一五話


 天牙はショッピングモールを走っていた。道行く先にはテンガの怪人に寄生された人達がいるが、華麗に避けて進んで行く。


 寄生されていない人々は、すでにショッピングモールから逃げているようだ。


 天牙は階段を上り四階に着く。一階から見えるイルドは、怪人相手に優勢に立ち回っていた。魔法杖を一振りするだけで、周囲の怪人が吹っ飛んでいく。


「分体の中に本体が紛れ込んでいる可能性もあるが、それだったらイルドがいつの間にか倒しているだろう……俺がやるべきことなのは本体が隠れていたり逃げていたりする可能性を消すこと」


 それにしたって店の一つ一つを調べていたらキリがねぇな。こうパッと見つけられたら楽なんだが――。


「……すげぇ見られてる気がすんだけど」


 天牙は辺りを見渡すと、視界の端に人影が映った。天牙が近づこうとすると、その人影は逃げていく。ショッピングモールの一直線の道。段々と近づいていくが、角を曲がり、トイレの前で見失った。


 天牙はトイレを見て、ふと、妙な臭いがするのに気づく。


 ……まさかとは思うが、テンガの怪人ってことだし、可能性としてはあるな。


 天牙が男子トイレに入る。一つの個室だけ鍵が閉まっていた。

 天牙が個室の扉を蹴ると、鍵が壊れて扉がスーっと開く。

 

 屈強な体躯をした警備員。その下半身は裸であり、股にはオナホがついていた。

 オナホの本来の使い方をしていた警備員。

 

 天牙は吐きそうになるのを堪えつつ。


「需要がねぇよ。さっさと倒すから、かかってこい」


 手をクイックイッとして煽る。警備員が迫ってくるのと同時に、天牙はその場から駆けだす。テンガの怪人に寄生された警備員が追ってくる。


 怪人を倒し続けて超人以上の身体能力がある天牙は、一定の距離を保ちながら見失わせないように走る。


「さて、イルドの元に急がないと……」



 



 イルドは肩で息をしていた。構えていた如意棒型の魔法杖を杖代わりにし、かろうじて立っていた。


「……ちょっとマズいね」


 イルドの周囲には怪人に寄生された人達が倒れていた。百人は優に超えるほどの人数だったが、それでもイルドを囲んでいる群衆は勢いが変わらない。次々とイルドに襲い掛かっていく。


 その光景を見た天牙。彼の表情が強張る。


「かなりマズいんじゃねぇの……⁉」


 階段を使っていたら間に合わない。


 天牙は壁を蹴り、手すりの上を走りながら、イルドの真上にある渡り廊下まで移動する。その後ろを警備員が追ってくる。


 四階。一〇メートル以上の高さに、天牙は思わず身震いする。恐怖を押し殺し、呼吸を整える。


「命綱無しのバンジージャンプにはクッションがいるよな」


 手すりの上に立つ天牙。彼の背後に迫った警備員が手を伸ばしてくる。振り返った天牙はその手を真正面から掴む。


「あとで手を洗わねぇとっ」


 イルドはオナホの怪人に押し寄せられて見えなくなった――その瞬間、天牙は警備員の手を掴んで引き寄せる。天牙は一階にいるイルドに向かって叫ぶ。


「イルド、魔法杖を使った結界はまだ使えるか? いや、使わないと死ぬから絶対使えよ!」


 天牙は警備員の足を払い、警備員を下にして飛び降りた。

 天牙と警備員の声が重なる。


「「ぎやああああ‼」」


 天牙と警備員が一階に落ちる。イルドに群がっていた寄生された人達が、落ちてきた衝撃によって吹き飛んでいく。骨や肉が潰れる音と共に吹っ飛んでいた彼らだが、ボキボキ、ゴキゴキといった嫌な音と共に肉体が再生する。


 天牙は地面にめり込んでいる警備員の上から退き、警備員の横で倒れているイルドに近づく。


「さすがに殺しはマズいと思ったが、これなら問題ないな。もし、死んでいたらイルドに頼まないと」

「……天牙くん、私に労いの言葉をないの? あと、死んでも蘇生は出来ません」


 イルドを中心とした結界は、天牙達が落下した衝撃を受け止めた。窓ガラスが割れたように粉々になるが、落下の軌道を逸らし、イルドへの直撃を避けた。


 ボロボロになったイルドが立ち上がる。足元が覚束ず、ふらつくが天牙が背後から抱きしめてイルドの動きを補助する。


「この体勢は中々にえっちだね。恋人が背後からおっぱいを揉みしだくときにしかしないでしょ。多分」

「変なこと喋る暇があったら、さっさと倒せって」


 イルドが何もない空間に手を伸ばすと、壺の形をした魔法杖が生成される。


 壺の形をした魔法杖。両手に抱えられるサイズの壺をイルドが持つと、その壺から幾つもの触手が出てきた。触手はぬるりと伸びると、人々の股にあるテンガの怪人を掴む。


「「「おふっ。グ、グレートですね……」」」


 その言葉を最後に、テンガの怪人達は触手と共に壺に入っていく。

 キュポッ。壺の魔法杖が光の粒子と共に消えていき、イルドの変身も解ける。


 イルドは見悶えた。


「んんっ……はぁ、これヤバいっ。らめぇ、きちゃうっ‼」


 イルドの全身がビクビクと痙攣し、艶めかしい吐息が漏れる。体温が急激に上がったらしく、頬と耳が赤くなる。


 そんなイルドを抱きしめている天牙。彼はイルドの反応を直接感じていた。


 こりゃあ……色々とマズいな。


 天牙は込み上げる欲望を抑え、ポーカーフェイスを貫いていたが、近くにある魔法杖(天牙のアレ)はビクッビクッと震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る