第19話 予想外の出来事

◆◆◆


 魔族の怨敵、ケンタ=マヤ。


 その身辺とワイマールとの関係について調査せよとの命令を受けて、モナは公然の秘密となっているケンタが潜む森にやって来た。


 そしてそこで、早速不可解なモノを発見した。


「……なんでこの森の入口をワイマールの兵士が警護してんのよ?」


 モナは、兵士が守る整備された山道の入口からではなく、道なき道からでも森に入ることはできる。


 しかし、今回はケンタの身辺調査。


 ケンタの住む森の入口を兵士が警護していること自体が異常なことである。


 これは、いよいよケンタとワイマールが裏で通じ合っている証拠ではないのか? とモナは読み取った。


「要調査ね」


 ケンタの身辺調査を行った帰りにでも兵士に話しかけてみよう、とそう判断し先に森に入ることにした。


 鬱蒼と木々が生えそろう森の中を、魔法を駆使しながら進むモナ。


 やがて兵士から見えない位置で山道に出ることができた。


「すんごいザルな警備。本気で守るつもりがあるのかしら?」


 森に入ったモナは、これは罠なのではないか? と思うくらい簡単に侵入できた。


 なので、一層警戒しながら進んでいたからだろう、その存在に気付くことができた。


「結界?」


 しばらく山道を進むと、巧妙に魔力が隠蔽された結界を発見した。


「……アイツを褒めるのは癪だけど、これは凄いわね。人族ならほぼ気付かない。魔族だって気付けるのはどれだけいるか……」


 自分は罠を警戒しながら進んでいたので、僅かに魔力の痕跡が残るこの結界を発見することができた。


 だが、もし無警戒で進んでいれば気付かなかったかもしれないと、褒めたくない相手なのに、あまりの魔法技術の高さに驚嘆した。


「以前の報告ではこんな結界はなかった。なのに、なぜ今更こんな結界を……」


 今まで人族の国と色々とやり合っていても結界など施さなかったケンタが、急に結界を張った。


 その理由を考えるが、人族相手の結界でないなら自分たち魔族相手の結界としか考えられなかった。


「でも、なぜ急に……はぁ、今回は調べなきゃいけないことが多過ぎるわね」


 モナはそう零すと、この結界を解析しようと結界に手を伸ばした。


「……なんて緻密で無駄のない魔法式。これ、結界に触れただけでアイツに通報がいく仕様になっているわね……」


 ということは、今この時点でケンタに通報が行っているはずだ。


 ケンタが来るまでになんとか解析を済ませないと、とモナは大急ぎで結界の解析に当たるが、全く解析が進まない。


「ああ、もう! アイツ、魔族でもないくせになんでこんな複雑な魔法式が組めるのよ!」


 早くしなければケンタが来てしまうという焦燥感と、一向に解析できない結界の魔法式に対するイライラから、モナは思わず叫んでしまった。


 隠密行動中としてはありえない行動なのだが、先の二つの理由によりモナから冷静な判断力を失わせていた。


 その結果……。


「よお。こんなところで何してるんだ?」

「きゃあああっ!!」


 結界の解析に夢中になっていたところで、後ろから声をかけられた。


 突然の声掛けに、モナは心の底から驚き、ここしばらく出したことのない大絶叫をあげて後ずさった。


 あまりに突然のことに、モナの心臓はバクンバクンと鼓動し、それに伴っているのか身体がガクガクと震えた。


「なっ!? な、なあっ!?」


 あまりにも身体が震えるので、まともに声を出すこともできない。


 モナは、半ばパニックになっていた。


「お化けじゃないから安心しろ」


 気配もなく、突然現れた男がそう言ったので、モナは高鳴る鼓動をどうにか抑え、男の顔を見た。


 そして、その男がモナたち魔族の怨敵、ケンタであることを認識した。


「ケンタ=マヤ……!」


 突然の怨敵との遭遇に、モナはそれしか言えない。


 憎々しさと恐怖が綯い交ぜになった感情のままケンタを睨むと、ケンタの方は至極軽い調子で返事をした。


「おう、そうだが。お前は誰だ? ここに何しに来た?」


 あまりに不遜な態度に、モナは腸が煮えくり返る思いがしたが、自分がケンタと戦っても勝ち目はない。


 なら、ケンタを挑発して少しでも情報を引き出してやろうと考えた。


 そして、さっきまでの憎々し気な表情から一転、ケンタを小馬鹿にするような態度で話しかけた。


「こんなご立派な結界を施すなんて、いよいよ私たちの復讐が始まるとでも思って恐れをなしたのかしら?」

「いや?」


 精一杯小馬鹿にしてやったのに、また軽い口調で否定された。


 むしろ、お前、なに言ってんの? と言いたげな顔をしている。


 あまりにもこちらを馬鹿にしている態度に、モナはまたしても怒りが込み上げてきた。


「……ふん。なら、なぜ今までフルオープンだったのに、急に結界なんて施したのかしら?」


 回りくどいことを言ってもコイツには無駄だと判断したモナは、直接結界を張った理由を訊ねることにした。


 すると、今度は酷く冷たい表情に変わってモナの質問をぶった切った。


「なぜお前に教えないといけない?」

「……そうやって隠そうということは、なにか秘密が……」

「聞こえなかったか? なぜ、お前に、教えないといけない?」


 ケンタがそう言ったあと、モナは強烈な威圧感を感じた。


 発生元はケンタ。


 ケンタは、魔力に威圧を込めてモナにぶつけてきたのだ。


「!? くっ!?」


 今まで感じたことのないプレッシャーに、モナは危うく膝を付くところだった。


 どうにか踏ん張って耐えていると、またしてもケンタから冷酷な口調で言葉を発した。


「なにを調べにきたのか知らんが、なにも話すつもりはない。さっさと帰れ」


 あまりにも突き放した言い方に、モナは威圧されていることもあってなにも言えなくなり、ただケンタを憎々し気に睨むことしかできなかった。


 そうしてしばらく睨み合っていると、突然ケンタからのプレッシャーが消えた。


 威圧感に耐えるために全力を使っていたモナは、急にプレッシャーがなくなったことで力が抜け、思わず膝を付いてしまった。


 そんなモナに向かって、またケンタが喋り出した。


「お前らが俺のことを恨む気持ちはよく分かる。けどな、俺だってそう簡単に殺されてやるわけにはいかねえ。死にたくはねえからな。だから、お前らがなにかしてこない限り、俺はお前らになにもしねえ。ただ……もし俺を討とうってんなら、俺も最大限に反撃する。挑むなら、その覚悟を持って挑んで来い」

「……」


 モナは、その言葉を聞いて、今はここから撤退すること以外なにもできそうにないと、自分の不甲斐なさを呪った。


 目の前に前陛下の仇がいるのに。


 そのせいで魔族国は大混乱に陥り、それを平定しようと女王に即位した姫も施策の失敗から行方不明になっているのに。


 自分は、ケンタに対して手も足も出ない。


 その事が悔しくてケンタのことを目に焼き付けようとするかのごとく、ケンタを睨みつけた。


 それほど凝視していたからか、魔族国の姫のことを思い出したからか……偶然あるものが目に入り、モナは目を見開いた。


 それは、とても懐かしい刺繍が施されたハンカチだった。


「……あ、え? いや、まさか……」


 あの刺繍の癖は見たことがある。


 というか、あれは自分が教えたものだ、見間違えるはずがない。


 まさか、そんな……。


「あ? どうした?」


 ありえないと思いつつ、もしかしたらと思っていると、ケンタから声をかけられ思考が現実に戻ってきた。


「い、いや、なんでもない」


 モナは、そう言って誤魔化すことが精一杯だった。


「なんだよ?」

「ほ、本当に何でもない!!」


 本当はその刺繡入りのハンカチについて問い質したかったが、ケンタ憎しの感情が大きいモナは、素直に聞くことができなかった。


 なので、咄嗟に大声で否定してしまった。


「……急に大声出すなよ。分かったよ。じゃあ、さっさと行け」


 まるで犬を追い払うかのような仕草に、またしても怒りが込み上げるが、今の自分はケンタの言う通りにするしかない。


 仕方がなく帰ろうと踵を返すが、どうしても後ろ髪が引かれたモナは少しだけ振り返った。


「……私はモナだ」

「ん? なんで急に自己紹介した?」


 ケンタがそう聞いてくるが、自分だって今の状況が不自然なことくらい分かっている。


 だが、今ここで自分の名を明かせば、ケンタの下にいると思われる女性に自分の名前が伝わるかもしれない。


 そうしたら、なにかしらのリアクションがあるかもしれない。


 なので、必死に言い訳を考えた。


「……私だけ、お前の名前を知っているのは不公平だからな」

「いや、別に知りたくなかったけど……」

「と、とにかく!! 今日は、私、モ・ナ! が来たからな!!」


 首を傾げているケンタに大声で名前を告げたモナは、そのまま結界の外に向かって走り出した。


 走っている途中、モナの頭の中はハンカチに刺しゅうを施した女性……メイリーン元女王のことで一杯だった。


「メイリーン様がアイツの下におられる……もしや、捕らえられ無理矢理手籠めにされたのか……いや、それならばあの柄の刺繍はありえないし、刺繍に込められた魔力も説明が付かない。つまり……メイリーン様はアイツに保護されているということ……」


 モナが見た刺繍は、バラの花。


 それは、女性が恋人や夫に愛情をこめて送る際に施される刺繍。


 つまり、メイリーンは無理矢理ケンタの下にいるのではなく、自分の意思でそこにいるということだ。


 その事実だけで、モナは心が弾むようだった。


 モナがケンタを憎んでいたのは、ケンタによって魔族国が混乱に陥り、その結果メイリーンが行方不明になったと思っていたから。


 そのメイリーンが発見された以上、実はケンタに対する悪感情は、もうすでに大分薄れていた。


 モナが諜報活動を主に行う部署にいたのはメイリーンを探すためであり、そのメイリーンが恐らく見つかった以上、魔族国を出てケンタの下に行こうかどうしようかとすら悩み始めていた。


 そんなことを考えていると、森の入口にいる警備兵を発見した。


「そういえば、彼らにも話を聞かないといけなかったわね」


 任務を思い出したモナは山道を逸れて森の中へと入り、そのまま街道まで出た。


 そして、森に素材採取に入ろうとする探索者を装って警備兵に近付いた。


「む? 止まれ!」

「え? あ、はい」


 モナは、少し戸惑っている演技をしながら警備兵の言葉に従った。


「その恰好、探索者か?」

「は、はい。この森に生えている薬草を採取しに来たんですけど……」

「そうか。すまんな、この森はしばらく立ち入り禁止になったんだ」

「ええ!? そんな! なぜですか?」


 モナは、わざと驚きながら、上目遣いに兵士を見た。


 羽を隠せば人族と見分けがつかないモナのことを兵士たちは全く警戒しておらず、むしろグラマラスな身体のモナが上目遣いに自分をを見てくることに気を良くして鼻の下を伸ばし、ペラペラと話し出してくれた。


「あ、ああ。なんでも、この前間違った手配書を発行してしまったらしくてな。万が一にも被害が及ばないようにここで警備しているんだよ」

「間違った手配書?」

「ああ。アンタ、この森の奥にいるヤツの手配書見たことないかい?」

「この奥って、あの人族全部から指名手配されてる?」

「そうそう、ソイツ。ソイツの新しい手配書が発行されたんだが……まあ、さすがにそれはちょっとって、俺でも思うくらいの内容だったからな。間違って賞金稼ぎが森に入らないようにしてるんだよ」

「ふーん……ねえ、その間違えた依頼書ってどんなの?」


 モナは、少しだけ兵士の身体に触れ、また上目遣いで見た。


「しょ、しょうがないな。これ、内緒だよ?」


 兵士はそう言うと、懐からケンタの手配書を取り出してモナに見せた。


 その手配書の文面を読んだモナは、一瞬怒りのあまり魔力を噴出しそうになった。


 そんなことをすれば魔族だとバレるので、必死に怒りを抑え込む。


「な、ヒデエだろ? いくら凶悪犯を捕まえるためだからって、罪のない配偶者を捕らえよなんて。まあ、すぐに間違いだったって撤回されたんだけどな。けど、ある程度出回っちまったし、万が一に備えて見張りをしてるんだよ」

「そう、だったんだ。教えてくれてありがと。じゃあね」

「あ、ちょっと、あの、せめて名前……」


 後ろで兵士がなにか言っているが、モナはそれを完全に無視して立ち去った。


 そして、周りに誰もいなくなったところで、独り言を口にし始めた。


「アイツが……ケンタ=マヤがあの結界を張った理由が分かった。メイリーン様をお守りするためだ。あんな手配書が出回ったから、発行したワイマールに報復したんだ」


 その事実を知ったモナは、これからの行動を決めた。


 帰ったら早速準備しなくては。


 陰鬱としていた行きと違い、帰りは意気揚々と帰って行くモナであった。


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