十九話
天牙は自宅のベッドにいた。
「夢だったのか……?」
と、若干の疑念と淡い期待は、股の間にある物を見て違うと確信する。
天牙はズボンを足元まで下げた。
「よし、シますか」
「ち、ちょっと待って。クソガキ……」
天牙がパンツの間に手を突っ込もうとしたところ、天牙の足元、何もない空間から――、
「どういうつもりだっ」
――イヴが這い出てきた。
「ぎぃやああああああああああ……って、イヴかよ。ビックリさせんなよ」
天牙は反射的にズボンを上げて、イヴから距離をとる。
一週間以上もしてないのに邪魔をしやがって……。
「そんなことしている場合じゃない! イルドちゃんを助けに行かないと‼」
「……俺が行く必要ない」
天牙は胡坐をして、頬杖をつきながら続ける。
「俺のアレはちゃんと戻ってきたし、ナホが魔法少女だったなら、怪人退治に問題はない」
「な、何を言ってんだ? イルドちゃんは魔法少女の力を奪われて、誘拐されたんだぞ‼」
「……だから、俺はアレが戻ってきたんだから、行く必要はないんだって」
天牙はそっぽを向く。
「あと魔法少女については問題じゃない」
「何を言ってんだ⁉」
「ナホはただ二人きりで話したいってだけだろ? それにイルドは、何とかする、って言ってたし……」
俺がイルドに協力していたのは、俺のアレを取り戻すためである。
あのとき、天牙がイルドを抱きしめているナホを引っぺがそうとしたのは、光の粒子を勝手に吸収しているナホの魔法杖を取り上げようとしたからだ。
イルドが魔法少女になれなくなったとしても補助役として、ナホの魔法少女の活動と手助けすればいいだけのこと。立場が入れ替わったとして、壊れる友情でもあるまい。
しかも、百合の間に挟まるのは、些か気が引ける。
と、天牙が長々と心の言い訳をしたところで、
「貴様、それでも漢かッ‼」
イヴに怒鳴られる。
「ナホちゃん、いや、ナホは極度の妄想癖があるド変態だぞ‼ イルドちゃんは嘘をついてないと信じ込んでいる。つまり、ナホはイルドちゃんが洗脳されて嘘をついてるんだ、と思っていたら――」
イヴの口から語られたのは、かつてナホが生み出してしまった怪人の所業。
SMプレイやサディスティックの延長線上の行為だと言えばマシに聞こえるが、傍から聞くと、拷問以外の何ものでもない。
「――このように、イルドちゃんを嬲り痛めつけて、されてもいない洗脳を解こうとするはず。怪人も魔法少女も、軸とする性欲は同じだ」
イヴは頭を掻きむしりながら、自虐するように呟く
「ナホだって、そんな性癖は妄想だけの世界だと理解していたはずだ。だが、あの日、うちが止めていたら……」
「……やっぱりイヴもいたのか」
イヴは無言で俯く。
先日の天牙とイルドのデートを尾行していたナホとイヴ。だが、途中で怪人が出てきたことでナホはイルド達の元へ。ナホは隠れていたが、天牙に気配を気づかれ、慌てて女子トイレに隠れた。すると、追いかけてきた天牙が男子トイレに堂々と入り、男性の嬌声が聞こえてきたことで、ナホは天牙が男であることを知った。
イヴは虚ろな瞳を浮かべて、そしてすぐに感情を堪えるような笑みを浮かべた。
「あのあと、様子がおかしいと思ったんだよ……だけど、聞けなかった」
後悔と自責を含んだ、嗚咽まみれの言葉。
天牙はほぼ無表情で、問う。
「で、何をしたいんだ?」
「うちの都合なのも分かってるし、責任があるのも分かってる。だけど、貴様ならイルドを助けに行ける‼」
と、イヴが土下座した。
「うちだけじゃダメなんだ。妖精だからこそ、魔法少女の力量が分かる。君が……天牙がいればイルドを救いだせるんだッ‼」
唯一の希望に対する懇願。
誠心誠意が籠ったイヴの姿に、ふと、天牙はなぜか初めて怪人に出会ったことを思い出していた。
体が全く動かず、足が鹿のように震えて、呼吸が乱れる。思考が恐怖に支配され、死を直観する。そして、そのような感覚をナホに覚えたことを自覚し、気づく。
ああ、色々とビビってたんだな――俺。
イルドとの怪人退治で慣れたとはいえ、天牙はただの人間である。イルドという存在がいたからこそ、怪人という脅威の感覚が麻痺していた。
超人以上の身体能力を手に入れたとしても、圧倒的な強者、心に残る恐怖には敵わない。
「はぁ、カッコ悪い……」
己を諭す言葉。
恐怖から目を逸らし、満たされぬ欲望に逃げた、己に対する言葉。
無自覚だったからこそ自然に出てきた偽りの言葉は、自覚さえしてしまえば一言も出てこなくなる。
天牙は深~いため息を吐くと、心臓を思い切り叩いた。
「よし、心を入れ替えたぞっと」
天牙はベッドの上で立ち上がると、
「……まだ、イルドとの約束は果たしてないからな。魔法杖を手に入れてから戻してもらう約束だったし、それに……」
イルドはニタニタと笑いながら屈み、土下座しているイヴの頭をつつく。
「俺を嫌ってるイヴが土下座までしてるしな……」
「貴様、いい加減――」
「で、勝てる算段はあるんだよな?」
天牙の真剣な表情。イヴは不敵に笑う。
「――もちろんだ」
イヴは起き上がり、羽を広げる。
天牙は拳を突き出すと、
「さて、一夜限りの最悪パートナーだ。さっさと終わらせようぜ」
イルドの小さな拳が天牙の拳と重なる。イヴはニッコリと笑いながら、
「それでさ……」
天牙の股の間にあるアレに視線を向けて、
「魔法少女のコスプレをして、街中を走る覚悟はある?」
「……ケモミミだったらギリいけるが……それがどうした?」
天牙の問いに、イヴは悪魔のような笑みで返した。
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