第22話 友人の慶事
「いらっしゃいませ。お疲れ様でございます」
「……?」
モナが差し出したコーヒーと、モナと、俺を交互に見て首を傾げるアイバーン。
「なにしてんだ? 折角淹れてくれたのに冷めるだろ」
「え? あ、ああ。ありがとう……」
アイバーンはそう言うと、コーヒーを口にした。
「って! いや、誰ぇっ!?」
いつものように物資を持ってきてモナに出迎えられ、そのままリビングのテーブルまで案内されて、コーヒーを一口飲んでこの台詞。
「いや、おっそ」
「いきなり知らない人が出てきて混乱したんだよ! 分かれよ!」
「だったら、最初に会ったときにそう言えよ。なんだよ「あぇ?」って。笑い堪えんの必死だったんだぞ」
家のドアが開いたとき、出迎えたのがモナだったのだが、そのときのアイバーンの第一声が「あぇ?」だった。
コイツ、俺を笑い殺す気なのかと思ったね。
「うるせえっ!」
そのときのことを思い出して恥ずかしくなったのか、アイバーンは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「で? この人はどちらさんなんだ?」
アイバーンは、俺とメイリーンのことをよく知っている。
だから、この家に来る人間は著しく制限する必要があることも理解しているので、モナが何者なのか聞いてきたのだ。
「モナだ」
「モナです」
俺がモナを紹介すると、モナは礼儀正しくお辞儀をした。
ちなみに、現在のモナの服装はエプロンドレスだ。
本来、侍女は普通のドレスでエプロンドレスは汚れてもいい使用人の服らしいのだが、モナのこの家での仕事が主に家事であることから、エプロンドレスを着ている。
まあ、分かりやすく言うと、クラシカルなメイド服だな。
「はい。モナさんね」
「おう」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「で?」
「ん?」
なんかアイバーンが続きを促してきたので首を傾げると、アイバーンの額に「ピキッ!」っと青筋が浮かんだ。
「どこのモナさんなのかって聞いてんだよ!! お前、メイリーンさんがどんだけ危ない立場なのか分かってんだろうが!」
ああ、そういえばモナの素性は話していなかったな。
「モナは、メイリーンの王族時代の侍女だそうだ。女王の座を追われたメイリーンを王城外に逃がしたのもモナらしい」
俺がそう言うと、ようやくアイバーンは怒りを収めた。
「そうなのか。なら、モナさんはメイリーンさんを売ったり敵対したりしないってことだな」
「しないよな?」
俺がモナに話を振ると、モナはムッとした顔をして言った。
「もちろんでございます。私はメイリーン様に永遠の忠誠を捧げた身。たとえこの身が朽ち果てようともメイリーン様をお守りする所存でございます」
「だそうだ」
モナの言葉を聞いたアイバーンは、そこでようやくフッと力を抜いた。
「そうか、なら、良かった」
「なんだよ? 随分メイリーンの安全に敏感じゃないか」
俺がそう言うと、アイバーンはメイリーンとユリアがいる二階に視線を向けた。
今日はメイリーンの悪阻が重くて、ベッドで休んでいるのだ。
「まあな。メイリーンさんはユリアにとって数少ない、心から信頼できる友人だ。メイリーンさんに万が一のことがあったら、間違いなくユリアが悲しむ」
その言葉を聞いて、俺は思わずフッと笑ってしまった。
「……なんだよ?」
「いや? やっぱりお前、ユリアのことを溺愛してんなと思ってな」
俺がそう言うと、アイバーンは柄にもなく顔を赤らめた。
「……普通だ、普通」
「ほーん?」
「んだよ?」
「別に?」
そんなは会話をしていたときだった。
『モナ! モナ!! すぐに来て!!』
二階からメイリーンのモナを呼ぶ大声が聞こえてきた。
「メイリーン様!?」
その声を聞いたモナは、一目散に寝室へと走って行った。
「はやっ!」
アイバーンが驚いているけど、それどころじゃない。
俺もモナの後を追って寝室に駆け込んだ。
するとそこで見たのは、ユリアがグッタリしていて、それをメイリーンが慌てて介抱している様子だった。
「どうしたユリア!!」
俺の後から寝室に入ってきたアイバーンが、グッタリしているユリアに気付いて駆け寄ってくる。
「ユリア様!? メイリーン様、これは!?」
「それが……ユリアが突然気持ち悪いって言って吐いてしまって……」
「ユリア!? ユリアッ!!」
「うっ……おえっ……」
アイバーンはいまだに吐き気を催しているユリアの背中を擦りながらユリアに呼びかけているけど、ユリアの方はそれどころではないらしい。
なんか見たことあるな、と思ってその光景を見ていると、モナが俺の側に近寄って来た。
「ケンタ様」
「なんだ?」
「メイリーン様を見て下さっている産婆様をお呼び頂けますか?」
モナのその言葉で、俺はこの光景に確信を得た。
「あ、やっぱり?」
「おそらく」
そう言う訳で、俺は急ぎアイバーンたちの町へと転移し、ベネットさんを連れてきた。
ベネットさんは、客室のベッドに寝かされたユリアを見てなにがあったのか察したらしい。
「ケンタ君」
「はい?」
「ちょっと、ユリアちゃんに探知魔法使ってくれないかい」
「はいはい」
俺がベネットさんのお願いを気安く受けると、アイバーンが混乱した様子で訊ねてきた。
「た、探知魔法? なんでそんなもん使うんだ?」
「いいから、黙って見ておいで」
「……はい」
アイバーンのしょうもない質問は、ベネットさんの一喝で封じられてしまった。
俺は、そんなやり取りは無視してユリアの、主にお腹に向けて探知魔法を使った。
「……あー、やっぱいるな」
「そうかい」
俺が探知魔法の結果をベネットさんに伝えると、ベネットさんはニコリと微笑んだ。
「おめでとうユリアちゃん。ようやくユリアちゃんのお世話ができるよ」
その言葉で全てを理解したのか、ユリアはポロポロと涙を零し始めた。
「え? え? どういうこと?」
この非常事態で頭が混乱して思考が上手く働かないのか、アイバーンの察しが悪い。
「しっかりしろよ、とーちゃん」
俺がそう言ってポスッと腹を叩くと、アイバーンはムッとした顔になった。
「誰が父ちゃん……だ……」
だが、その言葉の真意がようやく理解できたのか、やがて信じられないと言った顔でユリアを見た。
ユリアは、恥ずかしいのかベッドのシーツから顔を半分だけ覗かせてアイバーンを見ていた。
「ユ、リア……」
「へへ……赤ちゃん、できちゃった」
ユリアがそう言うと、アイバーンはベッドに寝ているユリアに向かって飛び付こうとした。
「ぐえっ!」
なので襟首を掴んで止めてやった。
「このおバカ!! 妊娠初期の妊婦に飛び付こうとするなんて、何考えてんだい!!」
「妊娠初期が一番流れやすいのですよ?」
「あらあら、駄目よアイバーン」
女性陣から一斉に駄目出しをされたアイバーンは一瞬ションボリしたが、その後ゆっくりとユリアの手を握った。
「ユリア、俺、おれ、なんて言っていいか分かんねえ……」
ユリアの手を握り、アイバーンはボロボロと泣いていた。
「えへへ。ねえアイバーン」
「なに?」
「私たちは、この子を大事に育てていこうね」
「ああ。ああ! もちろんだ!」
なんか気になる言い方だけど、とにかくこれでメイリーンの一番の友人であるユリアはママ友にもなったわけだ。
出産後もいい友人関係を築けそうで何よりだ。
「さてそれじゃあケンタ君、さっそくですまないんだけど、ユリアちゃんを家に連れて帰ってくれるかい?」
「俺が、ですか?」
「ああ。さっきそこのメイドさんも言ってただろ? 妊娠初期は流れやすいんだ。ここから町までそこそこの距離がある。万が一があるかもしれないからねえ、あの魔法でパパっと連れて帰って欲しいんだよ」
なるほど、そういうことか。
でもなあ……。
「すみませんベネットさん。それはお勧めできません」
俺がそう言うと、ベネットさんは険しい顔になった。
「それはどういうことだい? アンタ、友人の奥さんのことが心配じゃないのかい?」
「心配しているから言ってるんですよ」
俺の返事に、ベネットさんは今度は困惑した顔になった。
「どういう意味だい?」
「転移魔法は文字通り身体を転移させる魔法です。空間を渡る際、胎児にどんな影響が出るのか、もしくは出ないのか、文献が残っていません」
「……そういうことかい」
「まさか、メイリーンの親友の身体で実験するわけにはいかないでしょう? だから、転移で移動するのはお勧めしないですね」
「ふむ……」
俺の説明に納得したベネットさんは、今度は考え込み始めた。
「よし、じゃあケンタ君。悪いけどユリアちゃんをしばらくこの家で預かってくれるかい?」
「えっ!?」
「ああ、もちろんいいですよ」
「ええ!?」
アイバーンは驚いた声をあげているが、俺はベネットさんの申し出を快諾した。
「え、じゃあ、俺もここに住むの?」
「いや、お前は帰れよ」
「なんでだよ!?」
アイバーンまで一緒に住むとか言い出したから、俺はさっさと帰れと言ってやった。
「なんでって、お前、探索者の仕事どうすんだよ?」
「う……」
「俺んちに物資運ぶ仕事だってあるだろ」
「う、うう……」
アイバーンは散々葛藤したが、結局は一人で帰ることに同意した。
「ユリア、これから小まめに様子を見に来るからな!」
「そんな無理しなくて大丈夫だよー。あ、でも……」
「な、なんだ?」
「……浮気したら、ちょん切るからね?」
「!?」
ユリアの恐ろしい宣言に、アイバーンは内股になりながらコクコクと必死に頷いた。
「はっはっは! 安心しなユリアちゃん。アタシがちゃんと見といてあげるよ」
「お願いしますベネットさーん」
そんなやり取りを経て、アイバーンとベネットさんは町へと帰って行った。
「モナさん! これからしばらく、よろしくお願いします!」
「はい。メイリーン様の貴重なご友人で御座います。誠心誠意お世話させて頂きます」
モナとの相性も良さそうでなによりだ。
「ふふ、これから賑やかになるわね」
そう嬉しそうに言うメイリーンだったが、そのあとすぐ自分も悪阻で気持ち悪くなってしまい、また大騒ぎするのであった。
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