第13話 黒狼 セルス
『貴様……いや、貴方様はもしかして……』
俺が側に座り込むと、さっきまで唸っていて警戒心マックスだった黒狼の態度が変わっていることに気がついた。
それに何やら小さな声で信じられないような物を見る表情で、口をパクパクさせている。
「…?まぁいいや、じゃあ話の続きをしようか。俺はまだまだ未熟な状態ではあるが…最低でも怪我を負っている今のお前よりは強い、そんで俺は近くの村に住んでる村人で森に異変を感じたから見に来ただけで、いくら黒狼族が珍しい種族だからってお前をどうこうする気は無い」
『………(クンクン…クンクン……)』
「それにこう見えても俺は面倒くさがりでな、極力面倒ごとは避けたい訳だ。アレも放置できないから殺しただけで…結果的にお前を助けた形になっただけ。お前がバジリスクを圧倒してたらお前の方を攻撃してたかもしれない訳で……………おい、人が真面目な話をしてる最中なんだが?俺の全身くまなく匂いを嗅ぐのはやめてくれねぇか?」
『っ!も、申し訳ございません…!』
黒狼の前に座り、腕を組みながら目をつぶって話しかけていた俺だったのだが…話している最中に俺の周囲をぐるぐると回りながら、クンクンと全身の匂いを嗅いでくる黒狼に我慢ができなくなって指摘すると、何故かさっきまで聞く耳持たずといったスタンスだった黒狼は言葉遣いが大人しくなっていた。
しかも俺の見間違いでなければ尻尾をブンブンと振って嬉しそうにしてたような…?まぁ今は耳と一緒にシュンとなってるけど…見た感じ怪我もマシになって来たのかな?
流石【自己再生】のスキル持ち、俺も持ってるけど便利なんだよなぁ。
「…なんかわかんねぇけど、その感じだと俺に敵意が無いことは伝わったのか?」
『はっ!勿論でございます。…それと一つ確認させて頂きたいことがございますので、質問をさせて頂いても宜しいでしょうか?……私の鼻は間違いないと言っているのですが…念のためです』
「質問?まぁ…俺が答えられる範囲なら?」
『ありがとうございます、まずは謝罪と自己紹介をさせてください。私は獣人族、黒狼種のセルスと申します。先程までの無礼な発言、及び四足状態でのご挨拶となる事をお許しくださいませ…』
セルスと名乗った目の前の黒狼はスッと座り込み、俺に頭を下げて自己紹介と謝罪をする。
それにしても獣人というだけでもこの国では珍しいのに、更に希少な黒狼種だったとは…。まぁただの黒狼でもめちゃくちゃレアなんだけどさ?
「別にいいよ、セルスさんの立場で考えれば今でも俺が怪しいことには変わんねーし…獣人族は確か弱ると獣状態にしかなれないんだったっけか」
『さすが博識ですね、今のお言葉だけで質問をする必要がないに等しくなりましたが…質問をさせて頂きます。貴方様は………勇者シドウ・ユウジ様ではございませんか?』
「…!?」
俺はセルスと名乗った黒狼の獣人の質問にギョッとする。当たり前だが俺が元勇者というのは誰にも言っていない。転生初日にオスカーにこぼしたことはあるが、アレを本気で受け取られている訳はない。
とすると俺がこの身体に転生したことは俺以外に誰も知らないはず…なんで分かったんだ?
「…なんでそう思った?どこからそんな考えが浮かんだんだ?見ての通り俺は英雄譚に語られている勇者の見た目とは大きく違うし、年齢だって合わない。それに勇者はもう5年前に死んでいるし、生きていたとしてもこんな辺境に勇者が一人でいる訳ないじゃないか?」
『そう思ったキッカケは色々ありますが…まず扱われている戦技や魔法の系統が同じで圧倒的な強者であること、それでいて戦い方が私が見たことのある勇者様の戦闘とほとんど一致していること、そして最たる決め手はそのお優しい性格と…安心する匂いです』
「に、匂い!?」
『はい、我ら黒狼種は獣人族の中でも嗅覚の性能が非常に優れておりまして、昔私が幼体から成体に進化する前に勇者様に助けて頂き、抱きしめられた時に感じた安心感のある魂の匂いをずっと記憶しておりました。先程不躾ながら匂いを嗅がせて頂いた時に確信致しました』
…獣人族には鼻が利く種がいるのは知ってたけど、まさか黒狼種のことだったとは…ってか魂の匂いってなんだよ!?
というか助けたって…そういえばあったなぁ、黒狼の子どもを助けた事。あの時の黒狼だったのか…助けた時は手のひらに乗るくらいのサイズだったのに、今じゃ俺の方が背中に乗れるんじゃないかって大きさだわ…。
「そ、それで…?肝心なことが説明できていないぞ?俺は勇者と見た目も年齢も違うし、そもそも勇者が死んだのは知ってるんだろう?だったら勇者が生きている訳ないじゃないか…?」
だがしかし、俺としては極力勇者バレしたくない…絶対ろくなことにならんし、面倒ごとに巻き込まれるのは目に見えてるし。
確かにさっきの戦闘じゃ普通に戦技とか魔法を使っちまったけど…戦技の方は条件さえ満たせば誰でも使える、ウチのパーティーメンバーのレイラも使える訳だし。
魔法の方は…系統は違えど俺より強力な魔法使いが二人もいたから、大して強くないしな!
『そうですね、ですが私は一つの仮説が頭をよぎりまして…それが勇者様は転生されたのではないかと。見た目や年齢、おそらく今現在はお名前も違うかと思いますが…そう考えれば全て繋がるのです。人知れず命を落とされた勇者様が月日を経て、別人に転生された…前例はありませんが、その匂いは間違いなく勇者様のものですので、ありえない話ではないと考えております』
か、勘が鋭すぎないか…?さっきまで話を聞いていなかった奴と本当に同一人物かよ…!?
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