第2話 唯一の存在
俺の叫びを聞いた王女サマは、しばらく呆然としたあと、ガックリと肩を落とした。
「……わかった……騒がせて悪かった、謝罪する」
王女サマはそう言うと、ここに来て初めて頭を下げた。
「で、でん……」
「うるさい。これ以上口を開くな」
さっきの煩い騎士が王女サマに声をかけようとしたら、今まで発しなかった低い声で騎士の声を遮った。
あー、あれは相当怒ってるね。
多分、王女サマは、あの騎士が高圧的な態度を取らなかったら、もう少し交渉できたのに、とか思ってんだろうな。
どっちにしても断ってたけど。
「それでは、私たちはこれで失礼する。邪魔をしたな」
王女サマはそう言うと、一行を引き連れて俺の家から帰って行った。
その際、周りにいた人間たちは王女サマを気遣わし気に見たあと、恨めし気に俺を睨んできた。
やれやれ、あれだけ話しても理解しないか。
あの態度を見て、ますます願いなど聞いてやるつもりが失せた。
とっとと滅ぶなりなんなりしろと、内心で悪態を吐きながら家に入ると、パタパタというスリッパの音が聞こえてきた。
「ケンタ、なにがあったの? いつもと様子が違ったみたいだけど?」
心配そうな顔をしながら現れたのは、褐色の肌とロングの銀髪に少し尖った耳をした美女。
そんな美女が、豊満な身体にエプロンを纏った姿で俺に抱きついてきた。
「ああ、心配いらないよメイリーン。なんか人族の国が、魔族がまた暴れてるから力を貸して欲しいって言ってきただけだから」
俺が美女……メイリーンを抱きしめ返しながらそう言うと、メイリーンは悲しそうな顔になった。
「私が皆を導くことができなかったから……私のせいだわ」
後悔の念を滲ませながらそう言うメイリーンに、それは違うと俺は言葉をかけた。
「メイリーンを次代の女王として認めず、裏切ったのはアイツらだ。むしろ、こんな混乱をもたらしたのは、俺がメイリーンの親父さんを討ち取ってしまったから……」
そう、メイリーンは俺が討ち取った魔族の王の娘。
つまり、俺は親の仇なのだ。
だが、メイリーンはフルフルと首を横に振る。
「そもそも、父が人族の国を全て支配するなんて野望を持ったことが間違いなんです。それこそ、自業自得です」
そう言うメイリーンの目には、ハッキリと嫌悪が浮かんでいた。
メイリーンは、今までの小競り合いではなく、本格的に人族を支配しようと人族の国へと侵攻し始めた父王に、侵攻を止めるように訴えていた。
しかし、一向に聞く耳を持たない父王を見限り、父王を排除しようとしたことを嗅ぎ取られ、父王から命を狙われるようになってしまった。
偶然俺がメイリーンを助けなかったら、間違いなく殺されてた。
助けたときは、自分を殺そうとした父王に強い憎しみを抱いていた。
絶対に許せないって、このままだと魔族の国はダメになるって言って、討伐の手伝いまでしてくれたのだ。
だが、父王を討ち取ったあと、強い者が正義という風潮のある魔族において戦闘能力があまり高くなかったメイリーンは必死に魔族の国を新女王として立て直そうとしたが、生き残った臣下たちから次代の女王として認められずその座を追われ、今度は逃亡生活を余儀なくされた。
丁度そのころ、俺も世界中から指名手配されて当てもなく彷徨っていたときで、田舎の村で逃亡生活を強いられていたメイリーンと偶然再会した。
あまりにも劇的に再開した似た境遇の俺たちは、二人の出会いに運命的なものを感じ、お互いの存在に依存し合い、あっという間に男女の仲になった。
それから二人で安住の地を探し、ようやくこの地に居を構えたのだ。
「それでケンタ、その人族の申し出は受けるのですか?」
「いや、即答で断った。なんで俺がこの世界の奴を助けてやらなくちゃいけないんだ」
俺が不機嫌にそう言うと、メイリーンは苦笑して俺の頬を撫でた。
「ケンタがこの世界のことを嫌うのは分かります。でも、この世界の全てが嫌いなわけではないでしょう?」
メイリーンは、首を傾げながらそう訊ねてきた。
まるで「私は?」と問われているようだ。
そんな表情をされてしまっては、俺に勝ち目はない。
「そうだな。メイリーンはこの世界の特別だ。愛してる」
そう言って口付けると、メリアは照れた表情を浮かべつつ嬉しそうに笑った。
「私だけ? アイバーンさんやユリアさんは?」
「アイツらはただの物資調達係」
「まあ」
メイリーンはそう言ってクスクスと笑った。
ちなみに、アイバーンとユリアというのは、賞金首である俺を大罪人だと信じて討伐にきた探索者。
珍しく下種な輩ではなく、正義の鉄槌を振り下ろしに来た人間だったので、打ち負かして俺の身の上を聞かせたら同情してきた奴だ。
正直言って俺はこの世界が嫌いだが、それは主に為政者たちのせいだ。
一般人まで憎悪の対象じゃない。
今の俺の世界は、愛しいメイリーンと、まあ友人枠に入れてやらん事もないアイバーンとユリア。
これだけで完結している。
他になにも必要ない。
そう思っていたのだが……。
「……う」
突然メイリーンが、口を押さえて炊事場に駆けて行った。
この家の炊事場は、俺が魔法を駆使して元の世界の水道や調理器具を再現しており、メイリーンから大好評を得ているもの。
その流しに駆け寄り、メイリーンは嘔吐した。
「だ、大丈夫かメイリーン!!」
突然のメイリーンの体調不良に、俺は慌てて駆け寄り、治癒魔法をかけようとしたのだが……。
「ま、待って……」
メイリーンに手で制され、魔法を使わせて貰えなかった。
「で、でも……」
苦しんでいるメイリーンの姿は見たくないので、なんとか治癒魔法を使おうとしたのだが、メイリーンから別のことを依頼された。
「お願い、治癒魔法じゃなくて、探知魔法を使ってくれない?」
「探知魔法?」
「そう、今の私じゃ上手く使えなくて……」
「わ、分かった。でも、メイリーンの身体に?」
「ええ」
突然の申し出に、俺は困惑しつつも、メイリーンに探知魔法を使った。
すると……。
「……え?」
探知魔法には、メイリーンの魔力と、小さい、とても小さい魔力がもう一つ。
「え? こ、これって……?」
俺は、メイリーンのお腹から発せられる、小さな小さな魔力を呆然と見つめた。
すると、俺の様子を見たメイリーンが、微笑んだ。
「ああ、やっぱり。そうじゃないかと思った」
「メ、メイリーン……こ、これって……」
俺が震える声でそう訊ねると、メイリーンはとても美しく微笑んだ。
「授かったみたい」
そう言って、メイリーンは自分のお腹を撫でた。
「私たちの赤ちゃん」
その言葉を聞いた瞬間、俺はメイリーンを抱きしめた。
前言撤回。
俺の世界は、メイリーンと、数人の友人と、この子で完結している。
例えこの子が、この世界の誰よりも大きな力を持つ異世界人と、魔族の国の元女王の子という、この世界の火種であったとしても。
この世界での、数少ない愛しい存在であることに、変わりはない。
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