七話



 天牙はナホと二人きりになり、重圧な雰囲気を感じていた。


 めっちゃ気まずい。イルドは友達の友達は他人って知らねぇのか? 俺だって二人きりだと気を使うんだよ……。イルドを崇拝しているみたいだし、緊張感が半端ない。


 無言の間。それを破ったのはナホだった。


「イルドさまは攻めるのは強いですが、受けは弱いですからね。こうすれば、二人きりになれると思いましたよ……」


 えっ、告白されんの?


 天牙は淡い期待を抱くが、すぐに違うと気づく。

 ナホの瞳にはハートマークどころか、ハイライトさえ描かれていない。

 ナホからひしひしと伝わってくる殺意。サイコパス診断をさせたら、満点は確実だろう。


 ナホの豹変した様子に驚きながらも、天牙は表情を変えず聞き返す。


「それってどういう意味――」

「くたばりなさい、下郎」


 ナホは弁当箱を宙に投げた。オカズが散らばるように舞う。

 ナホはベンチに手を置き、体を捻るようにして、回し蹴りをしてくる。


 天牙は咄嗟に顔を背けて、首の根本で蹴りを受けた。首の骨が折れそうなほどの衝撃だが、天牙は無傷だった。天牙は口角を上げる。


「あ、あんまり効かないな」


 本当はクソ痛いっ‼ ……だが、我慢できないほどじゃない。イルドも言っていたが、俺の体にも変化があったようだ。


 天牙は落ちてきた弁当箱を片手で受け止めると、落ちてくるオカズを全てキャッチした。衝撃でオカズがぐちゃぐちゃに混ざるが、一つも落とすことは無い。


 ナホは呆けたような表情を浮かべ、蹴っていた足を下ろした。ベンチに座り、スカートを整えると、何事も無かったかのように話しかけてくる。


「あなた、人間ですか?」

「どっからどう見ても人間だろ? 初対面の人を蹴ったりしない、善良な一般人だ」


 天牙が皮肉を込めて返すと、ナホの眉がピクリと反応する。


「……それでは、イルドさまの秘密を話してもらえますか?」


 ナホは強張った表情を浮かべ、拳をワナワナと震わせながら、天牙に近づいてくる。


 天牙はベンチの端に追い寄られる。立ち上がろうとすると、ナホに手首を掴まれ、座らされる。


「貴様はイルドさまの何を知っていますか?」


 俺が知っているイルドのことか……変態で下ネタ好きなことくらいだな。


「わたくしはイルドさまの全てを知っています。身長や体重などの肉体的なことはもちろん、出生体重から初めて喋った言葉まで、網羅しています」


 天牙はドン引きしながらも、続けて話を聞く。


「つまり、わたくしが知らないイルドさまのことは無いのです。いえ、あってはいけないのです。さあ、秘密を話してもらえますか? 返事は『イエス』か『はい』か『喜んで』しか聞こえませんよ」

「……そこまでイルドに心酔する理由はなんだ?」


 天牙は抱いていた疑念を口に出す。


「脳みそがプリンのような貴様に伝わるように言えば『虐められていた少女が、王子(美少女)に救われて恋をした』といった感じなのです」

「簡略的かつ分かりやすい説明どうも」


 天牙はナホに掴まれている手首をするりと抜くと、ベンチから立ち上がった。


「だとしたら、余計に話すわけにいかない」

「……残念ですが、怪我をしても文句を言わないでくださいね」


 ナホはベンチから立ち上がり、天牙に向かってファイティングポーズをとる。

 ナホの構えは、経験者特有の雰囲気を纏っており、かなりの熟練者だと分かる。


「イルドさまに近づく男性はことごとくアソコを潰してきました。貴様も例外ではありません。邪な者達は全員粛清します」

「女にも粛清しろよ~。同性同士の厄介の方が大変だろ?」

「女性でしたら、心の底からイルドさまを崇拝するように調教しますよ」

「男女平等万歳ってか」


 ナホは転ぶように体重を前に預けると、


「ついたあだ名は“金玉殺し”。ちょうど貴様で一〇〇人目です」


 勢いを利用して、天牙の股間を蹴り上げる。

 ナホは勝ち誇ったように笑った。


「これで終わりです。秘密を話してください」


 天牙は表情を崩さず、ボソッと呟く。


「金玉殺しって、あだ名としては最悪だろ……」


 天牙のアレはイルドが持っている。ナホが蹴ったのは急所が無い股である。

 イルドにとられてなかったら、絶対に潰れていたな……いや、とられてなきゃ蹴られてなかったよな?


「残念だが、俺には効かな……」


 天牙はナホに股を触られて、反射的に飛び退く。


「な、何やってんだ⁉ 痴女か、痴女なのか⁉」


 ナホは考え込むような素振りをして、確認するように問う。


「もしかして女性ですか……?」


 ナホは自問自答するように、早口で語り始めた。


「男のあるべきものが無く、男女どちらでもイケる顔だち。イルドさまが隠したかったのは、天牙ちゃんが男装女子である秘密……」

「いや、俺は女じゃな――」

「イルドさまは、色々な事情を抱える人達と関わる機会が多いですからね。……万が一にもありえませんが、本当は男で局部を一時的に取り外し、女と偽っているとしたら、末代まで呪いますけどね」


 俺は男装女子かもしれない……いや、絶対違う。だが、物事を穏便に進めるには、ナホの勘違いを利用するのが良いだろう。


 天牙が無言を貫いていると、扉の近くで物音が鳴った。視線を向けると、イルドが立っていた。


「あらあら、そんなに仲良くなって~。天牙くん、べろちゅーでもしたの?」


 天牙は半ば諦めたように息を吐く。


「イルドからも話をしてくれ」

「イルドさま! 天牙ちゃんは男装女子なのですか‼」


 イルドは天牙とナホの前に立つと、


「……うん、天牙くんは俺様系男装女子野郎だよ。怪人退治のことも知ってるから、仲良くしてあげてねっ」


 数秒の思考を挟み、全てを察して、話を合せた。

 ナホは懐からメモ帳を取り出すと、黙々と文字を書き始める。


 イルドは苦笑を浮かべながら、天牙にコッソリと説明する。


「ナホは昔から異常な妄想癖があってね。こうなれば天牙くんのアレが無いことについては、誤魔化せたと思うよ」

「あそこまで変態なら、魔法少女になれるんじゃないのか?」

「ナホと出会ったのは、ナホの性欲で怪人が生まれたときだった。そのときの影響で、ナホは性欲が一般人レベルになった。だけど、煩悩はそのまま残った」

「つまり、ただの変態であると?」「その通り!」

「ナホも何かしらのきっかけがあれば、魔法少女になれると思うのよね。感情を爆発させて、性欲を活性化させるとか……まあ、机上の空論だけどね」


 ナホは手を止めると、満足したように息を吐き、イルドに一枚の紙を渡してくる。


 そこには天牙の最寄りの駅から、二駅ほど離れた場所にある、あまり人気のない海水浴場が記載されてあった。


「怪人の噂があったところです。午後の授業はわたくしの方から連絡をしておきますが、どうしますか?」

「今すぐ行くわっ」


 イルドは力強く頷く。

 天牙は眉を寄せながらも、渋々と「俺も行く……」と告げた。


 この怪人が《亜種》だったら、俺のアレが戻ってくるんだ。行くしかない。

 イルドは胸の谷間から、イヴが眠たそうに欠伸をしながら出てきた。


「イヴししょう、本日もイルドさまをよろしくお願いします」

「……ナホちゃんもイルドちゃんも変なヤツに近づかないようにね。チ○コを握らせてくるような下衆変態童貞とかさ」


 イヴはチラリと天牙を睨む。

 イルドは魔法杖を構える。光の粒子が天牙とイルドを包んでいく。


「それじゃ、行ってくるね~」

「これって俺を家に移動させたやつ――」


 天牙の声を遮るように景色が切り替わり――海水浴場に辿り着いた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る