一三話


 六つの段がある棚。一つ一つの段にびっしりとエロ本が並べられており、人気の作品は一番下の段に重ねて置いてある。


 棚は十個ほど横一列に並んでおり、ジャンルごとに配置が変わっている。オシャレなポップもあり、作品ごとに全ての巻数が揃っていることから、店の気合を感じる。


 ここだけ力いれすぎじゃねぇか……?

 天牙が驚いていると、イルドが自慢げに語る。


「この店の従業員とは顔見知りだからね。色々と融通を効かせてもらってるんだ~」


 イルドの仕業かよ。

 天牙は呆れと感嘆を含んだ息を吐く。


 イルドは棚から一冊の本を手に取ると、天牙に問う。


「さて、問題です。私が欲しい本はいったいどれでしょう?」

「持ってるやつじゃねぇのか?」

「これは布教用だよ。私は持ってるし、天牙くんにも読んで欲しいと思ってね」

「イルドのやつを読ませてくれればよくない?」


 イルドはきょとんとした顔をした。


「えっ? さすがにイカ臭くなるのが分かってるのに、本は貸したくないな……本の汚れから、天牙くんが絶頂したところも分かるし……」

「俺のことを何だと思ってんだよ」


 天牙はイルドの持っている本を奪い取る。


 絵柄がかなり淫靡であり、欲情のそそる美少女がだらしない表情で舌を出している。天牙は動揺を隠しつつ、棚に戻す。


 イルドは不機嫌そうに頬を膨らませたあと、すぐに元の笑顔に戻る。


「さっきの話に戻ろう。私が欲しい本はどれでしょう? まあ、正確には私の性癖は何でしょうっ?」

「性癖……?」

「性癖と性欲は表裏一体なんだよ。性癖によって性欲の種類とか質が変わるし、知っておいて損はないと思うけど?」

「……頑張って考えてみるが、間違っても文句は言うなよ……」


 イルドの瞳から、信頼の圧がひしひしと伝わってくる。

 天牙は唾を飲みこみ、緊張を緩和させた。


 天牙は並んでいる棚を端から端までじっくりと見る。何度も往復し、見過ごしが無いように注意深く見る。天牙が知らなかったジャンルがいくつかあり、天牙は世界の広さを知った。


 ……さて、イルドの性癖はどれなんだ?


 天牙は立ち止まり、イルドに視線を向ける。イルドは棚全体を眺めながら、うっとりとしており、どの性癖の本を見ているか分からない。


 天牙は顎に手を添えて、思考を働かせる。


「意外と外したくないもんだな……」


 イルドと関わってからの全てを分析し、推測する。学校生活の一コンマから、魔法少女として怪人退治をする一瞬まで。


 脳裏に流れる記憶を辿り、ふと、魔法少女の説明を聞いた時のことを思い出した。


 魔法少女、魔法杖、怪人、妖精、亜種、性欲。


 魔法少女の力の源になる性欲。それは怪人にとって本能となるものだった。

 つまり、魔法少女も性欲もとい性癖によって扱う力が変わるはずだ。


 イルドは大人の玩具を使っていた。そこだけ見れば玩具プレイだと思うのだが……。


 天牙はハッとした表情を浮かべた。


 イルドは操る魔法杖が全ての形が異なる……つまり、性癖に制限がないということ。


 イルドは全ての怪人に対して、理解があり、しっかりと対処出来ていた。魔法少女というのを抜きにしても、その性癖を理解しておく必要がある。


 天牙は堂々と宣言した。


「イルドの性癖は――全てだ」

「……ほう? ファイナルアンサーかい?」

「もちろんだ。赤ちゃんや触手などの珍しい性癖もあるし、恋仲とかの一般的な性癖もある。そうだろ?」


 イルドは大きな胸を張り、自慢するように言う。


「その通りだよ、天牙くん。私は全ての性癖に対して、著しく興奮出来るのさっ」


 イルドは棚から次々と本を取り出し、天牙の持っている買い物カゴに入れていく。


「……あれは小学生くらいの頃だったかな。とある大企業の娘として生まれた私は英才教育の反動で、えっちなことに目覚めたんだよね……」


 天牙はカゴから本が零れ落ちそうになったので、空いている片手で本を持ち始める。


「……幼い頃の私にとって、どんな性癖でも刺激的だった。どう? これを知って天牙くんはどう思ったかな?」

「……まあ、いいんじゃねぇの」


 天牙にとってイルドは出会った時から変態だと知っているので、何も思うことは無かった。 


 イルドは一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに柔らかく微笑む。


「とりあえず、レジに行こうよ」


 天牙とイルドはレジに向かい、列に並ぶ。

 イルドは可愛らしく舌を出し、揶揄うような口調で言う。


「天牙くんの言葉を借りるなら……こんなことを話したのは天牙くんだけ。だから、内緒にしといてねっ」

「せっかく奢ってやろうと思ったが、やっぱり無しだな」

「私が大号泣したら、天牙くんはどうなるかな?」

「やっぱり奢らせてください」


 そんなこんなでレジの順番が回ってきたので、天牙は会計を済まし、パンパンに本が詰まったビニール袋を片手ずつ持ち、店を出た。


「これで機嫌は元に戻ったみたいだな」

「ん? 別に不機嫌じゃなかったけど。ただ緊張してただけで」

「……触手のやつで怒ってたんじゃないのか?」

「前にも言ったけど、それは別に怒ってない。だけど、ぶっかけられるのが初めてだったから、色々と恥ずかしかっただけ」

「だったら、ここ数日の変化はなんだ?」

「普通に性欲が爆発して、発情しそうだったから、少しだけ距離を置いてただけだよ。まあ、性癖も明らかにしたし、今まで以上にくっついても問題ないよね?」

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