第21話 人族も魔族も変わらない
◆◆◆
「そういえばモナの奴、本当に軍を退役しちまったのか?」
魔族国軍の訓練場内にある食堂でそう言ったのは、先日のワイマールとの紛争の際に司令部になっていたテントにいた角の生えた男。
それを聞いているのは、同じテントにいた鼻と耳の尖った男である。
「ああ。なんでも、実家の親が身体を壊したらしい。看病をするとかで退役したぞ」
小男の言葉に、大男は残念そうに溜め息を吐いた。
「そうかぁ……モナの奴、良い身体してたから、いつかお相手お願いしたいと思ってたんだけどなあ」
「……そういう下品な思考は止めろデッカー」
「相変わらず、そういうところ真面目だねえ、コーネル」
どうやら角の生えた男の名はデッカー、鼻と耳の尖った男はコーネルというらしい。
そのコーネルがデッカーを諫めると、デッカーは「ヤレヤレ」といった感じに肩を竦めた。
「真面目とかそういう話じゃない。同僚をそういう目で見るなと言ってるんだ」
「でもよお、軍内でも職場恋愛してる奴いるじゃねえか。そいつらはどうなんだよ? 相手のことそういう目で見てなかったらそんな関係にはならねえだろ」
「……恋愛関係と身体だけの関係は違うだろ」
「あ、そりゃそうか」
はははと笑うデッカーを、コーネルは呆れた顔で見る。
こういうやり取りは、人族であろうと魔族であろうと変わりない。
彼らが、同じ人間同士であることを如実に語っていた。
「でも、やっぱりモナがいなくなるのは痛手だよな。いや、身体目当てじゃなくて諜報能力って意味でな」
「そうだな。モナの諜報能力は諜報部随一だった。それこそ、次期諜報部長はモナだと言われていたからな」
「でもまあ、親御さんが身体を壊したんならしょうがねえよな。俺だって実家の母ちゃんが倒れたって言ったらすぐに飛んで帰るぜ」
「……」
「どうした? コーネル」
「あ、いや」
デッカーの言葉を聞いたコーネルは、何かが引っ掛かった。
ただ、なにに引っかかったのかが分からない。
そんなモヤモヤを抱えていたコーネルだったが、どうしてもその理由が分からなかった。
「そういや、あれからワイマールってか人族の動きってどうなってんだ?」
「ん? ああ、ワイマールは完全に兵を引いたな。諜報部からの報告だと、現場の兵は逆侵攻すべきだと主張したらしいけど、上層部が撤退の命令を出したそうだ」
それを聞いたデッカーは腕を組んで眉を顰めた。
「へえ、今まで執拗に魔族国に侵攻しようとしていた人族の国がねえ……なんか裏があるんじゃねえか?」
「どうだろうな?」
「おお、お前たちも昼飯か」
デッカーとコーネルが顔を突き合わせて唸っていると、横から大柄な男が二人に声をかけた。
先日の指揮官だ。
「あ、ヤーマン様。お疲れ様っす」
「お疲れ様です」
「ああ。ここ、座るぞ」
ヤーマンと呼ばれた指揮官は、デッカーの隣に座った。
「それで? 二人して真剣な顔をして、なにを話してたんだ?」
「ああ、それは……」
デッカーが先ほど二人で話していた内容をヤーマンに話した。
昼食を摂りながらその話を聞いていたヤーマンは、一旦昼食を摂る手を止めて二人に向き直り声を潜めた。
「二人は、モナがケンタ=マヤの身辺調査に向かったのは知っているな」
「はい」
「ええ。モナの最後の仕事になったやつですね」
「そうだ。その調査報告でな、どうやらワイマールとケンタ=マヤは、手を組んだどころか敵対したらしい」
「「!?」」
ヤーマンの言葉に、デッカーとコーネルは思わず声が出そうになったが、必死に抑えた。
「どういう理由かは分からなかったと言っていたが、ワイマールはその対応に追われ、我々との戦どころではないらしい」
「はぁー、そういうことですか」
納得した顔をするデッカーの横で、コーネルは不快感をあらわにした。
「どうして人族はこうも自分で面倒ごとを引き起こすんですかね? なにをして揉めたのかは知りませんけど、ケンタなんて本当は人族側の人間でしょう? それを指名手配した挙句揉めるとか、馬鹿なんですかね?」
コーネルの毒舌を聞いたヤーマンも、また人族を鼻で笑った。
「ふっ。馬鹿なんだろう。だから我々魔族は長年に渡って苦労をさせられているんだ」
「違えねえ!」
ヤーマンの言葉がツボに入ったデッカーが、大きな声で笑う。
その横でコーネルも「くっく」と小さく笑っていた。
「まあ、そんな訳でワイマールはしばらく放っておいても大丈夫だろう。ただ、他の国はいまだにケンタ=マヤの指名手配を解除していない。人族の国の足並みは揃っていないと見るべきだろう。しばらくはお互い様子見だろうな」
ヤーマンはそう結論付けたのだが……。
その予想は、別の形で裏切られることになった。
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