やさぐれ召喚者は動かない

吉岡剛

第1話 部外者

「誰か! 誰かいないか!?」


 家の外から、家の中に向かって叫ぶ声が聞こえてきた。


 今俺がいる場所は、人里から遠く離れた森の奥。


 こんなところに来るのは、一握りの友人と、ある目的を持った奴らくらいのもの。


 声に聞き覚えがないので、後者だと思い俺は作業の手を止めて玄関に向かった。


「はいはい、ちょっと待って……」


 玄関を開けようと扉のノブに手を伸ばしたところで、俺は動きを止めた。


 今、家の外にいるのは十数人の人間。


 ある目的でここを訪れる者なら、こんな大人数でやってこないし、問答無用で家を攻撃してくる。


 ということは、そのある目的のために訪れた人間じゃない。


 一体なんなのか? と疑問が生まれるが、訪問者はその間も大声で呼びかけてくる。


 いい加減ウザくなった俺は、煩く喚く訪問者たちを注意することにした。


「うるっせえぞっ!! こっちの迷惑を考えられねえのかっ!? なんなんだ、テメエらはっ!!」


 言葉と一緒に魔力の威圧も込めて訪問者たちにぶつけてやると、彼らは揃って腰を抜かした。


 腰を抜かしている奴らを見てみると、ご立派な揃いの鎧を着込んだ男が数人と、普通の鎧を着た男が数人。


 それと、なぜかヒラヒラのレースが付いた鎧を着ている、身分が高そうな女が一人いた。


「あ? なんだテメエら?」


 あまりにも意味不明な一行に向かって俺が誰何すると、ご立派な鎧を着込んだ男たちが勢いよく立ち上がった。


「貴様! 誰に向かってそのような口を利いている!?」

「はあ? 知らねえよ。誰だよお前」


 初対面なのに知る訳ねえだろ。


 馬鹿なのか? コイツは。


 俺は至極真っ当なことを言ったというのに、ご立派な鎧を着込んだ……面倒臭いから騎士と呼ぶが、騎士の表情が怒りに満ちた。


「な、なんたる無礼な……」

「お待ちなさい」


 騎士がなにかを言おうとしたとき、それをヒラヒラレース鎧の女が遮った。


 俺に対して無礼だとか叫んでるってことは、この騎士はそこそこ地位のある奴なんだろう。


 そいつの言葉を遮れるってことは、この女はそれ以上の地位にあるってことか。


 はぁ……面倒な予感しかしねえな。


「部下が失礼した。私はワイマール王国第一王女のヴィクトリアという。貴方は、ケンタ=マヤ殿で間違いないか?」


 ヴィクトリアと名乗った女は、腰まで伸びた綺麗な金髪と、染み一つない真っ白な肌をしている、見た目は大変素晴らしい美女だった。


 見た目はな。


 それにしても王女サマかよ、ますます面倒臭えな。


「……ああ。そうだ」


 誰何されたので答えたら、さっき王女に止められた騎士がいきり立った。


「貴様あっ!! 殿下に向かってなんという口の利き方だ!!」

「……」


 騎士の態度で、コイツらがどういう立ち位置でここに来ているのか分かった。


 本当に、この世界は碌なもんじゃない。


「やめなさい! 申し訳ない! 気を悪くしないでもらいたい!」


 王女サマがそう言ってくるけど、あんな態度取られて気を悪くしないわけないだろ。


 なに言ってんだコイツ。


「……で? なんの用だ?」


 しっかり気を悪くしたもんで、不機嫌な態度のままそう訊ねてやったら、また騎士がなにか言おうとして、他の騎士に取り押さえられてた。


 本当に頭悪いなアイツ。学習能力ないのかね?


 俺が冷ややかな目でその騎士を見ていることに気付いたのか、王女サマが取り繕うように用向きを話し出した。


「じ、実は、マヤ殿にお力をお貸し頂きたいのだ!」

「力?」

「あ、ああ。実は、そなたが魔族の王を討ち取ったあと、魔族たちの国は瓦解するかと思われたのだが……新たな王を擁立し、再び人族の街や村を襲い始めたのだ」

「へぇ」


 興味が湧かなかったので適当に返事をすると、王女サマが怯んだのが分かった。


 まさか、自分の話を適当に流されるとは思っていなかったんだろうな。


「わ、我らもその対処に当たってはいるのだが……なにしろ魔族は我ら人族よりも魔法の面では強い。既に少なくない被害が出てしまっている。そこで、かつてその魔族たちの王を討ち取ったそなたの力を貸して欲しいのだ!」


 王女サマはそう言うと、力の籠った目で俺を見つめてきた。


 その表情はとても真剣なものだったのだが……。


「断る」


 俺が王女サマのお願いを断ると、王女サマはポカンとした顔になった。


 まさか、王女である自分の願いが断られることなんて思いもしなかったんだろう。


 けど俺は、例え王女サマだろうが王様だろうが、この世界の為政者の願いなんて聞いてやるつもりはサラサラなかった。


「ど、どうして……」


 王女サマの的外れというか、無知というか、無神経な呟きに思わずイラついてしまった。


「どうして? それこそ、どうして俺が『この世界の人族』のために力を貸すとか思えるんだよ?」

「……」


 俺の質問返しに、王女サマは黙り込む。


 王女サマにとって自分の命令は絶対で、覆されることがないものだからだろう。


 そのことが更に俺をイラつかせる。


「異世界から俺を誘拐同然に召喚して、嘘を吐いて魔族との戦争に駆り出して、魔族の王を討ち取って帰ったら、待っていたのは元の世界への帰還じゃなくて反逆者としての処刑だぜ? そんなクソみたいな世界のために、なんで俺が力を貸すんだよ?」


 俺がそう言うと、王女サマは必死になって言い訳を始めた。


「あ、あれは! 我がワイマール王国ではなく、リンドア王国のしでかしたことで……」

「俺が処刑から逃れるためにリンドアの王都を半壊させたら、世界中に賞金首として指名手配されたぞ? ワイマールにもだ」

「そ、それは……」


 俺の言葉に、王女サマはいよいよ言葉がなくなったようだ。


 そもそも、俺がこんな人が来ない森の奥に隠居しているのは、俺が処刑から逃れる際に俺を召喚したリンドア王家の大多数を巻き込んで王都を半壊させた結果、世界中から賞金首として指名手配されているから。


 お陰でこの世界のどこにいても終われる立場となり、こんな森の奥で隠居することになってしまった。


 しかしこの場所も公然の秘密になっているようで、時々俺に掛けられた賞金目当ての賞金稼ぎが俺に挑んでくる。


 さっき言っていたある目的ってやつだ。


 大概は俺が大罪人だと信じ込み、高額な賞金に目が眩んで俺に挑んでくるのだが、そういう奴は一方的に力の差を見せつけてやると二度と絡んでこなくなる。


 まぁ、中には賞金目当てではなく真剣に世の中のために大罪人たる俺を討ち取ろうとした奴もいた。


 そいつは打ち負かしたあと、俺が受けた仕打ちを話すと涙を流して同情された。


 ちなみに、今でも交流がある。


 この自給自足の隠居生活で足りないものとか融通してもらったりな。


「思い当たる節があるようだな。だったら、とっとと帰ってくれ。迷惑だ」

「あ、いや……」


 さっさと帰るように促したのだが、王女サマはまだ往生際悪くなにか言葉をかけてこようとしている。


 これ以上なにを言っても無駄なのに。


 そう思っていると、とうとう我慢の限界にきたのか、件の騎士が吠えた。


「ヴィクトリア殿下に対してなんたる無礼!! 貴様のような下賤な人間が殿下の御要望を断れると思っているのか!?」

「ちょ、ちょっと……」


 王女サマがその騎士を抑えようとするが、勢いに乗った騎士は止まらない。


「それとも貴様! 魔族を討伐されては困ることでもあるのか!? ははぁ、分かったぞ。貴様はリンドア王国に対して恨みがある。その恨みを晴らすために貴様が魔族を扇動したのだな!?」

「……」


 あまりにも自信満々にとんでもない理論を展開する騎士に、俺は呆れてものが言えなくなった。


 どうやったらそんな結果になるんだ?


「事実だから反論できないのだろう!?」


 俺はこの頭の悪い騎士の物言いに、深い溜め息を吐いた。


「はぁ……お前、忘れてるんじゃないのか?」

「何をだ!!」

「その魔族の王を討ち取ったのは、俺だぞ?」

「それがどうした!!」

「……魔族にとって、俺はどういう存在だ?」

「そんなもの! 王を討ち取った、かた、き……」


 俺の質問に答えることで、ようやく真理に辿り着いたのか、騎士の言葉が段々小さくなっていった。


 っていうか、こんなものを真理だなんて言いたくねえわ。


 なんで思いつかないんだよ?


「そんな魔族にとって仇である俺が、どうやって魔族を扇動できるんだ? 教えてくれよ」

「そ、それは……」


 急にモゴモゴ言い出した騎士を放っておいて、俺は王女サマに向き直った。


「そもそも、こんな人を従わせるのが当然だと思っている奴を同行者に選んでいる時点で、お前たちがどういうスタンスでここに来ているか分かる。お願いとか言ってるけど、自分の要望は聞いて貰えて当然。もし渋ったら無理にでも従わせるつもりだったんだろ?」

「そ、そんなことは!」

「あんな奴がいる時点で説得力ねえよ」


 俺がそう吐き捨てると、王女サマはさっきの騎士をギロリと睨んだ。


 睨まれた騎士は、驚愕の表情をしたあと、絶望の表情に変わった。


 ざまぁ。


「そういう訳で、とっとと帰れ。目障りだ」


 俺はそれだけ言うと、踵を返して家に戻ろうとした。


「ま、待って下さい! それでは私たちは……」

「うるせえっ! とっとと帰れっ!!」


 あまりにもしつこいので、ちょっと強めに魔力を放出しながら王女サマ一行を威圧した。


 王女サマたちは、全員顔を蒼ざめさせて微動だにできなくなった。


 嫌な過去を穿ほじくり返された俺は、硬直して動けない王女サマたちに向かって思いの丈をぶつけてしまった。


「テメエらのことはテメエらでなんとかしろよっ!! なんともならなかったら諦めて滅びろよっ!! なんで俺がなんとかしてやらなくちゃいけないんだよっ! 俺は! 俺は!!」


 俺は。


「俺はこの世界の部外者なんだぞ!?」


 本来この世界にはいない存在。


 部外者なのに。


 なんで俺がなんとかすると思ってんだよ。


 ふざけんじゃねえ。

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