第5話 王女再来

 庭にある畑で野菜の世話をしていると、突然手斧が俺に向かって飛んできた。


「おっと、危ないな。誰だ、こんな物を投げてきた奴は」


 飛んできた手斧を掴んで飛んできた方向を見ると、鎧を着た男がなにかを投げたあとの恰好をしたまま驚愕した顔をしていた。


「なっ……こ、この距離で俺の投げた手斧を受け止めた、だと?」


 なんかブツブツ言っているけど、斧なんていう殺傷力の高いものを投げ付けて、それを受け止められたら驚愕してるってことは、俺に対しての殺意があったってことで間違いないだろう。


 ということは、コイツは賞金稼ぎか野盗ということになる。


 まあ、一人だしそこそこ綺麗な身なりをしているから賞金稼ぎで間違いないんだろうけど、いきなり不意打ちをされて少し腹が立っていたのでちょっと煽ってやることにした。


「不意打ちなんて、やっぱり野盗は卑怯な真似をするねえ」


 掴んだ手斧をもてあそびながら男に近付いていくと、男は手斧を掴まれた驚愕から一転し、憤怒の表情をしながら腰に装備していた剣を抜いた。


「て、てめえ……誰が野盗だあっ!?」


 まあ、賞金首相手に正々堂々と勝負をしかける奴なんていないだろうけど、理不尽な形で指名手配されている身としては、こういう不意打ちだって相当頭にくる。


 怒りのままに剣を振り下ろしてくる賞金稼ぎに対し、俺は今持っている手斧を振るった。


「なっ!?」


 俺が振るった手斧は、剣の横腹を打ち付け賞金稼ぎの剣を真っ二つにへし折った。


 クルクルと宙を舞う折れた剣を見つめる賞金稼ぎ。


 剣先が地面に突き刺さると、賞金稼ぎはその剣先を見て、自分の手元の半分に折れた剣を見て、俺を見た。


 すると、賞金稼ぎがペタンと地面に座り込んだ。


 どうやら腰が抜けたみたいだ。


「た、たのむ……殺さないで……」


 ガタガタと震えながら情けなくそう懇願する賞金稼ぎに、俺は興が削がれるのを感じていた。


「なんだよ情けねえな。命のやり取りをする覚悟がないなら、こんなとこ来てんじゃねえよ、馬鹿が」


 俺は、地面に刺さっていた剣先を抜き取り、賞金稼ぎに向かって投げ付けた。


「ひっ!」


 と身を縮こませる賞金稼ぎの顔の横をすり抜け、少し離れた場所に剣先は再度突き刺さる。


 賞金稼ぎの頬にさっきの剣先がかすり、一筋の傷から薄っすらと血が滲んでいた。


「それ持ってとっとと帰れ。そんで、二度と来んな。顔、覚えたからな。次会ったら……」


 そこまで言って、俺は賞金稼ぎに顔を近付けた。


「殺すぞ」

「ひ、ひいっ!!」


 俺が低い声でそう脅すと、賞金稼ぎは折れた剣先を拾わないまま、走り去っていった。


 最近は俺が簡単に討伐できないということが噂として広まっているらしいから、腕に覚えのある奴かと思ったんだけどな。


 単に金に目が眩んだだけの奴だったか。


 と、俺は手元に残った手斧をどうしようかと思案しながら男が走って行った方向を見た。


「まあ、返せとは言われていないし、このまま貰っとくか」


 そして、その手斧をもう一度もて遊びながら声をかけた。


「さて。おい、いつまでコソコソ覗いているつもりだ?」


 俺が声をかけるが返事はない。


「そうか。ということは、お前たちは敵だな? じゃあ……」

「お、お待ちくださいませ!!」

「あ?」


 さっきから複数の人間が草むらに隠れているのは探知魔法で分かっていた。


 呼びかけても返事がないのでそこに向かって手斧を投げようとしたら、草むらから女が飛び出してきた。


 その女は、旅装をしているが明らかに高級品と思われる服を着ていて、相当地位の高い女なのだと推測できる。


 その顔は、先日ここに来た、なんとか言う王女サマに少し似ていた。


 女が出てきたあと、ワラワラと鎧を着た騎士と、この女よりは質が劣るがそこそこいい旅装に身を包んだ女たちが出てきた。


「誰だ? テメエら」


 俺がそう訊ねると、騎士たちの表情に怒りが浮かぶ。


 ああ、先日のアイツらと同じ輩か。


 また面倒な奴が来たもんだ。


「わ、わたくしは、ワイマール王国の第二王女、ウィンプルと申します。ケンタ=マヤ様でお間違いないでしょうか?」


 俺の無礼な誰何に少し驚きながらも、第二王女と名乗る女は挨拶をしてきた。


 騎士たちも、表情に怒りを滲ませてはいるが口を挟んではこない。


 どうやら、前回の件から学習してきたらしい。


 それより、第二王女ってことは、この前の奴の妹か。


「ああ、間違いねえな。で? ワイマールの王女サマってことは、また力を貸せとか言ってくんのか?」


 まどろっこしいのは嫌いなので、俺はいきなり本題を切り出した。


 まさかいきなり本題に入るとは思っていなかったのか、妹王女サマは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに取り繕った。


「え、ええ。本題はそれなのですけれど、まずは姉がしたことの謝罪を。申し訳ございませんでした」


 そう言って深々と頭を下げる妹王女サマ。


「マヤ様になんのメリットも示さず、いきなり力を貸せと申したのでしょう? とても無作法な行いだったと反省しております」


 妹王女サマはそう言うけど、どうやら、コイツも事の本質が分かっていないらしい。


 俺が何も言わずに妹王女サマを見ていたことをどう解釈したのか、妹王女サマはニッコリと微笑んで俺に対するメリットとやらを話し始めた。


「マヤ様は長い逃亡生活を余儀なくされていると伺っております。そこで我々ワイマール王国ではマヤ様の指名手配を解き、国内での自由な行動をお約束いたします」


 俺の指名手配を解く、ねえ。


 そんなこと、姉王女サマが来てからのこの短期間に決められるとは思わない。


 大方、先日来た姉王女サマも同じ提案をするつもりだったんだろう。


 その話に行く前に俺が断ったり、あの馬鹿騎士の暴走もあったりでそこまで話ができなかったんだろうな。


「それに……」


 妹王女サマは薄く微笑むと、後ろに控えていた女性陣を前に出した。


「長い間の逃亡生活で、心身共にお疲れかと思います。そこで、せめてお心をお慰めできればと、我が国でも選りすぐりの美姫たちを連れてまいりました」


 そう言って、俺のことを見つめてきた。


 まさか、これで断らないよな? という思いが透けて見える。


 まったく、この世界の為政者は、本当に反吐が出るほど嫌いだ。


「この女たちを連れて、とっとと帰れ」


 俺がそう言うと、妹王女サマだけでなく、連れて来られていた女性たちも驚いた顔を見せた。


「お、お待ちください! これでは足りませんか!? も、もちろん金銭もご用意しております! どうかそれで……」

「あのさ」


 俺が妹王女サマの言葉を遮ると、妹王女サマは口を噤んだ。


「俺がこの世界のためになにかすることはない。って、前来たときも言ったんだけどな?」


 聞いてないのか?


「そ、それは、姉の交渉の仕方がまずかったからで……」

「有償とか無償とか、そういう次元の話じゃねえんだよ。例えお前たち人族がどうなろうと、魔族がどうなろうと知ったことじゃねえ。勝手に殺し合ってくれよ」


 俺がそう言うと、今まで我慢していたのだろう、騎士が立ち上がり俺を非難してきた。


「き、貴様は! この国の人々がどうなろうと構わないと言うのか!?」


 この騎士には、俺が人々を見殺しにしているように見えているのだろう。


 正義感の強そうな騎士に、俺は答えてやった。


「ああ。そうだよ」


 正直に答えてしまったからか、その騎士だけでなく、妹王女サマまでポカンとした顔をした。


「な、なんて……」

「ひどい奴だって? それはそうだろ? そもそも俺はこの世界の人間じゃない。無理矢理浚われてきたんだ。挙句、騙されて、処刑されかけて、抵抗したら全世界に指名手配されて逃亡生活を余儀なくされた。そんなクソみたいな世界の人間に、どうやったら感情移入できるんだよ? なあ。教えてくれよ」


 俺がそう言うと、騎士はそれ以上なにも言えず、口を噤んだ。


「分かったら、さっさと帰ってくれ。マジで迷惑だ」


 そう言って踵を返すと、女に声をかけられた。


「お待ちください!」

「あぁ?」


 まだなにかあるのか? と振り返ると、声をかけてきたのは、俺を慰めるために連れて来られた女の一人だった。


「貴方がそんな辛い想いをされていたなんて、私全く知りませんでした! ですから、どうか、どうか私に、貴方のお心を慰めさせてくださいませんか!? 依頼とか褒美とか、そういうのは一切関係なく、私が貴方を慰めてさしあげたいんです!」

「……はぁ?」


 それってつまり、単純に俺とそういうことがしたいってことだろ?


 え? なんで?


 今の短期間で俺に惚れちゃうとか、ありえないよな?


 自分で言うのもなんだけど、相当悪態付いた自覚があるぞ。


「……そういうのはいらない。迷惑だから、とっとと帰れ」

「そ、そんな! 私は……」

「しつこい!」

「ひっ!」


 あまりにしつこいので、俺は思わず、魔力をその女に向けてしまった。


「必要ないと言っているだろう。お前の感情を俺に押し付けてくんな」

「え、あ、その……押し付けとかでは……」

「じゃあ、必要ないって言ってるんだから、帰ってくれるよな?」


 俺は、その女に威圧を込めてニッコリと微笑みながらそう言うと、女はコクコクと首を縦に振った。


「交渉には応じない。この世界に関わるつもりは一切ない。だから、二度と来んなよ?」


 俺はそれだけ言い残し、今度こそ家に帰った。


 探知魔法で気配を探っていると、妹王女サマたちがノロノロと帰り出しているのが分かった。


 それにしても、まさかハニートラップを仕掛けてくるとは。


 もしそうじゃなかったとしても、あの状況から俺に惚れたとか言われても信用なんてできない。


 なにを考えているのか分からないな。


 とりあえず、警戒だけはしておくか。



◆◆◆



「貴女、まさか本当にあの男に惚れましたの?」


 ケンタの家から、隠して停めてある馬車に向かっている道中で、ウィンプルはケンタに縋りついた女に声をかけた。


 あの短い間のやり取りと、ケンタから向けられた嫌悪感を浴びてなぜそのような行動に出たのか、純粋に興味があったからだ。


 ところが、その女から出た言葉は、ウィンプルの想像を超えるものだった。


「まさか。あそこまで私たちを拒絶しているんですよ? こちらが惚れる要素なんてどこにもないじゃありませんか」

「ええ!? で、でしたら、なぜあのような態度を取ったのですか?」


 ウィンプルは、その女の返事に驚きその理由を知りたかった。


「殿下が仰っていたのではありませんか。長い逃亡生活で、あの男は相当性欲が溜まっているはずだと。それなのに、各娼館のナンバーワンを集めた私たちに見向きもしなかった。それで推測したんです。ああ、これ、女がいるなと」


 その言葉にウィンプルは驚愕したが、女たちは揃って首を縦に振った。


「あ、やっぱりそう思いましたか。私もそう思いました」

「ですよね。性欲が溜まっている若い男なら、まず私たちの身体を舐め回すように見る筈ですし」


 女の一人は、騎士たちに向けて意味深な視線を向けた。


 視線を向けられた騎士たちは、慌てて視線を逸らす。


 どうやら、いやらしい視線で見ていたようだ。


「でも、あくまで推測です。なので、試してみようと思いまして」

「ははぁ、それであのような行動に出たのですか」

「ええ。まあ、結果は予想通りですね。彼、女を囲ってますわ」


 女はそう言うと、得意気にウィンプルを見た。


「名誉や報酬で動かないのであれば、人質をとって言うことを聞かせればいいのではないですか?」


 ウィンプルは、そう言った女をマジマジと見た。


 ケンタが自分の意思で動くことは期待できない。


 しかし人質がいれば、言うことを聞かせられるかもしれない。


 ワイマールでの指折りの美姫たちに目もくれなかった男だ、相当その女を溺愛しているに違いない。


 人質としての価値は、十二分にある。


「それしかないかもしれないわね」


 その言葉を聞いた女は、ニッコリと微笑んだ。


「そうですか。それでウィンプル殿下」

「なんです?」

「私、結構危ない橋を渡ってその情報に信憑性を持たせたのです。当然、褒美は期待してもいいですわよね?」


 したたかな女の請求に、ウィンプルはヤレヤレと息を吐いた。


「いいでしょう。いくら欲しいのです?」


 その言葉に、女は満面の笑みを浮かべた。


 呑気に話している彼女たちは知らない。


 その狙おうとしている女が、ケンタにとっての逆鱗であることを。


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