第11話 検問官の受難
◆◆◆
ワイマール王都。
そこはワイマール王国最大の都市であり、王家の暮らす王城があることから王都の出入りには、安全のために近隣の町や村にはない検問が実施されている。
その日、ワイマール王都の検問官はいつも通りの職務をこなしていた。
検問官の仕事は、王都に出入りする人や荷物を検査し、危険な人物や物が流入したり、機密性の高い者の流出を抑えるのが任務だ。
いつも通りの日課。
それが崩れたのは、仕事を開始して少し経ったときのことだった。
「…………ぁぁぁぁ」
「ん?」
検問官は、ふと聞こえた声に検査していた荷物から顔をあげた。
「今、なにか言ったか?」
「いえ? 私はなにも言ってませんが……私も、今なにか聞こえました」
目の前の人物に問い質すと、自分ではないが自分も声を聞いたという。
二人揃ってキョロキョロと当たりを見渡すが、周りも動揺にキョロキョロと見渡している。
謎の声に気付いたのは自分たちだけではなかったと、そのとき気が付いた。
ということは、さっきの声は明らかに誰かが発した声。
もしかして、荷物の中に密入国か王都外に逃亡しようとしている者がいるのではないか?
周りの検問官もその可能性に気付き、荷物を一斉に捜査しようとした、そのときだった。
「ぁぁぁぁあああああああっっっ!!!!」
上空から大きな声を発しながら男が落ちてきた。
「は、はあっ!?」
そのあまりに異様な光景に、検問官だけでなく、検問を受けていた民衆たちも目を見開いた。
真っすぐこちらに落ちてくる男。
このままでは、地面に激突してペチャンコだ。
かと言って自分たちになにが出来るわけでもない。
せめて、一般市民が巻き添えを食わないよう、避難させるのが職務だろう。
そう思って市民たちを誘導しようとしたとき、突如男の落ちてくる速度が緩んだ。
「……は? え?」
またしても起こる不可解な出来事。
二度に及ぶ非現実的な光景を目の前にして、その場にいる人間は全員がポカンと口を開け、降りてくる男を見守っていた。
近くまで来てようやく分かったのだが、降りてきたのは一人ではなく、もう一人男がいた。
そして、さっきまで叫び声をあげていた男は、両手両足を縛られている。
一体、どういう状況なんだ?
全くなにも分からない状況に戸惑い、誰も動けないでいると、縛られた男を担いだ男が、手配書を差し出しながら検問官に話しかけてきた。
「あのさ、コレ書いた人間と連絡取りたいんだけど、案内してくんね?」
「ちょっ! そんな言い方したら駄目ですって!」
「うるせえ、黙ってろ」
明らかに上位者と手下の会話なのだが、その上位側の男はとにかく態度が不遜だ。
そもそも、ここに辿り着くまでには長い行列を待たないといけないのに、空から直接ここに来るというズルまでしている。
気に入らん、と検問官は男に対して厳格に対応することにした。
「それは王家が発行した手配書。案内できるわけがないだろうが。お前みたいな絵に描いたような不審者は初めて見た。即刻捕らえよ!!」
検問官がそう言い放ち、警護に当たっていた兵士たちが動き出す。
兵士たちをチラリと見た男は「はぁ」と小さく溜め息を吐くと、突然魔力を放出した。
それは、今まで魔族でも見たことがないほど濃密で、恐怖を感じる魔力。
その場にいる誰もが、一歩も動くことができなくなってしまった。
「あ、あ、あ……」
「そういうのはいいからさ。これを書いた人間に聞いてこい。こんな手配書を発行したってことは……」
男はそう言うと、今までの飄々とした態度から豹変し、ギロッと王城を睨み付けた。
「俺と戦争するってことでいいんだよな?」
その言葉を聞いた瞬間、検問官も含めた周囲の人間全員が腰を抜かした。
コイツはヤバイ。
絶対に王都に入れてはいけない人物だ。
ここで止めねば!
検問官はそう思うが、心とは裏腹に身体が恐怖を感じてしまい、全く動かない。
それは周囲の人間も同じで、中には失禁してしまっている者もいた。
その様子を見た男は、また小さく「はぁ」と息を吐き、魔力を放出することを止めた。
「ほれ、これで動けるだろ。さっさと誰か王城まで今の質問してこい」
「……」
男の言葉を聞いても、誰も動かない。
すると……。
「早くしろっ!!」
男が大声で怒鳴ると、兵士の一人が慌てて馬にのり王城に向かって行った。
それを見届けた男は、周囲で腰を抜かしている人々に声をかけた。
「あー、アンタら、今のうちに王都から逃げた方がいいぞ。なんせ……」
男はそう言うと、ニヤッと笑った。
「今から王都は、壊滅するからな」
その言葉を聞いた民衆は、先程の濃密な魔力を思い出し、腰が抜けているにも関わらず這うように王都から逃げ去って行った。
検問官たちもできれば逃げ出したかったが、この王都の門を守るのが務めである彼らは、ギリギリのところで矜持を思い出し、なんとかその場に踏みとどまった。
「へぇ、意外と根性座ってるじゃん」
男は愉快そうにそう言うが、検問官たちからしたらなにも愉快ではない。
王城からの返事を待つ間、男とずっと一緒にいたのだが、無言がこれほど苦痛に思ったことはなかった。
そんな時間が続いていた中で、検問官はあることが気になった。
一体、この男はどういう理由で王国と戦争をするなどという馬鹿げたことを言っているのだろうと。
「な、なあ、一つ聞いていいか?」
「あ? なんだ?」
素っ気ない返事に心が折れそうになるが、検問官は必死に心を奮い立たせて聞いた。
「なんで王国と戦争なんて言ってるんだ? その手配書にはなにが書かれてるんだ?」
検問官の言葉を聞いた男は、一度手配書に目を落とすと、それを検問官に差し出した。
手配書を受け取った検問官は、そこに書かれている文言を読んだ。
「……え、これ。これを王家が発行したのか?」
「ああ。ふざけた内容だろ? そもそも、俺はここの王女サマ二人とちゃんと話したんだぜ? にも関わらず、この仕打ちだ。こんなの、王家が俺に喧嘩売ってるとしか思えない。そんで、王家が売る喧嘩は……戦争だろ?」
男が言うことを、検問官は否定ができなかった。
手配書にて手配されているということは、目の前の男は罪人ということになる。
この男を捕まえる、もしくは殺害することは法律上なんの問題もない。
手配されているのだから。
しかし、ここに書かれている、この男の恋人の捕縛、という言葉は駄目だ。
罪のない一般人を人質に取ることを公言してしまっている。
こんな手配書を王家が発行したことが、検問官は信じられなかった。
「なにかの間違いじゃ……」
「それを確かめに行ってるんだろ? おっと、噂をすればなんとやらだ。来たみたいだぜ?」
「え?」
男の言葉を聞いた検問官が、男の視線の先を追うと……最初はなにも見えなかったが、徐々に王家所有の馬車がこちらに猛スピードで近付いてくることが分かった。
「なっ!? なんで……」
検問官の言葉に、男は返事をしない。
ずっと油断なく、王家の馬車を睨んでいたからだ。
徐々にスピードを落とし、目の前で停車した馬車から、凄い勢いで一人の女性が飛び出してきた。
「はぁっ! はぁっ!」
猛スピードで走る馬車の中で必死に身体を支えていたのだろう、馬車から出てきた女性……ワイマール王国第一王女ヴィクトリアは、息も絶え絶えの様子だった。
普通、王女が馬車から降りるときは使用人などのエスコートなしには降りないのだが、そんな悠長なことをしている場合ではないとばかりに、淑女が見せてはいけない態度で飛び出してきたのだ。
そんな信じられないような光景を目の当たりにした検問官たちは、一瞬呆然となるが、慌てて臣下の礼をとった。
ところが、隣にいる男はそんな態度を全く見せない。
それどころか……。
「よう、王女サマ。お前らが売った喧嘩、買いに来てやったぞ」
と、手配書をピラピラさせながら不遜な言葉をヴィクトリア王女に投げかけた。
ワイマール王国の臣下としては、あまりにもありえない男の行動に絶句してしまったのだが、続いてヴィクトリア王女の取った行動が、更に検問官を困惑させた。
なぜなら……。
「ち、違うのです!! 話を聞いて下さい!!」
と、まるで浮気がバレた女のような言葉を発し、男に縋ってきたのだから。
検問官は、自分の価値観が揺らぐ音を聞きながら、男と王女のやり取りをただ傍聴することしかできなかった。
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