一二話


 学校生活と怪人退治の日々はあっという間に過ぎ去り、土曜日を迎えた。

 日の出と共に目を覚ました天牙。彼がベッドから起き上がると、一枚の紙が落ちてきた。天牙はその紙を拾い、書かれている可愛らしい文字を確認する。


「クジニエキマエデマツ」


 ……イルドからだと思うが、文面が果たし状じゃねぇか。


 天牙は紙を二つ折りすると、ベッドの上に投げる。うーんと伸びをしながら、風呂場へと移動し、シャワーを浴びる。


 いつもより念入りに全身を洗うと、頭からお湯を浴びる。


「ふぅ……もう一回浴びとくか」


 天牙はシャンプーを泡立てて、体を念入りに洗う。三度のシャワーを浴びた後、風呂場を出て、濡れた髪をタオルで乱雑に拭き、服を着る。


 無難なデザインのフード付きパーカーに、太ももや膝が少し裂けているダメージジーンズ。


「……これで大丈夫だろう」


 天牙は若干の不安を残しつつも、そのまま家を出た。


 手紙に書かれていた時刻より五分ほど早く、天牙は駅前に到着した。すでにイルドがいてもおかしくないと思った天牙が、近くを散策していると、イルドを見つけた。


 なぜかイルドはメイド姿だった。


「お~い、天牙く~ん!」

「……何をやってんだ」

「ナホが働いているメイドカフェの手伝いを一時間くらいしてたんだよ。着替えようと思ったんだけど、時間がギリギリだったし、そのまま来ちゃった……」


 イルドは閃いたように目を輝かせると、メイド服のスカートの裾を掴み、一礼する。


「今日はよろしくお願いしますね。ご主人様っ♡」

「……さっさと着替えなさい」


 イルドは少し頬を膨らませながら、懐から魔法杖を取り出す。周囲の人から見えないようにイルドは天牙の胸元に隠れる。イルドは魔法杖を小さく振る。


 イルドは着ていた服が一瞬にして切り替わる。

 淡い青色のワンピースに、可愛らしいリボンが装飾されているハイヒール。健康的な太ももが露わになっており、思わず視線が下に流れてしまう。


 イルドはドヤ顔を浮かべながら、見せつけるように一回転する。


「これが本当の早着替えだぜっ!」

「……それじゃ、行きますか」




 天牙とイルドが向かったのは、駅から少し歩いた所にある、大型ショッピングモールである。


 映画やゲームセンターだけでなく、フードコートや雑貨店など、色々な店が複合している建物で、休日なこともあり、多くの人で賑わっていた。


 天牙とイルドはショッピングモールの入口を潜る。

 天牙は並んでいる店を眺めながら、懐かしむように呟く。


「十数年前に爺と来たことがあったが、かなり内装が変わってるな」

「改装工事もあったし、店の入れ替えもあったしね……それよりも」


 イルドが天牙の瞳を覗きこんでくる。


「おじいさんと来たってことは、天牙くんの祖父母の家は近くにあるの?」

「いや、昨年の春に爺と婆はこの世を去った……先に言っておくが、罪悪感を覚えて謝るなよ」


 天牙は淡々と言葉を紡ぐ。

「俺が住んでいる家は、爺と婆が住んでいた家だ。両親が海外出張に行くのと、爺と婆が住んでいた家を処理するタイミングが重なったから、俺が住んでいる。高校からも近いしな」


 どこか気恥ずかしそうに語る天牙。そんな彼にイルドは揶揄うような口調で告げる。


「県外にある遠くの高校を選んだのは、家をそのままにするためなんでしょ?」

「……さあね」


 祖父母の家は解体される予定だった。老朽化も進んでおり、都会と比べたら住みづらい。だが、天牙は進学する高校を祖父母の家の近くにすることで、住む理由付けをした。


 俺が頑固だったこともあるが、両親が色々と手を回していたらしく、妙に腹の立つ笑顔を浮かべながら諸々の手続きをしてくれた。


「天牙くんて、意外と良いヤツだね」

「意外は余計だが……俺だって人情を通すときはある」


 天牙は口に人差し指に添え、片目を瞑りながら優しく頼む。


「これを喋ったのはイルドだけだ。内緒にしといてくれ」


 イルドは少し面食らったような表情を浮かべ「私もちゃんと話さないとな……」と小さく呟く。覚悟の籠ったような瞳を浮かべ、息を深く吸い込む。


 ふと、イルドが立ち止まる。目の前にはブッ○オフがあった。


「……天牙くん、ここに行きたい」

「何か買いたいものがあるのか?」 


 イルドは無言のまま店内に入り、パリコレモデルのような優雅な足取りで、進んで行く。天牙は入り口にあった買い物カゴを持ち、イルドの後についていく。


 奥にある書籍コーナー。


 参考書や雑誌だけでなく、漫画や小説が多く並んでいる。ほとんどが数百円で売っているが、最近の物だと少し値段が高い。汚れていると安くなるが、読めなくなるくらい汚い物もあるので、購入には注意が必要だ。


 天牙がそんなことを考えていると、前にいたイルドが立ち止まる。


 イルドは振り返り、無邪気な笑みを浮かべながら、堂々と告げてきた。


「天牙くん、私が買いたいものはここにあるわ!」

「……エロ本コーナーじゃねぇか」


 天牙は淡々と言った。





 

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