二〇話
深夜の教室。数本の蝋燭で照らされた空間は仄かに明るく、本来ならあるはずの机や椅子がアイアンメイデンや三角木馬などになっていた。
もはや、教室ではなく、アニメや漫画でイメージする拷問部屋に近しい。
中央には椅子があり、全裸のイルドが座らされていた。両手、両足には椅子と合体した手錠がついている。
イルドは俯きながら、ぽつりと呟く。
「だ、だから……私が悪いんだって――んッ⁉」
イルドの全身に電流が流れた。
体がビクッビクッと反応し、何とか抵抗しようとして、手錠が激しく音を鳴らす。
電流が止まり、はぁはぁと辛そうに呼吸をするイルド。そんな彼女を見たイルドは、狂乱じみた笑みを浮かべた。
「今夜は長くなりそうですね、イルドさまっ♡」
ナホは火照っているらしく、頬は赤くて目もとろんとしている。着ている服の胸元を開けており、汗が滴る谷間が覗いている。
ナホは手で胸元を仰ぎながら、
「雰囲気づくりのためにこのような空間にしましたけど、見えづらかったり熱かったりして、色々と面倒ですね」
と、普段と変わらない口調で言う。
「だ、誰か来たらどうするつもりなの」
「誰も来ませんよ。怪人騒ぎがあったときに結界を張っておいたので、気づくことも認識することも、出来ません」
ナホは魔法杖を窓ガラスに投げると、黒い障壁によって弾かれて、ナホの手元に戻ってくる「ほら、この通り」
イルドは奥歯をギリッと噛みしめて、必死に感情を抑えこむ。
そんな彼女の姿を見て、ナホは満足そうに微笑み「それよりも……」
ナホは蔑むようなハイライトの無い瞳で、イルドの瞳を覗く。
「あの男とは一線を越えてませよね? まあ、越えてない以外の返答は認めませんが……」
イルドの額から汗が垂れる。ナホはその汗を舐めとる。
「う~ん、やっぱりイルドさまの体液は美味ですね」
イルドは見悶えながら、ふと、浮かんだ疑念を問う。
「よ、《妖精》はどうしたの……?」
魔法少女になったからには、《妖精》は必ず生成される。というか、魔法杖の説明や怪人の詳細については《妖精》しか知らない。イルドはナホに教えて貰っていた。
ナホは思い返すように、
「性欲を試して数回イかしただけで、光の粒子になったので取り込みましたよ。まあ、ただの道具ですし、気にすることは無いですよ」
魔法杖を指す。
イルドは顔を上げ、目を見開く。
《妖精》は性欲で出来ているため、他の怪人と同様に魔法杖へ取り込むことは出来る。
だが、それは非人道的な行為だ。
イルドからしたら、味方であり家族である《妖精》を、道具扱いされ、あまつさえ魔法杖の養分として吸収したと宣うイヴを、許せなかった。
イルドの射殺すような視線に、ナホは興奮したように見悶える。
「さて、イルドさまの洗脳を解くために素晴らしい物を用意しました」
ナホは懐から小さな瓶を取り出した。
「怪人やわたくしの性欲を限界まで濃縮した、媚薬です」
瓶の中には光輝く液体が入っており、ナホはイルドの鼻の近くで瓶の蓋を開ける。
イルドの表情が歪む。
「かッ――⁉」
絶頂。
全身が息をするだけで快楽を感じ、神経の一つ一つが愛撫されているように錯覚する。意識が真っ白に染め上がり、思考が働かなくなる。
悶え、苦しみ、喘ぎ、そして堕ちる。
匂いを嗅いだだけで、性欲に脳内を支配されたイルド。彼女の口からは涎が垂れ、瞳は虚ろになっている。
ナホは優雅に微笑みながら、
「わたくしが初めて経験したときは即オチでしたのに、ギリギリとはいえ正気を保っているとは、さすがイルドさまです‼」
魔法杖でイルドの胸や腹部を撫でる。ナホが触れるたび、イルドは声が枯れるほど喘ぎ、激しく体を動かす。椅子が倒れ、その衝撃で手錠の拘束が外れるものの、イルドは逃げようとはしなかった。
床に倒れるイルド。
全ての性癖を愛しているとはいえ、ここまでの快楽を味わったのは初めてだった。
「もう、いっかな……」
「次は塗ったり飲んだりして楽しみましょうね、イルドさま♡」
イルドが快楽に身を委ねようとした瞬間、ふと、彼の名が口から零れた。
「天……牙、くん」
「はーい、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン‼」
「うちのことは呼んでくれないの‼」
聞き覚えのある二人の声と共に、突如、教室の蝋燭が消え、窓ガラスが割れる。
そして教室だけでなく学校の敷地全てに張り巡らされていた結界が壊れていく。
イルドが光の粒子に包まれる。
「……やっぱり、前口上はいらなかったんじゃねぇか?」
「全年齢を対象としたら、登場としては百点満点でしょ? 異論は聞かないけどね」
イルドを抱きしめる天牙と、天牙の肩に乗るイヴが現れた。
そんな二人を見て、冷静になったイルドが一言。
「どうして二人とも半裸ケモミミコスプレしてるの?」
×××
時刻は僅かに遡り、天牙の自宅。
「貴様のアレは魔法杖だったんだ。戻されたとはいえ、怪人たちと戦ったときに得た性欲は残っている」
「……つまり、俺が魔法少女になれるってことか?」
「だが、男がヒラヒラのスカートを可愛らしいリボンを着けた魔法少女の恰好で、人前に出てみろ。変質者として即アウトだ」
イヴが天牙の胸とトントンと叩きながら、話を続ける。
「そこでケモミミコスプレ――いや、正確には犬型怪人の性欲を元に肉体を強化する」
「ケモミミコスプレでもアウトじゃね?」
「別に問題ない。重要なのはイメージしやすいかどうかだ」
「……だったら、ナホみてぇな恰好でもいいんじゃねぇの?」
「魔法少女ですらない貴様が、ナホの下位互換のような変身で勝てるわけないだろ?」
ナホいわく、変身した姿によって魔法少女の力や系統は異なるらしい。
イルドが魔法少女そのものの姿だったのは、全ての性癖を愛しているからだそうだ。
「だから、魔法少女かケモミミかってことか?」
「魔法少女かケモミミだとイメージがしやすいし、ナホの下位互換にならずに済む。それ以外だと人外の化物とかになるが……」
「ケモミミでお願いしま……ん? 確か、性癖が重なったらヤベェんじゃなかったのか?」
「イルドちゃんの性癖を全て受け止めたんだ。それくらいは余裕だろう?」
イヴは両手を広げ、言い放つ。
「さあ、チ○コを握りしめて変身するんだ‼」
その言葉に、天牙は股を抑えて一歩退く。
「さすがに人前でやるのは、ちょっと……」
「だったら、うちがやってやろう」
と、しばらくベッドの上で乱闘した末、イヴが後ろを向いて天牙は己のアレを使い、変身したのだ。
×××
天牙の全身から猫のような毛が生えており、頭には猫耳、尻には尻尾を生やした天牙は、パンツ一丁で、変身した経緯を話していた。
なお、イヴが天牙のように獣耳と尻尾を生やしているのは「せっかく派手に登場するのに、統一感が無かったら嫌じゃん」と言った理由だった。
「……というわけなんだが、とりあえずこれでも羽織っとけ」
天牙は懐から毛布を取り出すと、イルドに羽織らせる。
イルドは毛布を受け取ると、顔を真っ赤にして俯いた「あ、ありがとう」
ナホは警棒の形をした魔法杖を振り回す。
「貴様、貴様、貴様‼ また邪魔をするのか‼」
天牙はイルドを立たせて横に置き、一歩前に出る。
「別に邪魔をしたいわけじゃないんだが、拷問される方は性癖とは違うらしいんでね」
「イルドちゃんの性癖を理解したうちが言ってるんだ。文句はナシだぞ、ナホちゃん?」
そんな二人の言葉に、ナホは怒り狂ったように叫ぶ。
「うるさい、うるさい、うるさい‼」
地団太を踏み、教室が激しく揺れる。警棒型の魔法杖を振り回し、近くにある机や椅子を木っ端微塵にし、壁に穴を空ける。
「今の内にさっさと避難しますかね」
天牙はイルドを担ぎ、イヴと共に窓から出る。校舎の壁を蹴り上げて、屋上に行く。
スタッと着地したところで床に穴が開き、天牙は咄嗟に横移動する。
穴からナホが這い出てくる。
「貴様だけは絶対に許さない‼」
憎悪に満ちた表情。誰も逃がさないという威圧。
天牙はイルドを床に優しく下す。
「イヴ、任せたぞ」
「無論だ」
「て、天牙くん、あの……」
イルドの言葉を最後まで聞かず、天牙はナホに向かって走りだした。
ナホが警棒型の魔法杖を振り上げる。
天牙は飛び上がり、両足を突き出す。
「イヴ直伝、ドロップキック――」
「死ね」とナホの魔法杖が振り下ろされ、天牙は後方に吹き飛んだ。
二、三度バウンドし、フェンスにぶつかって止まる。
だいぶ衝撃や痛みが軽減されてるが、めっちゃ痛い……。
天牙は起き上がると、関節を鳴らしながら言う。
「ライダーキックの方が良かったな」
そんな天牙の元に、ナホが飛び掛かってくる。
イルドの猛攻を、天牙は紙一重で躱す。
右に。左に。上に。下に。
振り下ろされた警棒型の魔法杖を顔一つ分の距離で躱し、薙ぎ払おうとしてきた下段の蹴りを飛んで避け、不意打ちで出してきた鞭の魔法杖を白刃取りで受け止める。
目にも止まらぬ攻防。いや、防御だけで精一杯の天牙。
イヴは苛立ちを隠せず、
「ゴキブリみたいに避けるんじゃない‼」
「しょうがねぇだろ‼」
天牙の体が限界を超えて動いており、いつ動けなくなってもおかしくない。天牙はナホの猛攻に耐えながら思った。
いや、勝てるわけねぇ。
天牙がイヴに視線を送ると、イヴはコクリと頷く。
天牙は変身を解除し、人の姿に戻った。
「そんなこと攻撃したって俺を倒せない。やるんだったら、ここを狙いやがれ」
と、パンツを下ろす。
ぶら~ん。
天牙のアレがもろ出しになり、その場の空気が凍る。
皆の視線が天牙のアレに注目するなか、天牙は頬を少し赤らめてナホに言う。
「余談だが俺はイルドを抱いた(嘘)。君の大好きなイルドさまは、すでに俺、俺様のものってことよ! 残念だったな、ヤリマン百合ビッチ‼」
イヴからナホを極限まで煽り散らかすように事前に言われていた天牙。彼は中指を立てながら、
「これが憎いだろ? 全力で来やがれってんだ、ほれほ~れ」
ぶらぶらさせる。
ナホは怒りの頂点に達したらしく、警棒の形をした魔法杖に光の粒子がどんどん集まっていく。
ナホは鬼の形相から一転、絶対零度なみの冷たい笑み浮かべている。
天牙が飛び上がると、ナホもそれと同時に飛び上がる。
ナホが魔法杖を振り下ろす。
杖と杖。二本の棒が交差し、
「ぎやあああッ‼」
天牙のアレが根元からとれて、
「よくやった、天牙‼」
落ちてきた天牙のアレを、イヴがキャッチする。
イヴは何やら呪文のような詠唱のような言葉をブツブツと呟くと、瞬く間に光の粒子が集まってくる。ナホが焦ったようにイヴに近づこうとするが、天牙が後ろから蹴り飛ばし、阻止する。
天牙は涙目になりながら、
「元に戻したばかりだから、色々と緩かったみてぇだなッ‼」
天牙が着地し、股を抑えながら倒れないように踏ん張る。
イヴは光輝く天牙のアレをイルドに投げる。
「イルドちゃんッ‼」
イルドが天牙のアレを受け取ると、光の粒子が消え、如意棒の形をした魔法杖となった。以前と比べて僅かに形や装飾が変わっている。
イルドは思考が働いていないらしく、天牙のアレを呆けたように眺めていた。
天牙が叫ぶ。
「イルドッ‼」
イルドは天牙を一瞥する。
イルドの目が見開き、徐々にいつも通りの笑顔になっていく。
「しょうがないな、天牙くんは……私がリードしてあげないと、イけないもんねっ」
イルドは立ち上がると、魔法杖を構える。
「魔法杖・生成――《独りよがり・慰めるもの・幾たびの夢》――」
イルドの全身に光の粒子が集まっていく。黒と白を基調とした軍服のようなドレス。足元まで伸びたスカート。厚底のブーツ。風にたなびくマント。そして猫耳が生えた帽子。
荒々しい雰囲気を醸し出すその姿に、天牙は問う。
「帽子に猫耳生えてんぞ?」
イルドは帽子に生えた猫耳をピーンと伸ばしながら、
「いや、私だけ仲間外れってのも嫌じゃん」
「もう俺には生えてないんだが」
「……それもそっか」
イルドがグッと腹に力を込めると、猫耳が帽子の中に消えていく。
イルドは深呼吸し、倒れているナホを見据える。
「狸寝入りはいつまでもつかな?」
イルドが魔法杖を構えると、手を中心に六つの魔法杖が生成される。前と比べて少し形や装飾が異なる。テンガやローションなどの形をした魔法杖らは、弾丸のように発射される。
着弾する寸前、ナホは飛び上がって避ける。空中を蹴ってイルドに近づき、魔法杖を振り下ろす。イルドは魔法杖で受ける。
「イルドさまッ‼」「ナホッ‼」
イルドは蹴ってナホから距離をとり、再び魔法杖を撃つ。無限にも及ぶ連射を、ナホは全て受けきり、イルドに迫る。
ナホが突いてきた警棒型の魔法杖を、イルドは如意棒型の魔法杖で受ける。
イルドとナホは同時に蹴りを繰り出し、互いに後方へ吹き飛ぶ。ナホは屋上から落ち、イルドが天牙の前に転がり落ちる。
イルドは即座に起き上がり、苦笑を浮かべる。
「勝てないね」
イルドが全力を尽くしても、ナホとの戦闘は拮抗していた。
それどころか、性欲を全開で使っているイルドの方が分は悪い。
イルドは帽子をとると、髪をかき上げる。
「このままだとジリ貧だし、どうしようかな……」
「どうしようかな、じゃねぇって⁉ このままやられたら、俺がグチャグチャにされちまう」
「……まあ、それはそれで」
「イルドっ⁉」
イルドは天牙の方を振り向き、ふと、何かを思い出したらしく、天牙に問う。
「……天牙くん、あのときのこと覚えてる?」
「あのとき?」
「あれだよ、あれ。触手の怪人のときのやつ」
天牙の脳裏に触手でぬるぬるにされた記憶が過る。
あのときっていえば、触手にしごかれて、盛大にイっちまったときの……ん?
天牙は強張った表情で、イルドに聞き返す。
「まさか、白い光線を使おうとしてんのか?」
「御名答、さっすが天牙くん‼」
イルドは早口で話を続ける。
「だけど、発射するのに時間が必要だね。出来る限り時間は短縮するけど、少しの間だけ二人きりにならないといけない」
「ならば、うちが時間を稼ごう。任せたぞ、二人とも」
イヴが飛翔し、屋上から落ちていったナホの元へ行った。
二人きりの屋上。
「それじゃあ、さっそく始めますか……」
イルドは天牙の腹の上に乗っかった。
「イ、イルド? 君が後ろを向いてくれれば、俺一人で出来るんだけど」
イルドは無言のまま、僅かに頬を赤らめて、魔法杖の棒の部分を優しく握り、上下に動かし始める。イルドの柔らかく繊細な手が、天牙のアレを弄り回す。
天牙は拳を握りしめ、涙目になりながら、必死に耐える。
「あふっ」
だが、僅かに声が漏れてしまった。それを聞いたイルドは目をぎらつかせる。
イルドは艶美に笑い、動かすのを早めた。
屋上に向かって激しい音が段々と近づいていき、
満身創痍でボロボロになったイヴが登場し、続けて狂乱じみたようすのナホが現れる。
「イルドちゃん、今よ‼」
イルドは天牙に顔を近づける。
な、何を――。
接吻。
口の中を舌が絡み合い、互いの唾液が混ざり合う。舌や歯の裏を執拗に攻め、互いの快楽を満たす。
そんな貪りあうような二人の光景を見たイヴとナホ。
「「いやあああああああああああああああ‼」」
絶叫が響き渡り、イルドは天牙から口を離す。二人の間に透明な線が生まれる。
「ぷはっ……あとは任せて」
イルドは口を拭い、くるりと一回転しながら立ち上がる。
屈み、飛び上がる。ナホとイヴの間に入ると、
「イヴ、あの魔法杖出して‼」
「……」
イルドは絶望的な表情を浮かべるイヴから、禁箍児の魔法杖を受け取り、持っていた如意棒型の魔法杖に装着した。
「イルドさま、イルドさま、イルドさま‼」
「じゃあね、ナホ」
イルドは禁箍児の魔法杖をねじる。
すると、我慢の限界を超えた天牙の全身に快楽が走り、
「イっ――」
絶頂。
魔法杖から白い光線が勢いよく発射され、軌道上にいたナホが浴びる。
「ひやあああああああ」
甲高い悲鳴と共に、ナホの変身が解けていく。
溢れ続ける白い光線。全身が痙攣する天牙。
ナホは手を伸ばし、
「いやだ、いやだ、いやだ、こんな終わり方なんて嫌だァ――」
力尽きる。そのまま屋上へと落下すると、持っていた魔法杖を落とす。
警棒型の魔法杖が天牙の元に転がってきた。
イルドはスタッと屋上に着地する。天牙の元へ歩き、
「これにて一件落着っ」
微笑を浮かべ、手を差し伸べる。
天牙はその手を掴み、ゆっくりを起き上がった。
朝日が昇り始め、二人が明るい光で包まれる。
天牙は微笑んだまま、股を押さえて言った。
「俺のアレ、返して……くれ」
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