第6話 町での評価

「へぇ、それでこんな警戒してんのか」


 ワイマールの妹王女サマがやって来た数日後、アイバーンがメイリーンのマタニティ服やベビー用品やらを持って我が家にやって来た。


「ああ。前回も相当悪態吐いて追い返したのに、性懲りもなくやって来やがったからな。次はどんな手でくるか分からねえ。だから、警戒しておこうと思ってな」


 ここに来る途中、俺の仕掛けた警戒網によって道に迷ってしまったアイバーンに、なぜこんなことをしているのかという説明をした。


 俺が仕掛けた警戒網というのは、許可の無いものが辿り着けないように、魔法で結界を施したもの。


 これを設置したとき、アイバーンにも許可を出していなかったので辿り着くことができなかったのだ。


 この結界に誰かが引っかかると、俺に合図が来るようになっており、それが来たので見に行ってみると、アイバーンとユリアが道に迷っていたという訳だ。


「通い慣れた道なのに迷ったときはマジで焦ったぜ。ユリアなんか泣きべそ掻いてたんだからな」

「悪い悪い。タイミング的にお前らに知らせることができなくてな。許可証を渡しておくから、これで勘弁してくれ」


 俺はそう言って、ペンダント型の許可証をアイバーンに渡した。


「ほぉ。これが許可証なのか」


 アイバーンは、興味深げに俺が渡した許可証を眺めている。


「ああ、それを持っていないとここに辿り着くことはできない。それに魔力を通してくれないか?」

「魔力か……苦手なんだよな」


 アイバーンは人族なので、魔力の扱いが上手くない。


 ただ、上手くないだけでできないわけではない。


 許可証に魔力を流して貰うのは、防犯上どうしてもやってもらわないといけない行為なのだ。


「ん! んん!! ……ぷはぁっ! これでどうだ?」

「ああ、これで大丈夫だ」


 ほんの少しだけアイバーンの魔力が込められた許可証に、俺は定着の魔法を施した。


「これで、この許可証はお前専用になった。お前以外の人間がこの許可証を持っていても、この結界は突破できない」


 もう一度アイバーンに許可証を渡すと、また「はぁ~」と言いながら許可証をマジマジと見つめた。


「すげえな。セキュリティ、完璧じゃん。なんで今までやらなかったんだよ?」


 まあ、当然そう思うよな。


 この結界があれば、面倒な賞金稼ぎが来たりもしなかったんだし。


「こんな結界張ってたら、いかにも悪いことして隠れてますって言ってるようなもんだろ? なんで俺がそんなコソコソしなくちゃいけないんだよ」


 この世界のために、そんな労力は裂きたくないというのが理由である。


 その理由に、アイバーンは一応の納得を示した。


「ああ、確かに。お前って全世界に超高額で指名手配されてる極悪人のはずなのに、一つも悪事働かないもんな。周りの町や村の人間も不思議がってるよ。お前は、本当に極悪人なのか? って」

「は? そんなこと言われてんの?」


 意外だ。


 超意外だ。


「まあ、最初は皆怖がってたよ。懸けられた賞金は過去に類を見ない程の超高額で、世界中の国から指名手配されてる奴が近くに住み着いたんだ。この近くの町も村も、最初は毎日対策会議が開かれていたよ」

「へえ、そうなのか」

「そうなのかって、お前……」

「俺には全く関係ねえ。勝手に怖がって、勝手に警戒してるだけだろ。なんで俺が罪悪感を抱かないといけないんだ」


 俺がそう言うと、アイバーンは諦めたような表情になった。


「まあ、今ならそう言われても納得するんだけどな。当時は俺も、お前をなんとかしないといけないと、真剣に考えていた」

「それで討伐に参上したってわけか」

「言っとくけど、俺はそのときの行動を一切後悔なんかしてねえからな。そのときはお前のことをなにも知らなかたし、それが正しい行動だと確信していた」

「別に責めてねえだろ」


 そんなに長い付き合いではないけど、コイツがそういう奴だというのは分かる。


 アイバーンは周りの意見ではなく、自分の考えや信念で行動する。


 今こうして俺と友誼を結んでいるのも、アイバーンが俺を見て、俺の話を聞いて、自分で判断した結果だ。


 そうなる以前のアイバーンの行動を咎めるつもりなんてない。


「そうか。それは良かった。しかし、俺がお前の討伐に失敗して帰ってきたと知ったときの皆の落胆ぶりは半端じゃなかったな」

「……なんか俺、物語に出てくる悪の王みたいに扱われてねえか?」


 俺がそう言うと、アイバーンは苦笑した。


「当時はまさにそんな感じだったよ。まあ、俺がお前から聞いた話を皆にして、お前が悪い奴じゃないと説明したら、少しずつ認識が変わっていったけどな」

「はあ? 話したのかよ?」

「そりゃあ話すさ。話さないと、いつまで経ってもお前は誤解されたままだ。あの時の俺はお前と友人になりたかった。友人がそんな誤解を受けているのは、面白くないだろう?」


 悪びれもせずそう言うアイバーンに、俺は呆れて物も言えなくなった。


「コレだけ長い間なんの悪事も働いていないんだ。今じゃ、お前が本当は悪人じゃないって皆知ってる。俺がお前に物資を運搬していることもな。マタニティドレスを買ったときは、ユリアに子供ができたのかと誤解されたけどな」


 そう言って笑うアイバーンだが、俺はその言葉に危機感を覚えた。


「……ってことは、メイリーンに子供ができたことを、町の人間は知ってるのか?」


 俺が真剣な顔をしていることに気付いたのだろう、アイバーンはすこし面食らいながらも「あ、ああ」と肯定した。


「……なあ、アイバーン。お前、町にいるとき、変な輩に声を掛けられたりとか、妙な視線を感じたりしたことはなかったか?」


 俺の質問に、アイバーンは少し考える素振りを見せる。


「声をかけてくるのは顔見知りばっかりだったな。それに視線か……俺、そういう気配探知的なこと苦手なんだよな……」


 まあ、アイバーンは人族で、魔族でもないとそういう気配探知は難しいもんな。


「それは仕方がないな。それにしても、町でそういう話になってるとなると……」


 俺は視線を外に向けた。


「この結界、設置しといて良かったかもしれねえな」


 俺の言葉に、アイバーンも少し不安気な表情を見せた。


「そういえば、なんで今回は結界を設置しようと思ったんだ?」


 アイバーンからそんな質問をされるが、そんなの決まっている。


「メイリーンは妊婦だぞ? もしなにかあったらどうする」

「ああ、メイリーンのためね」

「当たり前だろ。あ、この結界のことは町の人間には教えんなよ?」

「え? なんで?」

「それと、アイバーンは今まで通り行動しろ。妙な警戒とかすんな」

「だから、なんで?」


 アイバーンが焦れて来ているので、俺はニヤッと笑って答えてやった。


「上手くいけば、馬鹿が釣れるかもしれないからな」


 俺がそう言うと、アイバーンは顔を引き攣らせてポソッと呟いた。


「……そうならないよう、王国には自重することを切に願うよ」


 さあ、どうだろうな?


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