一一話


 天牙は深呼吸をして、気持ちを整えると、ベンチに移動し、再び腰を下ろす。


「ナホの案は参考にならなかったが……」


 屋上の扉に視線を向ける。


「アイルの案なら、多少は参考になるだろう」


 段々と近づいてくる気配。

 宙に浮く小さな人影。


「小僧、この手紙はなんだ?」


 イヴがしかめっ面で現れた。

 イヴは天牙を睨みつつ、小さな紙切れを取り出す。そこはナホと同じ文言が書かれており、イヴは紙をビリビリに破る。


「イルドちゃんについて相談だと?」

「イルドの機嫌を直すにはどうしたらいい?」


 天牙はイルドの様子が変わっていることを言うと、イヴが面食らったように目を見開く。


「……気づいていたのか」「もちろんだ」

「最初に出会った時と違うのは、俺が原因なんだろ? だったら、責任をとるのが俺のやるべきことだ」


 天牙は内心焦っていた。


 このままイルドの機嫌が直らず、関係が悪化していったら、俺のアレが戻ってこなくなるかもしれない。それだけはマズい。


 イヴは考え込むような素振りをしながら、ブツブツと呟く。


「(イルドちゃんもコイツと出会ってから楽しそうだし、心からの笑顔が増えた。保護者としてはその思いを無下にするわけにもいかない。イルドちゃんの気持ちが優先だ……)」


 イヴは頭を抱えながら、何度も葛藤するように体をうねらせ、結論を出した。


「イルドちゃんと一緒に出掛けてこい。駅前の近くにショッピングモールがあっただろ。そこに行ってこい……それでイルドちゃんの機嫌が直るかは貴様次第だがな」

「……え?」


 イルドを溺愛しているイヴの発言とは思えず、天牙は動揺する。

 考えてもいない提案だったが、これはかなり良いな。二人だけで出かけることで親密度も高くなるし、どうして不機嫌なのか話を聞きやすくなる。でも、それって……。


「これってデートじゃないのか?」

「絶対にデートじゃない。次にデートって言ったら、その汚い口を縫うからな」

「汚いのはそっちの口では?」

「「……」」


 天牙とナホは殴り合った。途中でイルドが迎えに来て、天牙とイヴはしこたま怒られた。天牙はだいぶスッキリしたが、イヴは不貞腐れたようにイルドの谷間に戻っていった。


 天牙はふぅと息を吐く。

 だいぶスッキリしたし、しばらくイヴには優しくしてやろう……。



 夕暮れが道を照らし、仄かに橙色になっている頃。

 天牙はイルドと一緒に帰っていた。


 どうやって誘うかな……。


 天牙は異性をどこかに誘うのは初めてだった。会話や態度ではイルドと慣れ親しんだように見えるが、意識してしまうと心の準備が必要である。


 天牙は人通りが少なくなり、イルドとの会話の隙を見計らい、口に出す。


「今週の土曜、一緒に出かけないか?」

「もちろんいいよ。天牙くんと離れたら魔法杖が使えなくなるし」


 イルドは朗らかに笑いながら、


「怪人の情報でもあった? それとも0.1㎜の箱を買いに行きたいの?」

「イルドちゃん、そんなのは小僧に必要ない。赤と白の縞模様のやつで充分だ」


 イルドの胸から聞こえた煽り口調を無視し、天牙は話を続ける。


「怪人退治を忘れて、二人だけで遊びに行こうと思ったんだが、ダメだったか?」


 イルドは何度か瞬きをした後、首を傾げて人差し指を唇に添える。


「デートの誘い?」


 イルドの胸の谷間から、イヴの顔がひょこっと出てくる。


「イルドちゃん。これは決してデートじゃない。魔法少女としての休暇、そう休暇よ。小僧が邪なことをしたら、うちらが必ずぶっ○すから、安心してね」

「イヴも一緒に行く?」

「……その日は用事があるから、二人で行ってきなさい。大丈夫、何かあったらすぐに飛んでいくから」


 イヴは一瞬だけ天牙に視線を向けると、胸の間に沈んでいった。

 昨日の敵は今日の友。それは《妖精》でも通じるらしい。


 天牙はイルドに問う。


「それで、返事は?」


 イルドの頬が僅かに赤くなる。両手を後ろに組み、もじもじしながら、機嫌が良さそうな表情を浮かべた。


「そ、それじゃあ……今週の土曜日、よろしくねっ」


 イルドは少し駆け足で去っていく。天牙はイルドが見えなくなったのを確認し、その場に屈みこんだ。


「めっちゃ疲れるな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る