九話


 翌日。天牙は自室のベッドで目を覚ました。隣にはワカメまみれのカーネ○サンダース人形が添い寝している。天牙は海臭い人形を蹴り飛ばすと、ベッドから起き上がった。


 この人形のせいで変な夢を見てしまった。


「海で溺れてるときに、喋るチキンに人工呼吸される夢とか、悪夢にもほどがある」


 部屋の扉がノックされる。扉が少し開き、イルドがジト目で覗いてくる。


「おはよう、天牙くん……」


 天牙は挨拶を交わすと、無言で服を脱ぎ捨てた。怪人を倒した影響で、アスリート選手のように鍛えられた肉体となっていた。天牙は制服を着る。


 イルドは扉を閉じ、扉越しから話しかけてくる。


「天牙くん、私に言うことはない?」

「昨日のことについては悪かったって……」


 イルドの不服そうな声色に、天牙は説明する。


 昨日。怪人を倒した後、怪人よりボコボコにされた。頭が擦り切れるくらい土下座して、ようやく許してもらった。


 イルドは全く天牙を見ず「そ、そうだよね」と耳を赤くし、俯きながら呟いていた。


 不可抗力だとしても、ぶっかけたのは事実だしな。……まあ、俺はスッキリしたけど。 


 天牙は制服に着替え終えると、部屋の扉を開けた。


「それで、イルドはどうして不機嫌なんだ?」


 扉の前に立っていたイルドは一歩後ずさり、天牙を見据える。


「別に不機嫌じゃない。ただ全身がイカ臭くなって、三回以上シャワーを浴びても、匂いが消えなかっただけ。……不機嫌じゃないよ?」


 めちゃくちゃ根に持ってるじゃねぇか。

 天牙は頭を下げる。


「本当にすまないと思っている」

「……だったら、私の質問に正直に答えて」

「もちろんだ。嘘偽りなく答えてやる」

「私くらいの美少女にぶっかけたんだから、かなり興奮したでしょ?」

「……興奮は、してない」


 × × ×


 通学路をイルド。二人は隣に並んでいるが、少し距離が開いている。

 イルドは天牙の方をチラチラと見ていた。胸の谷間にいるイヴがイルドに小声で囁く。


「(イルドちゃん、近づきすぎるとぶっかけられちゃうよ‼)」

「(……ぶっかけられたことは、そもそも怒ってない。たしかに恥ずかしかったけど、問題は別のこと――)」


 言い淀むイルド。彼女は周囲を見渡し、空を見上げる。


「――怪人がくる」


 天牙はイルドに肩を掴まれ、動きを止める。

 天牙の前に高速で物体が落ちてきて、衝撃と共に砂煙が舞う。


 徐々に姿が露わになっていき、天牙は首を傾けながら呟いた。


「これ、宇宙人じゃねぇの?」


 二足歩行をしたタコのような生物。映画や特撮でイメージする宇宙人のような生物は、手足がない触手をうねうねと動かしながら、天牙達の方をじーと見てくる。


 イルドは魔法杖を両手で握る。


「これくらいの怪人だったら、魔法杖に溜まった性欲で一撃だね……」


 如意棒型の魔法杖がバットほどの大きさになり、野球のバッターのように構える。宇宙人もとい怪人が触手を伸ばしてくる。


「目指せ、ホームランっと」


 イルドが魔法杖を振る。

 強風が吹き荒れ、一瞬で怪人が消し飛び、光の粒子となる。

 周囲を歩く人々はめくりあがりそうなスカートや帽子を押さえ、強風に悲鳴を上げている。


 イルドはホームラン宣言のようなポーズをとる。魔法杖に光の粒子が吸い込まれていく。


 イルドが色っぽい息を漏らす。


「ふぅ……んっ。あんまりイケないね。珍しい性欲だったし、しょうがないけど」

「イルド、強くなりすぎてねぇか?」


 天牙は目を点にして尋ねた。


「天牙くんと出会ってからの怪人が強すぎたの。先日の戦いで強くなったのもあるけど、これくらいの強さが怪人の一般的だよ」


 イルドの胸の谷間からイヴが体を出し、親指を下に向けてくる。 


「死に腐れ、性病神」

「よし、いい加減ぶっ〇すか」


 天牙がイルドの胸の間に挟まっているイヴに手を伸ばすと、イルドの肩がビクッと震えた。天牙は咄嗟に伸ばしていた手を止める。


 イルドは歪に口角を上げて笑みを浮かべると、いつものようなテンションで告げてくる。


「ほら、このままだとまた遅刻しちゃうよッ」

「命拾いしたな、梅毒小僧」


 イヴがあっかんべーをしながら、イルドの谷間に戻っていった。

 天牙は手を握りしめて、ポケットの中に入れる。


「今日はこれ以上怪人が出ないといいな。学校生活に馴染めなくなるし」


 天牙達は道中でコンビニに寄りつつ、時間に余裕を持って学校に向かった。


 学校に近づくにつれて、同じ制服姿の人達が増えていく。周囲からの視線は天牙とイルドに集まっており、ヒソヒソと話をされている。


「あれが噂の外部入学制……‼」「イルド様に近づく不届き者はアイツか」「美男美女のカップルじゃん」「リア充はくたばれ」「すでに一夜を過ごしてるとか大人やわ~」


 周囲の注目を集めながらも、天牙達は学校に辿り着いた。  


 校門を通り、下駄箱で靴を履き替えと、教室に移動する。

 天牙は自席に座り、授業の準備を始めた。


 昨日みたいにイルドは変なことを言ったら、別の話題にすり替えよう。もし、噂が払拭できなければ……ただの問題児の一人として、青春が終わることになる。


 警戒する天牙だったが、四限が終わるまでイルドから話しかけられることはなく、イルドが意味深な発言をすることもなかった。


 四限が終わるチャイムが鳴ると、イルドはすっと立ち上がり、


「天牙くん、昨日と同じ場所で」


 と言い、教室を出ていった。天牙も慌てて教室を出ると、イルドの後を追って屋上に向かう。


 イルドと天牙が屋上に行くと、すでにナホがベンチに座っていた。

 ナホは近づいてくると、イルドの腕に頬ずりする。


「イルドさま、本日も健康的でピチピチな二の腕をしていますね。天牙ちゃんも、イルドさまの匂いで肺を満たしなさい。ほら、このように……」


 天牙はナホに引っ張られて、イルドとナホに体を挟まれた。いわゆるサンドイッチ状態である。天牙は前後から感じる柔らかな双丘に感嘆する。


 あっ、やわらけぇ。


 天牙は咄嗟に体を捻り、イルドとナホの間から抜け出す。


「……ほら、さっさと飯を食わないと昼休みが終わるぞ」

「今日はこれくらいにしておきましょう。そしていつかはイルドさまの魅力で少しずつ染めあげて、一〇〇〇人目の信者として迎え入れますかね……」

「大丈夫だよナホ。天牙くんはもう私にぞっこんだからね」

「ぞっこんじゃねぇよ」


 天牙達はベンチに座ると、昼食を食べ始めた。

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