第20話 モナとメイリーン

 魔族にメイリーンの存在がバレたかもしれない。


 先日ここを訪れたモナと名乗った魔族の女は、メイリーンの魔族国時代の元侍女だった。


 メイリーン曰く、自分に刺繍を教えてくれたのはそのモナであり、彼女が見れば俺の胸ポケットに入れていたハンカチの刺繍は、メイリーンが施したものであるとすぐに分かるらしい。


 モナは、それが分かったから急に名前を名乗ったのか。


 自分の名前を、メイリーンに伝えるだろうことを見越して。


 それについてはモナの思惑通りになったんだけど、結局その真意が分からない。


 メイリーンに、自分は無事だと思わせたかったってことか?


 それとも、メイリーンに居場所を突き止めましたよ、と警告するためか?


 どっちなのか分からない以上、警戒しておくに越したことはない。


 そう思って侵入者に対して警戒すること一週間。


 結界に反応があった。


 あった、んだけど……。


「……んん?」

「どうしたの?」


 突然首を傾げた俺に、ソファーに座って赤ちゃん用のニット帽を編んでいたメイリーンが訊ねてきた。


「いや……魔族にメイリーンの所在がバレちまったからな。いつか奪還しに来るだろうと思って警戒してたんだけど……」

「……ということは、来たのね?」

「ああ、来たは来たんだけど……」

「けど?」

「なんでか反応が一人なんだよな……」

「じゃあ、魔族じゃないんじゃない?」

「いや、今山道の入口はワイマールの警備兵が封鎖してるだろ? わざわざそれを抜けるか回避してくるなんて、魔族か、どうしても俺を捕らえたい人族の国のどっちかだ。で、人族の国の場合一人なんてありえない」

「ということは、魔族の可能性が高いのね。でも、なぜ一人?」

「分からん。だからなんで? って思ったんだけど……」


 そして二人で「うーん」と首を傾げるが、いくら考えても答えは出ない。


「しょうがない。ちょっと様子を見てくるわ」


 結界の境界線付近も広域に探知してみるけど、他の魔族はいない。


 こうなると直接本人から聞き出すしか理由は分からないので、俺はその魔族に会いに行った。


 前回モナと遭遇したときのように、魔力と気配を遮断して向かった先には……。


「……モナ?」


 俺が思わず声を出すと、結界の中にいたモナは一瞬ビクッと肩を震わせたが、前回のように叫び声をあげたりせず、ゆっくりと俺の方を見た。


「……いきなり声をかけるの、本当に止めて頂けます?」


 口を開いたモナは、前回とは違いなぜか敬語で話しかけてきた。


「そりゃすまんな。まさかお前がいるとは思わなかったもんでな」


 俺がそう言うと、モナは不機嫌そうながらもそれ以上追及はしてこなかった。


「それで? お前はなにしにここに? それと、なに? その荷物」


 すんなりとモナが引き下がったので、本来の目的である訪問の理由について訊ねるのと同時に、モナの足元に置かれている二つのデカいトランクについても訊ねた。


 しばらくなにも答えなかったモナだが、答えられないのではなく言葉を選んでいるように見えた。


 なので、話し出すまで待つことに。


 そして、ようやく考えがまとまったのか、ここへの訪問理由を話し始めた。


「……私は、前陛下の治世ではメイリーン王女殿下の侍女をしていました」

「へえ」


 ここで知ってる感じの返答をすると、メイリーンの存在をモナに確定で教えてしまうことになるので、俺は相槌を打つだけに留めた。


 期待した返事と違ったからか、また少し不機嫌な顔になったが、そのまま言葉を続けた。


「前陛下が貴方に討たれ、メイリーン様が女王に即位された際も、私はお側にいました」

「ほう」

「ですが、混乱しきった魔族国を立て直すのは難しく、ついにメイリーン様の弟が叛乱を起こし、メイリーン様は玉座を追われました」

「……」


 そう、叛乱によってメイリーンを女王の座から追い落としたのはメイリーンの弟。


 権力欲が強かったらしい弟は、父王亡き後自分が魔族国王になるつもりだったらしい。


 だが、魔法の実力は相当なものだったらしいけど頭はそんなに良くなかったらしい。


 その結果、王がいなくなって混乱している魔族国に必要なのは、力の強い弟ではなく、頭のいいメイリーンだった。


 なのでメイリーンが女王の座に就いたのだが……それを不服として弟が、自分たちの取り巻きを引き連れて叛乱を起こし、メイリーンを女王の座から無理矢理引き摺り下ろしたのだ。


「メイリーン様が玉座を追われた際、王城からの脱出を手助けしたのは私です」

「……そうか」


 そうだったのか。


 メイリーンからは、女王の座を追われ追放されたと聞いていたが、よくよく考えれば玉座を奪われた王がそのまま追放とかおかしい。


 当然、処刑しようとするはずだ。


 そうか。


 メイリーンを逃がしてくれたのは、モナだったのか。


「王城から脱出されたメイリーン様を追って、私はあちこち探し回りました。しかし……なぜか見つけることができず、私は魔族国軍の諜報部に入り、メイリーン様の所在をずっと探していました」

「へぇ」


 モナがジトッとした目を向けてくるが、まあ、的外れではない。


 俺がメイリーンと再会したのは、メイリーンが王城から逃げてきてすぐ。


 そこからずっと俺の魔法で隠してきたからな。


「そして……とうとう、とう……とう、その痕跡を発見しました……」


 みるみるうちに目に涙を溢れさせるモナ。


「ケンタ=マヤ……あなたの下に、メイリーン様がいらっしゃいますね?」

「……ちなみに、そのことを魔族国に報告したか?」

「していません」

「そうか……いるぞ」


 俺がモナの質問に答えると、モナはその場に両膝をつき、次いで両手も地面につけ、最後に額を地面に付けた。


 マジかよコイツ、土下座しやがった。


「お願いします! 私を、メイリーン様のお側にいさせてくださいませ!!」


 モナの土下座に驚愕していると、そう懇願してきた。


 どうやら敵意はないらしいが……どうしたもんか。


「……ちょっと待ってろ」

「はい」


 とりあえず自分一人では決められないので、念話でメイリーンに確認してみた。


『メイリーン、ちょっといいか?』

『はい。どうしました?』

『この前も来たモナが来てんだけど、メイリーンの側にいさせてくれって言ってる。どうする?』


 簡潔にそう訊ねると、メイリーンは少し迷ったあと返事をした。


『とりあえず、連れて来てください。どうするかはそれから考えましょう』

『分かった』


 メイリーンとの念話を終え、モナに視線を向ける。


 うわ、まだ土下座してるよ。


「顔上げろ」

「はい」


 なんか、気持ち悪いくらい従順だな。


 魔族にとって俺は怨敵のはずなんだが、それよりメイリーンの側にいることの方が重要なんだろうか?


「とりあえず家に連れて行く。どうするかはそれから考える」

「!! は、はい! ありがとうございます!」

「ちなみに、お前以外誰もいないよな?」


 探知魔法で知ってはいるけど、一応聞いてみる。


「もちろん、私一人で来ました」

「分かった。それじゃあ、立って荷物を一つ持て」

「一つ?」

「もう一つは俺が持つ」

「なぜ?」

「俺がお前の身体に触れて良いならお前が二つ持て。それが嫌なら一つを俺に持たせてお前が俺の身体に触れろ」

「意味が……」

「意味が分かろうが分かるまいが、そうるかしないかだけ聞いてる。どうするんだ?」


 いつまでもグダグダ言いそうだったので、やるかやらないかだけ聞く。


 途中で話しを切られたモナは不服そうにしていたが、やがて一つだけ荷物を持った。


「……それで、どこを触ればいいのですか?」

「腕でも、背中でもどこでもいい」


 俺がそう言うと、モナは俺の背中に手を当てた。


 それを確認した俺は、もう一つのトランクを手に取った。


「じゃあ、行くぞ」

「え?」


 モナがなにか言う前に転移魔法を発動。


 次の瞬間には我が家の目の前にいた。


「到着だ。ほれ、荷物」


 俺はそう言って自分の持っていたトランクをモナの目の前に置いた。


「……え? あ、え?」

「なにを呆けてる? さっさと家の中に入れ」

「あ、は、はい」


 転移魔法に驚いているのは分かるけど、いちいちそのリアクションに付き合ってやる理由なんてないし、荷物はモナの物だ。


 俺が持ってやる義理もない。


 それでも、両手にトランクを持っているとドアを開けられないだろうから、ドアは開けてやった。


 なんて優しい俺。


 そうして家に入ったモナは、入ってすぐデカいトランクを床に落とした。


 ……結構な勢いで落ちたけど、トランク壊れてない? 大丈夫?


 しかし、モナにはそんなことに構っている余裕はなさそうだった。


「……メイリーン様……」


 ソファーに座っているメイリーンを見た瞬間、さっきは溢れるだけで零れ落ちなかった涙を、ダバダバと垂れ流しだしたからだ。


「ふふ、久しぶりね、モナ」

「メイリーン様あぁっ!!」


 メイリーンに声をかけられたモナは、滂沱の涙を流しながらメイリーンに駆け寄り、その足下に跪いた。


「よくぞ、よくぞご無事で!! 本当に、本当に良かった……」


 モナはそう言うと、ソファーに座るメイリーンを見て、ピシリと固まった。


 今のメイリーンは、ゆったりしたワンピースを着て、お腹が冷えないようにブランケットを下半身に掛けている。


 見る人が見れば、もしかして? と思う格好である。


「メ、メイリーン様……もしや……」

「あら、ふふ、分かる?」


 メイリーンはそう言うと、そっとお腹を撫でた。


「私、もうすぐママになるの」


 それを聞いたモナは、一瞬固まり、ギギギとこちらを見た。


「き、貴様……」

「モナ」

「!? はっ、ははっ!」


 モナは俺に向かってなにかを言いかけたが、メイリーンが発した低い声にビクリと反応し、メイリーンに向き直って頭を垂れた。


「ケンタは私が心から愛する旦那様。そんなケンタに不敬な真似は許しません。もし従えないというのなら……」


 メイリーンはそう言うと、とても冷たい視線をモナに向けた。


「この場で死になさい」

「!!??」


 あーあー、モナがメチャメチャ驚いてるよ。


 まあでも、メイリーンの発言は過激だけど間違いじゃない。


 モナはメイリーンの存在を魔族国には報告していないと言っていたが、もしここで俺に従えないからと帰したらモナの口からメイリーンの存在がバレるかもしれない。


 メイリーンのお腹には、この世界で最強の力を持つ召喚者の子供が宿っている。


 今の魔族国王にとって、それは脅威以外の何者でもないだろう。


 当然、自分の子孫に跡を継がせたいだろうからな。


 もしここにメイリーンの子供がいることがバレると、ここに魔族の軍勢を送ってくる可能性が高い。


 そんなこと、させるわけがない。


「どうしますか?」


 メイリーンの温度の籠っていない問いかけにモナは暫くの間唖然としていたが、やがてゆっくりと頭を垂れた。


「……かしこまりました。以降メイリーン様と同様、ケンタ様にも、生まれてくるお子様にも忠誠を誓います」


 その言葉を聞いたメイリーンは、さっきまでの冷酷な態度はどこにいったのか、またフワッと微笑んだ。


「ふふ、そう。モナを死なせなくて良かったわ」

「は、はは……」


 モナから乾いた声が聞こえてくるけど、俺としてもモナを引き入れられるのは都合がいい。


 なんせ、俺は家事が得意ではないから今でも妊婦であるメイリーンに色々とやって貰っている。


 色々と手伝ってはいるけど、それでも妊婦であるメイリーンに負担をかけているのは申し訳ないと思っていた。


 そこに元侍女だというモナがいてくれれば、メイリーンの負担をなくすことができる。


 メイリーンに対する忠誠心も高そうだし、これは良い拾い物をしたかもしれないな。

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