一〇話


 一週間も経つ頃には、天牙も少しずつ学校に馴染んできた。


 遠くから噂話されたり、視線を向けられたりするものの、何度か生徒や教師と話を交わした。イルドについて聞かれることもあったが、言葉を濁し、話題を逸らした。


 そして本日。一限目のチャイムが鳴る頃。天牙は机に突っ伏していた。

 最近、イルドが変だ。……いや、元々が変だったから、これが正しいのか?


 天牙は頭を悩ませていた。


 出会ったときの距離感が近すぎるのもあるが、それにしても発言や行動が控えめになっている。


 天牙は腕の隙間から、バレないようにイルドを見る。


 学校でのイルドは、問題児であり優等生だった。

 教師から問題を解くように指されても、百点満点で答えるし、ノートも綺麗にまとめられている。重そうな荷物を持っている生徒がいたら、代わりに運び、掃除も徹底して行う。


 だが、その反面、クラスメイトとの会話中に突然下ネタをぶっこむこともあった。天牙との関係について話すことは無かったが、女子の胸や尻を揉んだりしていた。


 揉まれた女子生徒は恍惚とした表情を浮かべながら、イルドに感謝を告げていた。ナホいわく、イルドによって学校のエロのハードルが下がり、女子生徒も色々と自由に出来るようになったとか。


 ……これ以上は考えても、時間の無駄だな。


 天牙は頭を上げると、黒板に書かれている文字をノートに写しだす。


「それにしても……退屈だな」


 この授業を担当する教師は、教科書の内容を黒板に丸写しするだけであり、それっぽい話はするものの、教科書を読んだ方が有意義である。


 天牙はイルドを横目で見ると、イルドはつまらなさそうな表情で爪を弄っていた。


 イルドは天牙が見ていることに気づいたらしく、天牙以外に見えないように手を動かす。片手の手指で輪を作り、もう片方の手の指を出し入れする。


 悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、挿入のジェスチャーをするイルド。

 そんな彼女を見て、天牙はため息をついた。


 ……やっぱり、俺の勘違いだったかもしれねぇな。 


 天牙はイルドから視線を外すと、ノートの端を千切り、文字を書く。

 だが、念のために相談をする必要があるな。イルドに聞いてもはぐらかされそうだし、相談するとしたら――。



 ×××



 吹奏楽部の演奏が響き渡る放課後。天牙は屋上のベンチに寝転んでいた。誰一人としていない屋上に、心地よい風が流れ込む。


 イルドは職員室に呼ばれているらしいから、怪人が近くに出没してもすぐに対応が可能だ。俺も学校で用事があると連絡しておいたから、何かあっても大丈夫だろう。


 天牙が流れる雲をぼけーと見ていると、屋上の扉が開いた。


「おっ、やっと来たか……」


 ナホが焦った様子で現れる。


「天牙ちゃん、この手紙に書いてあることは本当ですか⁉」


 ナホの手には小さな紙切れが握られており、天牙の文字で「イルドについて相談したいことがある」と書かれていた。ナホは紙切れをぐしゃっと握り潰し、放り捨てる。


「イルドさまについての相談とは何ですか?」

「最近、イルドの様子が変わった気がしたんだが、知ってることはあるか?」

「……いえ、全く知りません。そもそもイルドさまは普段通りにしか見えませんでしたよ」


 ナホは絞り出すように声を出す。「ですが、強いていうなら……」


「天牙ちゃん、貴方にだけ壁があるように感じました」

「……やっぱりそうだよな」


 薄々感じていた疑念が、ある程度の信憑性を帯びてきた。

 天牙は一呼吸を挟み、


「ナホだったらイルドの怒らせたとき、どうやって機嫌を直させる?」

「イルドさまを怒らせたのですか?」


 ナホが天牙を睨む。殺意の籠った視線に、天牙は慌てて言葉を並べる。


「もしもの話だ。イルドにストレス発散してほしいと思うのは(ナホにとっては)当たり前のことだろ?」

「……それはそうですね」


 ナホは考え込むような素振りをした後、穏やかな笑みを浮かべながら話し出す。


「わたくしでしたら、癒しと安らぎのために高級なホテルに誘います」


 高級ホテルか。美味しい料理やあったかい風呂を味わえば、イルドもスッキリするだろう。


「そしてホテルに着いたら、互いに服を脱がしあって全裸になります」

「ちょっと待て」

「いえ、待ちません。裸になったイルドさまを手錠で拘束し、ベッドに磔にします。わたくしは上にまたがり、鞭で優しく手ほどきをします」

「ホテルはホテルでも、ラブホテルじゃねぇか‼」


 天牙は「却下だ」と首を振る。


「でしたら、カフェなどはいかがでしょうか?」

「……コーヒーとか嗜む場所だよな?」

「コーヒーも飲めるカフェです。麗しき可憐な美少女達が『ご主人様~♡』と接待してくれますね。お触りは厳禁ですが、色々と裏技がありましてですね……」

「メイドカフェじゃねぇか‼」

「いえ、コンカフェです」

「ほとんど一緒じゃねぇか」


 天牙の発言に、ナホの眉がピクッと反応した。


「これはイルドさまの魅力と同じように、一から教えこむ必要がありますね……」


 ナホはコンカフェとメイドカフェの違いについて、饒舌に語りだす。

 ……ヤベェ。地雷を踏んだな。


 天牙は適当に話を流していたが、段々とナホ熱がエスカレートしていき、正座で話を聞くはめになった。


 十分もしない内に、天牙は根を上げた。


「もうわかったから勘弁してください」


 天牙が土下座すると、ナホは淫靡な笑みを浮かべる。


「このアングルはかなり興奮しますね」


 ナホがスマホを取り出し、天牙の土下座している姿を撮っていると、スマホの通知が鳴った。


「……イルドさまに呼ばれているので、これで失礼致します」


 ナホは屋上のフェンスに手をかけて跨ぐと、そのまま屋上から飛び降りた。


 天牙が慌てて見に行くと、真下にある四階の窓が開いており、カーテンがたなびいていた。

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