第9話 世界の命運
◆◆◆
メイリーンの診察を終え、悪阻の重い妊婦でも食べやすく栄養価の高い流動食などのレシピをケントに渡したベネットは、ケントの転移魔法によってアイバーンたちと共に町に戻ってきた。
ケントが転移魔法で帰って行ったのを確認したベネットは、深い溜め息を吐いた。
「やれやれ、とんでもないことに巻き込んでくれたもんだよ」
ベネットはジト目をアイバーンとユリアに向けた。
「あはは……だって、ベネットさん以外に頼れる人がいなかったんだもん」
ユリアは、バツの悪そうな顔をしつつも、友人を助けるためにはしょうがなかったと言い切った。
その言葉を聞いたベネットは、やれやれと苦笑した。
「余程メイリーンのことが大事なんだねえ」
「うん! 一番の友達なの!」
満面の笑顔でそう言うユリアを見て、そういえばと思い出す。ユリアも、中々不幸な生い立ちをしていたことを。
「家族に大事にされない辛さは、同じ体験をした人間にしか分からないよ。しかも、自分が大事にしようと思っていた人たちにまで裏切られたなんて悲しすぎる」
ユリアは悲し気な顔でそう言う。
ケントの家で二人の事情を詳しく聞いたベネットも、その点には同情した。
一瞬悲しそうな顔をしたユリアだったが、すぐにその顔に笑顔が戻った。
「だから、なにがあってもメイリーンを守ってくれるケントのことは凄く信頼してる。あの二人には、絶対に幸せになって欲しいんだ!」
屈託のない笑顔でそう言うユリアに毒気を抜かれたベネットは、アイバーンを見た。
アイバーンも、ユリアを諫めたりはしない。
「俺も同じ気持ちかな。あの二人には幸せになる権利があると思う。それは、誰にも侵害できないものだ」
だから、とアイバーンは続ける。
「あの二人の心が多少壊れていたとしても、俺はあの二人を祝福するよ。あの二人をああしてしまったのは、この世界に住む人間だ。やり返されたって文句は言えないのに、彼らは大人しくしている。それだけでも感謝すべきだよ」
アイバーンの言葉を聞いて、ベネットは目を見開いた。
「アンタ……あの二人の心が壊れていることに気付いていたのかい?」
ベネットのその言葉に、ユリアとアイバーンは頷いた。
「でないと、あんな簡単に人を殺すなんて言えないよね。実際、あまりにも下衆い賞金稼ぎは何人か行方不明になってるし」
「メイリーンも、普段は柔和で優しい人なのだがな。魔族国の話になると、新政権は全員死ねばいいのに、と真顔で言うんだ」
二人の話を聞いたベネットは、想像以上にケントとメイリーンの夫婦がヤバイ状態だということに戦慄した。
ゴクリと息を呑んだベネットは、真剣な顔をして二人に言った。
「いいかい。あの二人が人間の心を保てているのは、アンタたちが友人としてあの二人と付き合っているからだ。この世界にも心を許せる人間がいるんだと思わせているからだ。だからいいかい。決してあの二人を裏切るんじゃないよ? もしアンタたちが裏切ったら……」
ベネットは一呼吸置いてから言った。
「今度こそあの二人は世界に牙を剝くよ」
その言葉を、アイバーンとユリアは静かに聞いていた。
「そうなったら、本当にこの世界は終わる。世界の命運は、アンタたちが握っていると認識しなさい」
ベネットにそう言われたアイバーンとユリアは、一度顔を見合わせたあと、苦笑してベネットを見た。
「それ、ベネットさんも同じですよ」
「……」
そう言われればそうだ。
真摯にメイリーンの診察をしたことで、ケントもメイリーンも、自分に随分と心を許してくれていたように思う。
「……本当に、厄介なことになったねえ」
ベネットは、帰り際に渡されたケントの張った結界の許可証を目の前でプラプラさせながら、苦笑するのだった。
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