第10話 逆鱗に触れた者

 ベネットさんが診察に来てくれた数日後、結界に反応があった。


 いつもここに来るアイバーンたち三人には許可証を渡してあるので、彼らではない。


 となると、迷子か、もしくは……侵入者か。


「メイリーン、結界に誰か引っかかったみたいだ。ちょっと様子を見てくるよ」


 今日は悪阻も重くなく、いつもより元気なメイリーンに声をかけ玄関に向かう。


 するとメイリーンは玄関先まで俺を見送りに来てくれた。


「気を付けてね?」


 そう言うと、メイリーンはいってらっしゃいのキスをしてくれた。


「……もう一回」

「ふふ、我が儘なパパねえ」


 メイリーンは、まだ膨らみかけてもいないお腹をさすりながら、もう一度キスしてくれた。


 ああ、なんというか、メイリーンと触れ合っているこのときだけが、生きているという実感が沸いてくる。


「じゃあ、行ってくる」


 今度こそ玄関を出て、結界の反応があった場所まで移動する。


 反応を頼りに移動していると……いた。三人だ。


 一応鎧は着ているが……騎士ではないな。


 ワイマールの騎士は何度か見たが、皆揃いの鎧を身に着けていた。


 今ここにいる奴らの鎧は皆バラバラだ。


 それぞれ別の防具屋で用意したものだろう。ということで、コイツらは騎士ではなく、探索者か賞金稼ぎのどちらかということになる。


 ただの道に迷った探索者なら、問答無用で排除してしまうとまた面倒なことになってしまう。


 なので、まず俺がすることは三人の身元確認だ。


「よお。こんなところでどうした? 迷子か?」


 俺が声をかけると、三人は盛大に驚いたあと、腰に下げている剣の柄に手をかけた。


「おいおい、俺はお前たちを心配して声をかけただけだぜ? そんな物騒なものからは手を離してくれよ」


 俺は両手を顔の前にあげ、ヒラヒラさせながら三人に声をかける。


 しかし、三人は剣の柄から手を離さない。


 ああ、これは賞金稼ぎかな?


「……ケント=マヤ、か?」


 そうじゃないかなと思っていたら名前を呼ばれた。


 賞金稼ぎ確定だ。


「そうだが?」


 俺がそう伝えると、三人はそれぞれキョロキョロと周囲を見回し、落胆したように息を吐いた。


「お前、ここら辺に家があるんだろう? そこまで案内してくれないか?」

「なんで?」


 コイツら馬鹿なの?


 なんで賞金稼ぎを自宅に招かなきゃいかんのよ。


 そういう純粋な疑問で、何故かと問うたら、三人のうちいかにも気が短そうな男が俺を睨みながら威嚇してきた。


「ああっ!? ゴチャゴチャうっせーんだよ!! 黙って家に案内すりゃいいんだよ!!」

「だから、なんで?」


 こんなガラの悪い人間を家に呼びたくないのは当然のことでは?


 しかし、どうやらこの短気な男は俺のその態度が気に入らなかったらしく、増々激高していく。


「テメエっ!! 舐めてんじゃねえぞ!? 俺を誰だと思ってやがる!! 最強の賞金稼ぎ、ニギマール様だぞ!!」

「え? 知らない」


 逃げ回る? まあ、日本語じゃないのでそんな煽りは通じないけどね。


 ちなみに、なんで俺が流暢にこの世界の人間と話せているのかは、召喚ボーナスらしい。


 はあ、ご都合主義だねえ。


 それはともかく、俺がそうと自覚しながら煽ってやると、ニギマールとやらは顔を真っ赤にして、今にも血管が切れそうになっている。


「テ、テメエ……ここまでコケにされたのは生まれて初めてだぜ……完全にキレちまったよオレぁ……いいぜ、今からお前のことボロボロにしてやる。そんで、泣きわめきながら家の場所を吐かせてやる」

「ふーん。それで、家を聞き出してどうするの?」


 俺がそう聞くと、ニギマールはニヤッと厭らしく笑った。


「そりゃあ、お前が囲ってる女をメチャクチャにしてやるのさあ……」


 その言葉を理解した瞬間、俺は、ニギマール以外の二人の首を撥ねた。


「……え?」

「おい」

「ひっ!?」


 俺が二人の首の髪を掴んでぶら下げながらニギマールに声をかけると、ニギマールは情けない声を漏らした。


 俺は、そんなニギマールを無視して、死なない程度に腹を蹴った。


「ゴエェッ!!」

「誰からその話を聞いた」


 腹を抑え、口から吐しゃ物を撒き散らすニギマールを見下し、俺はそう訊ねる。


「お……おえっ……」

「おい、さっさと答えろ」

「うぎっ!?」


 蹲って答えないニギマールの頭を踏みつけ、吐しゃ物に顔を突っ込ませる。


「誰からその話を聞いた」


 その答え次第で、俺はこれからの行動を決めなくてはいけない。


 なので、さっさと答えて貰いたかった。


「わ、わかった! 言う! 言うから足をどけてくれ!」

「どけるわけないだろ。そのまま話せ」


 なんでコイツの有利になるようなことをしなくちゃいけないんだ?


 ニギマールの懇願を却下し、頭を踏みつける力を強くする。


「あがっ! わ、割れる!! 頭が割れちまうっ!!」

「まだ話せんじゃねえか。さっさと話せば割れねえよ」

「言う! 言うから!!」


 ニギマールは少し間を置くと、倒れた状態で懐から手配書を取り出した。


 それは俺の手配書なのだが、どうやら最近発行されたものらしい。


 俺はそれを受け取り、手配書の内容を読んだ。


 読んだ瞬間、体中の血が沸騰した感覚を覚えた。


 手配書には……。


『手配書:最凶の召喚者ケント=マヤとその恋人。特に、恋人を生きたまま捕獲できたものには倍額を支払う。  発行 ワイマール王国』


 と記載されていた。


 ……ほうほう。


 俺を懐柔できないと判断したら、今度はメイリーンを人質にして言うことを聞かせようとしたってことか。


 しかも『生きたまま捕獲』としか書かれていないので、生きてさえいれば乱暴しても構わないと取れる。


「はぁ……」


 俺は、頭を踏みつけたままのニギマールの両手両足を縄で結び、肩から担いだ。


「ひっ! ど、どこにいくつもりだ!?」

「あ? そんなの決まってんだろ」


 こんなもの発行しやがって。


 どうやらワイマール王国は……俺と戦争がしたいらしい。


「ワイマールの王城だ。道知らねえから案内しろよ」

「は……はぁ!?」

「あ、嘘教えやがったらその場で細切れにするから、ちゃんと案内しろよ」

「ひっ……わ、わかりました……」


 こうして俺は、ニギマールの案内のもとワイマールの王城に向かうことになった。


 あ、その前に、メイリーンに念話で伝えておかないと。


 えーっと。


『メイリーン。どうやらワイマールが俺と戦争したいみたいだから、ちょっと王城まで行ってくる。夕飯までには戻る』

『はーい。気を付けてね』


 メイリーンの返事を聞いた俺は、一路ワイマールの王城を目指して……空を飛び始めた。


「ぬわあぁぁぁっっ!!!!」

「うるせえなあ。こっちであってんのか?」

「ぁぁぁぁ……あぇ? あ、あってます! あ、ちょっと右です!」

「右ね。どこだ?」

「は、はやっ!! うおぉ……街道があんな小っさく……それにメチャメチャ早え……」

「おい、どこだって聞いてんだよ」

「はひっ! こ、この下に見える街道がそのまま王都に繋がってるッス!!」


 なんか、急に三下みたいな話し方になったな。


 さすが、逃げ回る……ニギマール。


 案内を信じて街道を真っすぐ進むと、遠くに大きな都市が見えてきた。


「おい、あれか?」


 大きな都市だが、それがワイマール王都とは限らない。


 なので確認すると、ニギマールはコクコクと頷いた。


「あ、あれっス!! スゲエ! 王都まで一週間はかかる道のりなのに、一瞬かよ!!」


 三下にジョブチェンジしたら、途端にこの状況に興奮し出しやがった。


 なんて厭らしいやつなんだニギマール。


「よし。じゃあ、まずは降りて話をしに行くか」


 俺はそう呟くと、空から降下し始めた。


「え? 話?」

「ああ。お前らの発行したふざけた手配書のせいで迷惑を被った。謝罪と慰謝料を要求するってな」


 降下しながらそう言うと、ニギマールはまた喚き始めた。


「は、はあっ!? アンタ馬鹿なんスか!? そんなの、王家に喧嘩売りに行くようなもんじゃないっスか!!」


 コイツはなにを言っているんだろう。


「喧嘩じゃねえよ」


 そう、これから俺がするのは……。


「戦争だ」

「ぎゃああっっ!!」


 そう言って降下する俺の横で、ニギマールはずっと叫んでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る