ありがとう! ありがとう! 本当にお疲れ様……」
「はぁ……ケンタ……」
出産が終わってグッタリしているメイリーンの手を握り、お礼と激励の言葉を投げかけると、意識が朦朧としているメイリーンも、疲れ切った表情だが笑顔を向けてくれた。
子供は、取り上げてすぐベネットさんが産湯に浸けてくれたりしているのでまだ見ていない。
子供も大事だけど、まずメイリーンを労わないとな。
そうしてメイリーンを労っていると、ベネットさんから大声で呼ばれた。
「ほらケンタ君! 産後処理終わったからすぐ治癒魔法!!」
「は、はい!!」
出産は、母体にかなりのダメージを与える。
場合によってはそれで母親が亡くなってしまうケースもある。
出産は命懸けなのだ。
なので、そんな事態にならないよう、産後処理が終わったメイリーンの身体に、治癒魔法をかけていく。
そのお陰か、メイリーンは疲れ果ててはいるものの、意識はハッキリしてきたようだった。
「はぁ……ありがとうケンタ。お陰で大分楽になったわ」
「あ、ああ。本当に大丈夫か?」
「あはは、クタクタだけどね。痛みは無くなったよ」
「そっか、それは良かった」
本当に大丈夫そうな様子のメイリーンにホッとしていると、ベネットさんが声を掛けてきた。
「さあ、待たせたね。元気な男の子だよ」
ベネットさんはそう言いながらおくるみに包まれた赤ん坊を連れてきた。
「わぁ……」
メイリーンはベネットさんから赤ん坊を受け取ると、ぎこちないながらもしっかりと抱き留めた。
「あぅ」
赤ん坊は、産まれてくるときは盛大に泣いていたのだけど、いまは泣き止んでジッとメイリーンを見ている。
まだ目は見えてないはずなんだけど、その目は、しっかりと母親を認識しているように思えた。
「はぁ……かわいい……ようやく会えた。初めまして、ママですよ」
「あぅ」
「ふふ」
……なんだこれ?
こんな尊い光景があっていいのか?
俺は、あまりにも尊い光景を見て、一人で浄化されそうになっていた。
「ほら、パパもご挨拶してあげて?」
「……パパ」
生まれて初めてパパと呼ばれたことに感動し、またしても浄化されそうになってしまったが、なんとか踏み止まって赤ん坊に近寄った。
「……初めまして、パパだよ」
「うぅ?」
うっ……か、かわ……。
あまりにも可愛かったので、思わず赤ん坊のほっぺをプニプニしてしまった。
「あぅぅ」
「はぁ、かわいい……」
思わずそう呟いてプニプニプニプニしていたら、さすがに鬱陶しかったのか、赤ん坊が泣きだしてしまった。
「わっ! ご、ごめん!」
「あらあら。よしよし、大丈夫ですよ」
そう言ってメイリーンが赤ん坊をあやすと、赤ん坊はすぐに泣き止んだ。
「やれやれ、これは子供に構い過ぎて嫌われるタイプの親になるかねえ」
「ええっ!? そんな!」
「うふふ。あ、そうだケンタ」
「なに?」
「この子の名前、どうするか決めた?」
「名前か……」
俺は、男の子ならコレと考えていた名前を告げた。
「……レオン、ってどうかな?」
恐る恐るそう言うと、メイリーンはジッと赤ん坊を見た。
「レオン……レオン=マヤ……うん。今日からあなたは、レオンよ」
「あぅ」
メイリーンも気に入ってくれたようで、早速赤ん坊をレオンと呼んだ。
すると、まるでメイリーンの言葉に返事をするように声をあげたので、その場にいた皆で笑ってしまった。
そのとき、寝室のドアがノックされた。
「おぉーい。そろそろ中に入れてくれよー」
「なんかメッチャ楽しそうじゃん!! もう中に入っていい!?」
あ、そういえば、アイバーンたちを部屋の外に出していたのを忘れていた。
この場にいた全員がそのことを忘れていたようで、皆「あっ」という顔をしている。
モナが慌てて扉を開けに行き、アイバーンとユリアが部屋に入って来た。
そして、赤ん坊を抱いているメイリーンを見ると、ユリアが目を輝かせながらこちらにやって来た。
「おめでとうメイリーン! うわあ……かわいい……ねえねえ、男の子? 女の子?」
「ありがとうユリア。男の子よ」
「そっかあ。もう名前は決めたの?」
「ええ。今日からこの子はレオンよ」
「うわあ……初めましてレオン君。ユリアおばさんだよ。これからよろしくねえ」
「う?」
「きゃああ、かわいい!」
親友メイリーンの産んだ子供にメロメロになっているユリア。
そして、それを後ろから見ていたアイバーンは……。
「なんか、猿みたいだな」
そんなノンデリ発言をして、ユリアにぶっ飛ばされていた。
やれやれ、命拾いしたなアイバーン。
ユリアがぶっ飛ばさなかったら俺がぶっ飛ばしていたところだ。
やっぱ、これからもアイツは行商人だな。
こうして、我が家に新しい家族が増えたのだった。
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