第3話 友人枠

「知ってるかケンタ。今、ワイマール王国が魔族に襲われて大変なんだそうだ」

「へえ、そう」


 俺は、アイバーンが持ってきた調味料やフルーツ、日用品などの物資を確認しながら、アイバーンの話に適当に相槌を打っていた。


「なんだよ、相変わらず世俗のことに興味ないのな」

「全くねえな……うん、ありがとなアイバーン、いつも助かるわ」

「良いってことよ。それより、やっぱ報酬貰い過ぎだわ。お前から貰ったもの、この物資の十倍くらい価値があるんだぞ?」


 アイバーンは相変わらずクソ真面目な奴だ。

 

 この家では、肉はそこらの魔獣を狩れば手に入るし、野菜は家の畑で育てているけど、調味料は作れないしフルーツは育てるのが難しいので栽培していない。


 他にも服や細々した日用品などを、アイバーンに定期的に持ってきてもらっている。


 その際に、魔獣を狩った際に出る角や牙、皮などの素材をアイバーンに料金替わりに渡しているのだが、その素材の代金と仕入れてくる物資の金額が釣り合わないと毎回言われる。


「別にいいさ。素材なんて肉を得るために魔獣を狩ればいくらでも手に入るんだから。俺たちはあまり人目のあるところには行けないから、それは手間賃として取っておいてくれ」


 俺がそう言うと、アイバーンは小さく溜め息を吐いた。


「今はそれでいいんだろうけどな、これからはそうも言ってられないだろ?」


 アイバーンはそう言うと、部屋の一角に視線を向けた。


 そこでは、アイバーンの恋人であるユリアが、メイリーンのお腹に手を当ててキャッキャしている姿があった。


「ねえ、まだ動かないの?」

「いくらなんでも早すぎますわ。もう何ヶ月か経って、お腹が大きくなれば動き出しますよ」

「そっかあ」


 そんな二人を見たアイバーンは、また俺の方を見た。


「それにしても、世界最強の力を持った異世界人と魔族の元女王の子供か……世間が知ったら荒れそうな話題だな」


 そう言うアイバーンの顔は、純粋に俺たちを心配しているように見えた。


「気を付けろよ? 人族側に知られたら魔族を殲滅するための戦力にされかねないし、魔族側に知られたら次の王に担ぎ上げられるかもしれん」


 確かに、世間に知られたらそうなるかもな。


 しかし、俺がそんなことにはさせない。


「もしそんなことを企んできやがったら、二度と俺に手出しができないように徹底的に潰してやる。人族も、魔族も」


 俺がそう言うと、アイバーンは苦笑した。


「相変わらず過激だな……」

「そうか? この世界の、人族も魔族も含めた人間を滅ぼしてないだけ十分理性的だと思うぞ?」


 俺がそう言うと、アイバーンは顔を引き攣らせた。


 この世界では、人族と魔族は同じ人間にカテゴライズされている。


 人族は身体能力に長け、魔族は魔法に長ける。


 種族通してあまり外見に差がない人族に対して、魔族は色々な外見的特徴がある。


 メイリーンは耳が尖っているのが特徴だ。


 褐色と銀髪は、この世界では割といる。


 ちなみに、エルフという種族は存在しない。


 他には、身体の極端に大きい人や、極端に小さい人もいるし、角や牙が生えている人もいるし、中には羽が生えているひともいて、そういった人たちは全て魔族に分類される。


 なんでそんな外見的特徴が現れるのかというと、体内に保有する魔力が大きいから身体に変化を及ぼすんだそうだ。


 つまり、魔族とは魔力の保有量が多い人間に他ならない。


 なのになぜこんな分類がされているのかというと、何百年か前のある国の王が原因らしい。


 その王は人族で、自分と同じ人族でないと人間ではないと人族以外の人間を差別し迫害し始めた。


 人族のもう一つの特徴として、身体能力が高いからなのか繁殖力が高いというのも上げられる。


 数の上では、人族の方が圧倒的に多かった。


 それ故、最初はその一国から始まった迫害は、やがて世界中に広がり、人族以外の人間を迫害し始めた。


 最初は迫害されるだけだった人たちは、やがて世界中から集結し、魔法に長けた人間族として『魔族』を名乗り始め、魔族の国を作り上げた。


 ここで、人族と魔族は決定的に分かれた。


 それ以降、人族と魔族はずっと交戦状態にある。


 そして俺は、人族と魔族、どちらも等しく信用していないし嫌悪している。


「お前がその気にならなくて本当に良かったよ。もしその気になっていたら、お前がこの世界を滅ぼす破壊神になっていたかもしれん」

「いくらやさぐれていても、そんなことするか」


 コイツは、俺のことをなんだと思っているのだろうか?


 俺がやさぐれている自覚はあるけど、脅迫的に命令してきたり、命を狙ってきたりしない限り、俺は誰も殺したりしていないというのに。


「なあ……」

「ん?」

「……もしその気になったら……お前は俺のことも殺すか?」


 アイバーンが、突然とんでもないことを聞いてきた。


 俺が、アイバーンを、殺す。


「お前が敵対してきたらな。躊躇なく殺す」

「……敵対しなければ?」

「一応、お前は俺の友人枠らしいからな。なんもしねえよ」


 俺がそう言うと、アイバーンは「フッ」と笑った。


 コイツ、割とイケメンだから、そういう仕草が似合ってムカつくんだよな。


「そうか、友人、か」

「違うならいいぞ。今日からお前は行商人だ」

「ちょっ! 行商人ってなんだよ!? 友人! 友人だから!」

「そうか」


 俺は別に行商人でも顔見知りでもいいんだけどな。


 メイリーンが、アイバーンとユリアは友人だと言うから友人枠なだけで。


「まあ、そう思ってくれていて嬉しいよ。なにせ、最初はケンタのことを誤解して討ち取りに来たからな」

「あ、そうだった。やっぱ、お前、敵か」

「今は違えだろうが! いつも物資を持ってきてやってるし、今度はメイリーンさん用のマタニティ服も買ってきてやるって言ってるだろ!!」

「そうだった。やっぱ行商人か」

「そこは友人のままにしといて下さい!」


 アイバーンがそこそこ大きな声を出すものだから、途中からメイリーンとユリアの二人も俺たちのやり取りを見ていたらしい。


 アイバーンが頭を下げたところで二人から笑い声が聞こえてきた。


「ふふふ。もうケンタ。アイバーンさんを揶揄っては駄目ですよ?」

「そうだな。スマン、アイバーン」

「あはははっ! あの『最凶の召喚者』ケンタ=マヤが尻に敷かれてる!」


 ユリアはそう言って腹を抱えて笑っている。


 ちなみに『最凶の召喚者』といのは、賞金首になった俺の通り名だ。


 ダサいことこの上ない。


 しかし『最強』ではなく『最凶』にしたのは、あまり俺が強いことを知られたくないかららしい。


 俺は、善良なリンドア王家の人間を惨殺した極悪人で、頑張れば討ち取れると思わせたいんだそうだ。


 誘拐犯で裏切り者の極悪人はアイツらなんだけどなあ。


 ちなみに、魔族の国では、俺は王を討った仇らしい。


 つまり俺は、人族、魔族、どっちの国からも嫌われているのだ。


 まあ、別にこの世界の人間にどう思われてもいいけどな。


「いやいや、尻に敷かれているんじゃなくて、メイリーンの言うことだから従ってるんだ」

「あはは! だから、それを尻に敷かれてるって言うんじゃん!」


 ユリアを説得しようとしたのだが、いつまで経っても笑いの衝動は収まらなかった。


 なにがそんなにツボッたんだ?


「やれやれ、そんなに魔族の元女王を溺愛しているとなると、ワイマール王国が救援を要請してきても受けそうにないな、こりゃ」

「うん? それならもう断ったぞ?」

「……は?」


 そういえば、コイツらにはまだ言ってなかったな。


「こないだワイマールの王女サマがここに来てな。力を貸せとか言うからお断りしといた」


 俺がそう言うと、アイバーンは額に手を当てて深い溜め息を吐いた。


「もう断ってやがった……ってことは、魔族の支援要請は受けるのか?」

「そんなもん受ける訳ねえだろ。魔族は俺のことを仇だと思ってるし、メイリーンを追放して亡き者にしようとした奴らだぞ? 本当なら、今すぐにでも焼き払いに行きたいわ」


 アイツらには腸が煮えくり返ってしょうがない。


 本来なら魔族の国ごと焼き払ってやりたいけど、あの国はメイリーンが必死になって守ろうとした国。


 メイリーンに反旗を翻した奴ら以外は手に掛けて欲しくないと懇願されたのだ。


 まあ、反旗を翻した奴らは容赦しなくていいとも言われたけどな。


「ということは、お前はどちらの陣営にも付かず、傍観を決め込むと」

「そうだな。勝手にやり合ってほしいわ」


 人族と魔族の諍いなんか、心底どうでもいい。


 勝手に殺し合ってくれ。


「……しかし、王族を追い返したのか……なにもしてこないといいけど」


 おい、そんなフラグめいたことを言うのを止めろ。


 そんなこと言って、面倒ごとが来たらどうするんだよ?


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