第17話 訪問者

「知ってるか? 魔族がワイマールの国境線から撤退したらしいぞ」

「……段々、お前が本当に行商人に見えてきたよ」

「なんでだよ!?」


 だって、なあ?


 物資を運んでくる度に市井の情報を提供してくれる存在。


「行商人だろ」

「いやいやいや! この前友人枠に収まったよね!? あれ!? 収まってなかった!?」


 アイバーンが混乱している。


「それで? なんで魔族は撤退したんだ?」

「あれ、もうその話題終わり? 結局友人枠でいいのか?」

「はいはい、友人友人。で? どうなんだよ?」

「扱いが雑……あー、魔族な。軍の発表によるとワイマール軍に恐れをなして撤退したって言ってたわ」

「……抽象的かつ嘘くさい発表だな」

「俺もそう思う。まあ、こういう抽象的な発表をするってことは、明確な理由が分からないってことじゃねえの?」

「だろうな。まあ、どうせ自分らの都合の良いように解釈してんだろうけどな」


 俺がそう言うと、アイバーンは興味深そうな顔をして俺に聞いてきた。


「ほほう。ってことは、お前、おおよその推測は出来てんな?」


 コイツ、意外と鋭いな。


「まあな」

「どんな推測立てたんだよ? 参考までに教えてくれ」

「別にいいけど、あくまで推測だからな」

「それでいいよ」


 アイバーンから了解を得たので俺の推測を話す。


「魔族側は、新な王を迎えてから一年ちょっと。そろそろ体制も落ち着いた頃だ。それで、人族側にとりあえず一当てして反応を伺おうとしたんだろう」

「ほうほう」

「最初はいつも通りの紛争だったけど、ワイマール側が義勇兵を集めて総攻撃に転じた。魔族側は人族側の反撃の意思が予想以上に高いことが確認できたから撤退した。ってとこじゃね?」


 俺が自分の推測を話すと、アイバーンは「おぉ」と小さく唸った。


「すげえ。よくそこまで見抜けるな」

「あくまで推測だから、言い触らしたりすんなよ?」

「あ、ああ。そうか、推測だったな」

「……忘れてたのか?」

「リアリティがあり過ぎて、途中から真実を語ってるのかと錯覚してた」

「まあ、これでも一年半ほど、魔族国と単独で戦ってたからな。アイツらの動向はよく分かる」


 トップが変わろうが魔族たちにとって人族は敵。


 歴史的に虐げられた過去もあるけど、現代においても人族の国は魔族国を征服したくてしょうがないらしく、何度も侵略戦争を繰り返している。


 その度に魔族は人族への憎しみを募らせていき、今では魔族国が人族の国を征服しようという意識になってしまっている。


 体制が落ち着いたなら人族への侵攻を再開しようと思うのは魔族にとっては当然のことだ。


 ただ、前回の戦争……まあ、俺が相手だったわけだけど、それから期間が空いたから人族の反応が知りたかったんだろうな。


 ということをアイバーンに説明してやると、アイバーンは最初納得した顔をしていたが、しばらくして「ん?」と首を傾げた。


「なあ」

「なんだ?」

「人族は魔族国を征服したいんだよな?」

「そうだな。だから俺がこうして召喚されたんだし」

「だったら、なんで代替わりで魔族国が混乱している最中に人族は征服戦争をしかけなかったんだ?」


 まあ、当然の疑問だわな。


「そりゃ、人族側がそれどころじゃなかったからだろ」

「……なんかあったっけ?」

「逃げ出した召喚者の確保」

「あー……」


 人族側の事情を話したらアイバーンから憐みの視線を向けられた。


「アイツら、俺がどこに行っても現れやがって。俺もその都度撃退してたから、人族の国は俺を探索することと捕まえることに必死で、魔族に構ってる暇なんてなかったんだろ」

「そういうことか……」


 散々返り討ちにしてやったら、そのうちどこの国も追ってこなくなった。


 メイリーンと劇的な再開をしたのは、ちょうどその頃だな。


 そのタイミングも劇的だわ。


「しかし、指名手配を解除しないことを踏まえると、どこの国もまだお前のこと諦めてないのか」

「いい加減しつこいっての。本当に、マジで王城ぶっ壊しに行こうかな?」

「だからやめとけ」

「分かってるよ」


 そんなことがあったので、俺はこの世界の人族の国は大嫌いだ。


 むしろ、騙されて王を討ち取ってしまった魔族国に少し同情してしまっていた。


 それもメイリーンから話を聞くまでだったけどな。


 今の魔族国に同情の余地は無い。


 もしなにかあったら、問答無用で返り討ちにする。


 そんな話をしているときだった。


「……ん?」

「どうした?」

「いや、結界に反応があった」


 俺がそう言うと、アイバーンは目を見開いた。


「え、マジで? 森の入口の警備兵まだ居んのに?」

「ああ、アイツらがやられたのか、それとも別ルートから森に入ったのか」


 俺がいるこの森は、割と鬱蒼と木が生い茂っているので、整備された山道以外を通るのは結構大変である。


 警備兵を倒す、もしくは整備されていない別ルートから侵入するという手間をかけてまで結界の位置まで侵入してきたとなると……。


「……面倒な相手かもなあ」


 面倒だが仕方がない。


 俺は椅子から立ち上がると、メイリーンとユリアがいる寝室のドアをノックした。


『はーい』


 返事を受けてドアを開けると、メイリーンとユリアが赤ちゃん用の衣服を作っているところだった。


「お、可愛いのができてるな」

「ふふ、そうでしょ? ところで、どうかしたの? ケンタ」

「ああ、結界に反応があった」


 俺がそう言うと、メイリーンは目を見開いた。


「この状況で?」

「ああ。だから確認してくるわ」

「分かったわ。気を付けてね?」


 メイリーンはそう言うと頬にキスをしてくれ、俺の胸ポケットになにかを入れた。


「これなに?」

「さっき刺繍したハンカチ。お守りに持って行って」


 俺は、メイリーンの気遣いに感動しつつ、ギュッと抱きしめてから身体を離した。


「じゃあ、ちょっと見てくるわ」

「いってらっしゃい」


 ヒラヒラと手を振るメイリーンに送り出され、俺は結界の反応があった場所を目指す。


 この状況でここまで来た人物だ、最大限に警戒しておこう。


 それにしても、アイバーンの忠告を聞いて結界をそのままにしておいて本当に良かった。


 アイツ、物資と情報の運搬以外でも役に立つことあるんだな。


 そんなことを思いながら、俺は自分自信にも結界を施した。


 魔力も気配も漏れず、パッと見ただけでは俺の姿すら見えづらくする結界である。


 これで相手に悟られずに近くまで行ける。


 そうして近付いて行った先にいたのは……。


「魔族?」


 そこにいたのは、やたらグラマラスでその背中から小さく黒い羽が生えている、魔族の女だった。

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