第29話 魔族のイツメン
◆◆◆
魔族国軍内にある食堂で、いつものようにデッカーとコーネルが顔を突き合わせていた。
「アドモスとワイマールの戦争、結構な泥沼になってるみたいだな」
デッカーは、皿に乗った食べ残しの野菜をフォークで突きながらそう言った。
対面に座っているコーネルは、そんなデッカーを苦い顔で見ている。
「……ちっ。そんな偏食なのに、なんでそんなに図体がデカいんだ」
「あれ!? 反応するのそっち!? っていうか、それは体質なんだから仕方ねえだろ!」
「……ふん、まあいい。それで、人族の国同士の戦争の話か?」
「あ、話を戻すのね……そうそう、ワイマールの奴ら、ついこの前まで俺らと戦争してたってのに、すぐに隣国に戦争仕掛けるとか、とんでもねえ戦闘狂の国だよな」
デッカーの言葉に対し、コーネルは腕を組んで「うーむ」と唸り始めた。
「どうした?」
「……いや。確かに先日の紛争の最後の方は、例の冤罪の件で士気が高まったのは分かる。けど、ワイマールは本来そんなに好戦的な国じゃなかったはずだ」
「そうなのか?」
魔族国と国境を接している国の事情も知らんのか? とコーネルはイラッとしたが、ここで怒りをぶつけては話が進まないのでグッと堪えた。
「そうなんだよ。ウチの国が内政やら陛下の交代やらでゴタゴタしていたときがワイマールにとってウチに攻め込むチャンスだったはずだ。けど、奴らはそうしなかった。アドモスと牽制し合った結果かもしれんが……元々、専守防衛意識の高い国だそうだから、自分から攻め込むなんてことはしないと思うんだが……」
「あー、確かに。そう言われるとおかしいな」
「だろ? だけど、この戦争はワイマールがアドモスに仕掛けたと聞いている。事前に聞いていたワイマールの情報と違い過ぎる。なにか変だ」
コーネルがそう言うと、二人揃って「うーん」と悩み始めた。
するとそこに、二人の上司であるヤーマンが現れた。
「なんだ。また二人でなにかの相談事か?」
ヤーマンはそう言うと、二人と同じテーブルに腰を下ろした。
「あ、ヤーマン様、お疲れ様っす」
「お疲れ様です」
「ああ。それで? またなにに悩んでるんだ?」
「えっと、それが……」
コーネルは、さっきまでデッカーと話し合っていた内容をヤーマンに話した。
話しを聞き終えたヤーマンは、二人と同じように腕を組んで「うーん」と悩み始めた。
「言われてみれば変な話だな。我々としては、共に我が国と国境を接している国同士でやり合ってくれて、しばらく我が国は傍観者でいられる、としか考えていなかったな」
「俺もそうですよ」
「俺もです。でも、さっきデッカーがワイマールは戦闘狂の国だと思っていたことで疑問が出たんです。ワイマールって、そんなに好戦的な国だったか? と」
「確かに、私の記憶でもワイマールは専守防衛の国。自分から侵略戦争をすることなどほぼなかったはずだ」
「ウチ以外には……ですね」
「ああ。人族にとって、魔族を支配下に置くことは、悲願どころか妄執ですらあるからな。だが、ワイマールが人族の国に戦争を仕掛けたことなどなかった筈なんだ」
ヤーマンはそう言うと、また腕を組んで考え始めた。
「……一度、調査してみるか」
前回も、ワイマールの不自然な動きについて調査をしたところ、思いもしない事実が判明した。
今回も、もしかしたら何か新事実が出てくるかもしれない。
そう思い、ヤーマンはワイマールへ諜報部隊を送り込むことに決めた。
そして、それから数日後。
「調査結果が出たぞ」
ヤーマンは、デッカーとコーネルを自分の執務室に呼び出した。
「わざわざここに呼び出したってことは……結構な機密情報ですか?」
デッカーの言葉に、ヤーマンは小さく頷く。
「真偽のほどは定かではないが、無視するわけにもいかん話が出てきた。確証を得られるまで外には出せん話だ」
ヤーマンの言葉に、二人はゴクリと息を呑む。
「それで、一体どんな?」
コーネルが意を決して訊ねると、ヤーマンは深刻な顔で報告書に視線を落とした。
「……なんでも、ワイマールはケンタ=マヤの軍門に下ったそうだ」
「「はあっ!?」」
ヤーマンの報告に、二人揃って声をあげてしまった。
「奴が人族の国を支配下に置いた!? どういうことですか!?」
「分からん」
「……奴は人族の国から狙われている。そのことが煩わしくなって、人族の国を支配下に置き、隷属させているのかも……」
「……そうかもしれんが、確証はない」
ヤーマンは、コーネルの意見に頷きそうになったが、あくまで噂話レベルの報告であって確証の無い話なので、ギリギリ肯定はしなかった。
だが、デッカーはコーネルの話が真実だと思い込んだ。
「確かに、奴の力は歴史上最強と言われた前陛下を凌ぐほどだ。人族の国くらい簡単に隷属させちまえるわな」
「……前々陛下な」
コーネルがデッカーの言葉を訂正すると、デッカーは顔を歪めて舌打ちした。
「ちっ! 俺は女が王になるなんて認められねえ! 前陛下は前陛下だ!」
そう言うデッカーに、コーネルは深い溜め息を吐いた。
「はぁ……お前のような考えの奴がいるから、メイリーン様は王位を追われ行方不明になられたのだ。嘆かわしい」
「ああ!? 俺が間違ってるってのかよ!?」
「ああ! 間違ってるね! 戦後の混乱期は、メイリーン様の様な聡明なお方こそが統治者に相応しかったんだ! 確かに今の陛下は御強いさ! だけど、混乱した内政を立て直すまで一年以上かかった! それも、すべて部下に丸投げでな! お陰で官僚たちが何人辞めたと思ってる!?」
「そんなこと知らねえよっ!」
「二人ともいい加減にしろ!!」
ヒートアップする二人の口喧嘩を、ヤーマンが一喝して止めた。
「デッカー。仮にもメイリーン様は女王として一度は即位した御身。それを自分が気に食わないという理由で蔑ろにする発言をするな」
「……すみません」
「コーネルもだ。今の発言は現陛下に対する不敬発言だぞ」
「……そういうつもりじゃ……ただ、内政はメイリーン様の方が向いてたって話で……現陛下は戦闘でこそお力を発揮できる御方ですから」
ヤーマンは、コーネルの言葉を聞いて小さく息を吐いた。
「はぁ……そんなことは分かっている。ただ、そういうことを大声で言うなと言っているんだ」
「……すみません」
「とりあえず、今回のことは俺の胸の内に収めておく。以後、そう言った発言をしないようにな」
「「はい」」
「もういい。下がれ。あ、さっきの話は誰にもするなよ? 本当に噂レベルの話だからな」
「「はい」」
デッカーとコーネルはそう返事をすると、ヤーマンの執務室を出て行った。
二人を見送ったヤーマンは、先程の二人の口喧嘩の内容を思い返しながらちいさく呟いた。
「本来なら、姉弟お二人が力を合わせて頂ければ最善だったのだがな……」
ヤーマンはそう言うと、窓の外を見た。
「……メイリーン様はご無事なのだろうか?」
メイリーンが王位を追われた際、ほぼ着の身着のままで王城を出たと報告を受けている。
王城育ちの箱入り王女様が、そんな状態で市井で生きていけるとは到底思えない。
しかし、万が一生きていたとしたら……。
「また、騒動の火種になるのだろうな……」
できればそんな未来は来ないようにと、ヤーマンは切に願うのだった。
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