第18話 魔族の女
なんで魔族がこんなところに?
魔族にとって、俺は怨敵。
討伐に来てもおかしくはない。
けど、今まで金目当てで人族の賞金首がやって来たことはあったけど、魔族は誰も来なかった。
だというのに、どうして今更?
そんな疑問が浮かび、俺は警戒しながら魔族の女を見張った。
すると、魔族の女は結界を解析しようとして、できなくて焦っているのか、結界に対する文句しか口にしない。
なにか口を滑らせないかな? と思ってしばらく様子を見ていたのだが、一向にその様子がないので、俺は声をかけることにした。
「よお。こんなところで何してるんだ?」
「きゃあああっ!!」
俺が声をかけると、つんざくような悲鳴を上げて、魔族の女が高速で俺から離れて行った。
なんだよ、俺はお化けかなんかか?
「なっ!? な、なあっ!?」
なに? って言いたいんだろうけど、驚き過ぎて言葉になっていない。
「お化けじゃないから安心しろ」
俺がそう言うと、魔族の女はようやく落ち着きを取り戻したのか、今度は俺を睨んできた。
まあ、魔族が俺と会ったらその反応だろうけど、情緒不安定だな。
「ケンタ=マヤ……!」
憎々し気にそう言う女に、俺は心当たりはない。
メイリーンなら知ってるだろうか? 同年代っぽいし。
「おう、そうだが。お前は誰だ? ここに何しに来た?」
俺がそう訊ねると、魔族の女は俺を睨んだあと、突然小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
やっぱり、情緒不安定。
「こんなご立派な結界を施すなんて、いよいよ私たちの復讐が始まるとでも思って恐れをなしたのかしら?」
「いや?」
まったく見当外れなことを言うので即答で否定してみたら、また憎々し気な表情に戻った。
「……ふん。なら、なぜ今までフルオープンだったのに、急に結界なんて施したのかしら?」
その一連の流れで分かった。
コイツ、俺を討ち取りに来た戦闘員じゃなくて、俺を調べに来た諜報員だ。
なら、コイツにはなにも話すことはない。
「なぜお前に教えないといけない?」
「……そうやって隠そうということは、なにか秘密が……」
「聞こえなかったか? なぜ、お前に、教えないといけない?」
ちょっとしつこいので、魔力で威圧しながらそう言うと、さすがは魔族。
魔力の低い人族と違い、少し抵抗して見せた。
ただ、威圧はされてるけどね。
腰抜かしてないだけ。
「!? くっ!?」
そう言って踏ん張る魔族の女だが、そんなに粘っても答えは同じだ。
「なにを調べにきたのか知らんが、なにも話すつもりはない。さっさと帰れ」
俺がそう言うと、魔族の女は憎々し気な表情のままだがなにも言わなくなった。
これならもう大丈夫かな? と思って威圧を解くと、魔族の女はガックリと膝を付いた。
「お前らが俺のことを恨む気持ちはよく分かる。けどな、俺だってそう簡単に殺されてやるわけにはいかねえ。死にたくはねえからな。だから、お前らがなにかしてこない限り、俺はお前らになにもしねえ。ただ……もし俺を討とうってんなら、俺も最大限に反撃する。挑むなら、その覚悟を持って挑んで来い」
「……」
魔族の女は、膝を付いた状態のまま悔しそうに俺を見る。
怨敵が目の前にいるのに、手も足も出ないんじゃさぞ悔しかろうな。
そう思っていると、突然魔族の女の目がギョッと見開かれた。
「……あ、え? いや、まさか……」
「あ? どうした?」
「い、いや、なんでもない」
今の魔族の女の反応に敵愾心はなく、ただただ驚いたという表情だった。
「なんだよ?」
「ほ、本当に何でもない!!」
「……急に大声出すなよ。分かったよ。じゃあ、さっさと行け」
俺がシッシと追いやるように手を払うと、魔族の女は少しジッとしたあと踵を返した。
ようやく帰るのかと思ったら、少しだけ顔をこちらに向けた。
「……私はモナだ」
「ん? なんで急に自己紹介した?」
「……私だけ、お前の名前を知っているのは不公平だからな」
「いや、別に知りたくなかったけど……」
「と、とにかく!! 今日は、私、モ・ナ! が来たからな!!」
魔族の女……改めモナは、最後にそう叫ぶと結界の外に向かって走り出して行った。
この結界は、奥に行こうとすると迷うけど、帰ろうとするとすんなり帰れる結界だ。
モナは真っすぐ外に向かったので大丈夫だろう。
それにしても、何だったんだ? アイツ。
まあ、ここは元々公然の秘密の場所で、魔族側だって把握してただろうから、そこに結界が張られているということを知られてった今更である。
今日の魔族訪問は、いわば視察みたいなもので襲撃ではなかった。
モナが帰った今、これでこの件は終了である。
俺はモナが結界の外に出たことを確認してから家に帰った。
「お帰りなさい」
俺が家に帰ると、寝室からリビングに移動していたメイリーンが俺を出迎えてくれた。
「ただいま」
そう言ってメイリーンを抱きしめると、メイリーンは俺の肩当たりをクンクンと嗅ぎ始めた。
「メイリーン?」
しばらく俺の匂いを嗅いでいてメイリーンだが、次の瞬間今まで聞いたことがない低い声を出した。
「……女の匂いがする」
「確かに訪問者は女だったけど……触れてないのに、なんで分かるの?」
「かすかに、女の匂いが付いてる」
え? マジで? 全然分からん。
「え? じゃあ、私の匂いもケンタに付いてるの?」
「ええ。でも、ユリアは信頼できる私のお友達だから、いいの」
「えへへ。私もメイリーン大好き!」
メイリーンとユリアがてぇてぇ会話をしているけど、メイリーンの手は俺の服を掴んで離さない。
「えっと、メイリーン? 今のこと報告するな。ここに来てたのは……魔族の女だった」
「!!」
メイリーンは俺の言葉に驚き、パッと俺の服から手を離し、両手で口を抑えた。
「ま、魔族……もしかして、私を探しに……」
「いや、そういう感じじゃなかったな。今までなかった結界が出来てたから様子を見に来たって感じだった」
「そう……」
それでも不安そうなメイリーンをギュッと抱きしめ、頭を撫でながら安心させるように言い聞かせる。
「結界を張った理由はなにも言ってない。適当に威圧して、早々に帰ってもらった」
「……そう」
魔族にはなにも情報は渡していないと告げると、ようやく少し落ち着いたようだ。
「それで、どんな女でしたの?」
こうして元の状態に戻っているからな。
「えーっと、背中から小さくて黒い羽が生えてた」
「小さくて黒い羽……」
「どうした?」
「あ、いえ、なんでも」
「それから……ああ、なんか帰り際に自分の名前を大声で言ってたな。何だったんだあれ? 魔族って、そういう風習があるの?」
「いえ、初めて聞くわそんな風習。それで、なんと名乗ったの?」
「ええと……あ、モナ。モナって言ってたわ」
俺がそう言うと、メイリーンは一瞬大きく目を見開くと、寂しそうに笑った。
「どうした?」
「……そのモナという女性、とてもグラマラスではなかった?」
「ああ、確かにそうだけど……もしかして、知り合い?」
「……はい」
メイリーンは少し俯きながら小さい声で言った。
「モナは、私に使えていた侍女の一人だったの」
その言葉に、俺も驚いて目を見開いた。
たまたまやって来た人間が、メイリーンの知り合いとか、そんな偶然ある?
俺はその偶然に驚いていたのだが、メイリーンはちょっと困った顔で俺の胸ポケットに入っている刺繍入りのハンカチを手で触れた。
「失敗したなあ。モナが来ると分かってたら、このハンカチ渡さなかったのに」
「それって……」
俺は、メイリーンがなにを言いたいのか分かった。
「バレたかもしれないわ。私の存在」
やっぱりか。
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