第4話 ワイマール王家
◆◆◆
ワイマール王国の王城にある一室。
そこに、豪華な衣装を身に纏った初老の男が筋骨隆々な壮年の男に厳しい視線を向けていた。
初老の男はこの国の王で、筋骨隆々な男はこの国の騎士団長である
「戦況はどうなっている?」
「はっ! 我が軍の兵士たちの働き振りは目を見張るものがあり、誰も彼も奮闘しております!」
騎士団長の返答に、王は深い溜め息を吐いた。
「そういう抽象的な感想ではなく、もっと正確に、事実だけを話せ」
王にそう言われて、騎士団長は少し逡巡をしたあと、消沈した声で話し始めた。
「正直、一進一退で御座います。こちらは数と近接戦では有利に立てますが、奴らは我らよりも魔法の威力に優れます。中々近接戦に持ち込めませんので攻めあぐねております。しかし奴らも、身体能力は我らに及ばず、数も少ないため、こちらに侵攻しきれない……といった状況で御座います」
やればできるではないか、と王は騎士団長をギロッと睨んだが、すぐに視線を落として溜め息を吐いた。
「今までと同じか。やはり、マヤ殿の説得に失敗したのが痛いな……」
王がそう言うと、騎士団長は身体を縮こませた。
最凶の召喚者、ケンタ=マヤの説得に失敗した原因が、己の部下がケンタに対して横柄な態度を取り、ケンタの不興を買ったからだと報告されたからだ。
その部下は貴族の子弟だったが、あまりにも大きな失敗に団長は怒り、その部下の騎士の地位を剝奪して一般兵にまで降格させた。
一から鍛え直せ、ということである。
しかし、王は忌々し気に口を開いた。
「確か、その男は降格処分にしたんだったな。この大きすぎる失敗を鑑みれば処刑でもいい気がしてきたぞ」
「そ、それは! あ奴は伯爵家の人間にて! 処刑すれば伯爵家の反感を買いまする!」
「いっそのこと、そんな教育を施した伯爵家もろとも潰したほうが国のためになるのではないか?」
「そ、それは……しかし、そのようなことをすれば、国内に別の火種を抱えることになりますぞ」
「分かっておるわ。はぁ、ヴィクトリアは奴の説得は無理だと匙を投げおったし、全くもって忌々しい」
自分たちが苦戦している魔族たちの王を討ったケンタ。
その力があれば、たかが魔族の兵など簡単に蹴散らせるとワイマール王は目論んだ。
今、ケンタは世界中から指名手配をされている。
その指名手配をワイマールは解くと言えば、簡単に説得できると考えていた。
ところが、その目論見は馬鹿な騎士の愚行によって潰えた。
その元騎士を処刑して、その実家である伯爵家を潰しても怒りは収まりそうにない。
しかし、そんなことをすれば国内の貴族たちからの反発を買うことも分かっている。
なにもかも上手くいかない現状に、ワイマール王のイライラは日に日に増していった。
「ケンタの救援があると期待しているからこんな不甲斐ないことになるのだ。奴の救援が望めない以上、そのつもりで戦略を立て直せ。以上だ」
「はっ! 失礼致します!」
団長はそう言うと、足早に部屋を出て行った。
「まったく、情けないことよ。それにしても、あの召喚者は当てが外れたな。もう少し役に立つかと思っておったのに」
王はそう言うと、一人溜め息を吐くのであった。
一方その頃、王城の別の部屋では、第一王女ヴィクトリアが妹である第二王女の訪問を受けていた。
「お姉様。例の召喚者の説得に失敗したのですって?」
「……そんなことを態々言いに来るなど、暇なのですか? ウィンプル」
姉を嘲るつもりでやってきた第二王女ウィンプルは、痛烈な皮肉で返され一瞬顔を引き攣らせたが、すぐに取り繕ってヴィクトリアに話しかけた。
「いいえ? とても忙しいですわ。なにせこれから、お姉様が失敗なさった召喚者の説得に赴く準備をしていますので」
姉が失敗したことを自分が成功させる。
そうすれば、次期女王として最有力視されている姉を出し抜き、自分が女王になれるかもしれない。
そんな甘い期待に胸を膨らませているウィンプルは、自信満々の顔でヴィクトリアに告げた。
その言葉を受けたヴィクトリアは、一瞬驚愕の表情をしたが、すぐに苦い顔になった。
「お止めなさい。マヤ殿は一切協力はしないと言った。確かに、例の騎士の態度に気分を害された様子でしたが、それだけが理由ではないのです」
ヴィクトリアがそう言うが、ウィンプルにはそれが姉の言い訳にしか聞こえなかった。
「ふふ。そんなことを言って。要は彼にメリットを提示できなかっただけでしょう? 私なら、彼にメリットを提示してあげられるわ」
「……メリット?」
確かに、ヴィクトリアは指名手配の解除というメリットを提示する前に断られてしまったため、ケンタにただお願いをしに行っただけになってしまった。
王女である自分の言葉を聞けば、庶民は感動に打ち震え必ず従うものだという考えがあったことも事実。
なにもメリットらしいメリットを提示していなかったことに気付いた。
「ええ。聞けばその召喚者、随分と若い男性だそうですわね?」
「確か……召喚されたときが十七で、それから三年ほど経っているので、今二十歳だな」
「ふふ。二十歳の男性なんて性欲の塊。そんな方が人目を忍んでの逃亡生活など、性欲を持て余しているに決まっております」
その指摘に、ヴィクトリアは目を見開いた。
「あ、貴女まさか! 駄目だぞ! 貴女は王女なので……」
「自分の身体を使う訳がありませんわよっ!! そういうご商売の方にお声をかけさせて頂いたのですわ!」
姉からとんでもない勘違いをされたウィンプルは、顔を真っ赤にしながら姉の勘違いを正した。
「あ、ああ。そうだったか」
その言葉にホッとしつつ、自分では考え付かなかったその方法に、ヴィクトリアは唇を噛んだ。
その様子を見たウィンプルは、ニヤッと口角を上げた。
「お姉様の失敗の尻ぬぐいは私がして差し上げますわ。お姉様はどうぞ、この王城にて吉報をお待ちくださいませ」
ウィンプルはそう言うと「ほほほ」と笑いながらヴィクトリアの部屋を出て行った。
その後ろ姿を忌々しく睨みながら、先日会ったケンタのことを思い出していた。
ケンタの表情や言葉には、強い憎しみが込められていた。
あれは……。
「……マヤ殿は、自分を浚って使い捨てにしようとしたこの世界を憎んでいる。リンドアの罪は重いな」
そもそもケンタは、リンドア王国が召喚し、嘘を吐いて戦わせ、戦果をあげれば与えたのは褒章ではなく用済みの処刑だ。
ケンタがこの世界に憎しみを抱いた理由は全てリンドアが原因だ。
世間的には、リンドアは被害者の国になっているが、各王家は真相を知っている。
今リンドアは、残った王家から新しい王を擁立し再建を図っているが、このことが原因で各国から総スカンを喰らっており、国際社会から孤立している。
国として瓦解するのも時間の問題だ。
「それにしても色仕掛け、か。そんなこと思いつきもしなかったが……もしかしたら上手くいくかもしれないな」
いくらこの世界を憎んでいると言っても、二十歳の健康な男性だ。
女性を宛がわれたら意外と簡単に篭絡されるかもしれない。
「しかし、それが逆にマヤ殿の逆鱗に触れたりしないだろうか?」
そういう危惧もあるが、自分は既に一度失敗した身。
もっと慎重にとウィンプルを止めても、上手くいきそうな自分の策に嫉妬して止めようとしていると言われてしまうのがオチだ。
「はぁ……マヤ殿の怒りの矛先がこちらに向かないことを祈るしかないな」
ヴィクトリアは窓越しに、まるで自分の心のように曇った空を見ながらそう呟いた。
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