一六話
翌日。天牙が目を覚ますと、筋肉痛で体が動かなかった。いくら怪人退治で力が成長しているとはいえ、超人レベルの動きをするのは過剰な負荷がある。
「か、体が動かねぇ……」
ベッドに寝転んで天井と睨めっこをしていると、キッチンの方から良い匂いが香ってきた。天牙が横目で見ると、イルドの姿がある。
「何してんの、イルド?」
「えっ? 朝食を作っているのだけど。胃袋を掴んでこそ一人前の女に慣れると、どこかの偉い人も言っていたからね」
イルドは鼻歌交じりで手を動かし、料理を着々と進めていく。
どういう風の吹き回しだ……?
天牙は悲鳴を上げる肉体に鞭打ちし、ゆっくりと起き上がる。
上半身だけ起こした所で、イルドが御盆を持ってやってきた。
「そのままで大丈夫だよ。連日の怪人退治で体もボロボロだと思うから」
「イルドはピンピンしてんな」
「魔法少女だからね。いつもビンビンだよ」
イルドのドヤ顔をスルーして、天牙はイルドから御盆を受け取る。
御盆の上には鍋が乗っていた。
鍋の中は、どす黒い紫色の液体で満ちており、ぐつぐつと煮立っている。
「せっかくなら食べさせてあげよう。美少女からたあ~んをされるなんて、天牙くんは幸せものなんだから」
イルドは御盆の上に乗っていたスプーンを手に取ると、鍋の中にある液体をすくう。
天牙の表情が強張る。
これは朝食じゃあない。
天牙が断ろうと口を開けた瞬間、
「はい、あ~ん」
イルドにスプーンを入れられる。天牙は反射的に飲み込む。
「どうかしら?」
イルドはスプーンを抜き、期待を込めた眼差しを向けてくる。
「……うめぇ」
最悪な見た目とは裏腹に、味は最高に美味であった。
全身に衝撃が走るような旨味。濃縮された出汁とエキス。癖になる臭いとのどごし。
天牙は鍋を掴み、一気飲みする。空になった鍋を御盆の上に置き、濡れた口元を手で拭う。
「ぷは―っ、かなりうまかった。ありがとうな、イルド」
天牙は感謝の言葉を伝え、
「それで、何を入れたんだ?」
強張った笑顔で尋ねた。
全身の筋肉が痙攣し始めたし、体の内側がものすごく熱い。
イルドの谷間から、イヴが現れる。イヴは苦笑を浮かべながら、キッチンを指す。
「イルドちゃんの好きな物はすでに知っているだろ?」
天牙はキッチンに視線を向けて、イルドが常に保持している精力剤の空瓶を発見する。
イルドは少し照れ臭そうに言う。
「ちゃんと魔法杖を使って、天牙くんが元気になるようにしたもん!」
イルドはキッチンから魔法杖を持ってきた。ペッパーミルのような形をしており、どこからどう見ても調味料にしか見えない。
「料理が出来ない私でも、クックパッドを参考にしたからね。味は完璧だったろ?」
「イルドが見たのはクックバッドじゃなくて、クックバッドだな」
少しずつ体の熱が収まっていき、天牙はベッドに背中をつける。
イルドは天牙の足をちょんっと触り、
「でも、天牙くんの筋肉痛は治ったはずだよ」
くすっと笑う。
天牙が腕を動かしてみると、先ほどまであった痛みは綺麗さっぱり消えていた。
「……魔法杖って何でもアリなんだな」
感心する天牙。
「何でもじゃないね。魔法杖だけじゃ、私の性欲が発散できないもん」
様々な魔法杖を取り出すイルド。
そんな二人を眺めているイヴは真剣そうな面持ちをしていた。
「もしかしてイルドちゃん、コイツに……」
学校での授業を終えた天牙とイルド。二人は帰路についていた。
「今日、天牙くんの家に行っていいかな?」
恥じらいの籠った表情を浮かべているイルド。そんな彼女にイルドは淡々と告げる。
「朝いたじゃん」
玄関の扉だけじゃなくて、部屋の扉も窓も戸締りをしている。だが、イルドは何事も無かったかのように天牙の家に入っている。イルドいわく魔法杖の力らしい。
「このあとイヴは予定あるみたい。ちゃんとした二人きりっていうのは、初めてなんだよ」
天牙が宙に浮いているイヴに問う。
「用事ってなんだ?」
「……怪人の調査だよ。ナホから《亜種》の情報が入ってきたけど、以前のように間違っていたら骨折り損だからな」
「それより、さっさと現場に行って怪人を倒せばいいだろ?」
「この数日。魔法少女としてイルドちゃんは力を使いすぎている。少しは休ませたいの。もし《亜種》だったら、全力で挑まなきゃいけないし」
イヴがため息をつき、天牙をギロリと睨む。
「もし、イルドちゃんに手を出すことがあれば……覚悟はしておけよ、クソガキ?」
「……俺が手を出せるとでも思っているのか?」
イヴがしばらく黙り、フッと嘲笑する。
「無理だな。そんな根性があったらイルドちゃんを襲って、うちらにボコボコされてるだろうし。そもそも童貞だしな」
うるせぇ。
「天牙くん、童貞だもんね」
イルドは人のこと言えねぇだろ。
無言で項垂れる天牙。そんな彼を一瞥したイヴはイルドに投げキッスをしながら、光の粒子となって消えていき、風に吹かれるように宙を飛んでいった。
天牙は顔を上げる。
「あのまま他の怪人に食われたりしねぇかな」
「……天牙くん、イヴみたいに口が悪くなってるよ」
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