六話
四限が終わるチャイムが鳴る頃、天牙は机に体重を預けて、ぐったりしていた。
二限から四限まで、教室の移動は無く、周囲から色々な視線を浴び続けていた。
嫉妬、羨望、疑心、殺意、嫌悪など、半数以上の生徒から負の感情を向けられており、天牙はストレスで胃がキリキリしていた。
なんだか見世物になった気分だ。誰か差し入れとかしてしてくれ。
「あぁ……胃薬とか欲しい」
「天牙くん、これ胃薬っぽいのだよ」
天牙の隣からイルドの手が伸びてきて、半透明な小さな玉を渡される。天牙は小さな玉を受け取ると、口に放り込んだ。
舌で転がしながら、味を確かめる。
「……これ、なに?」
胃薬じゃない。アメだと思って舐めたけど、甘くて酸っぱくて辛くて苦い。色んなのが混じった複雑な味がする。
「え~と、元気になる薬をぎゅっと固めてチンしたやつです」
天牙は机の横にかけているイルドの鞄を見る。鞄の隙間から、精力剤やエナジードリンクの空瓶が覗いていた。
天牙は咀嚼せずに飲み込む。心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、席を立つ。
「天牙くん、連れションなら同行しますぜ!」
「まず、男子トイレに一緒に入ることが前提なのを改めようか……ん? ちょっと待てよ?」
天牙は股にアレがないのを思い出す。
そういえば、俺ってトイレできなくね?
「……イルド、やっぱり一緒に来てくれ」
「やっぱり連れションがしたかったんだね。天牙くんも素直じゃないんだからっ」
天牙は怒気を孕んだ声で、イルドに耳打ちする。
「(イルドが俺のアレを持ってるから、トイレをしたらヤバいんだよ‼)」
イルドの懐にある魔法杖から俺の尿が漏れだしたら、カオスな状況になるのは目に見えている。
イルドはコクリと頷き、天牙に告げた。
「……やっぱり、連れションだよね?」
天牙は無言でイルドの頭にアイアンクローをした。
俺だってキレるときはキレるんだぞ(笑)。
冷笑を浮かべる天牙。彼の圧に周囲が押し黙る。
「天牙くん、ギブ、ギブ、ギブアップだって‼」
天牙はイルドの頭から手を離した。イルドは片手で頭を押さえながら、もう片方の手で天牙の腕を掴み、教室を出た。
天牙はイルドに引っ張られるまま廊下を進み、階段を上って、屋上に続く扉の前に着く。
「……まさか、屋上で立ちションをしろってことじゃないよな?」
「それは見てみたいけど、残念ながら天牙くんにトイレは必要ないね。天牙くんのアレを魔法杖にしたときに、魔法を使ってトイレ問題は解決してるからさ」
イルドと天牙は屋上に出た。
四方八方が柵に囲まれており、花壇とベンチが等間隔で置かれている。貯水タンクや発電機器が□の四隅に置かれているため、屋上は四つのエリアに別れている。他の屋上のエリアに行くには、一度降りる必要がある。
天牙は目を細めながら、ベンチに座っている一人の女子生徒を指した。
「あれ、イルドの友達か?」
女子生徒は制服ではなくメイドのような恰好をしている。
「天牙くん、紹介するね。この子は――」
「イルドさま~‼」
女子生徒は目にも止まらぬ速さで近づいてくると、滑りこむようにしてイルドの足に抱きついた。女子生徒はイルドのふくらはぎに頬ずりしながら「でゅへへぇ……」とスケベオヤジ顔負けのだらしない表情を浮かべている。
イルドは全く微動だにせず、天牙に紹介を続けた。
「彼女は出貌ナホ。私のことをご主人様だと思っている、ド級の変態よ」
「イルドが言うのかよ⁉」
天牙は声を荒げながらも、イルドの足にしがみつくナホに視線を向ける。
ナホは制服ではなく、ロングスカートにエプロンのメイド服を着ていた。
黒髪ボブに紅瞳。丸眼鏡をかけており、だらしなく笑う口から、八重歯がチラリと見えている。
幼さを感じさせる可愛らしい少女だが、イルドの太ももに頬ずりする姿は、変態以外の何者でもない。
「イルドさま、イヴししょうはどこですか~?」
「イヴなら寝てるよ……ほら、天牙くんも自己紹介をしないと」
イルドの言葉に反応したナホ。彼女は天牙に気づいたらしく、驚愕したように目を見開いた。
「いつからそこにっ……⁉」
「最初からだよ」
「イルドさまを呼びすてですか⁉ 貴様、ヤリチンですね‼」
「いや、童貞だって」
「天牙くんは素人童貞っと……」
「素人は余計だ」
「でも、天牙くんのアレは素人とは思えないほどに大きかったけど?」
「イルドさま⁉ ……やはり、貴様はヤリサー出身のデカチンヤリチンだ‼」
野生の犬のように威嚇してくるナホと、悪戯っぽく笑うイルド。
天牙は頭を抱えながら、二人に言う。
「俺の話を聞いてくれ。いや、聞いてください……」
ナホはするりと立ち上がり、イルドの背後に隠れた。
「イルドさまだけでなく、わたくしも狙っているのですか……‼」
「私は初めて会った時から狙われてたけど」
「……でしたら、ここで不穏な事故があっても問題ないですね」
ナホからマジの殺意を感じた天牙。彼が命の危機を感じていると、イルドの腹がぐぅとなった。天牙はイルドの腹の虫を利用する。
「とりあえず昼飯でも食べながら、ゆっくり話でもしないか?」
「うるさいです。デザートにイルドさまを食べるつもりですね。でしたら、わたくしが身代わりになります。まあ、喉元を掻っ捌いて、逆に血の味プリンにしてやりますからね」
「私はお腹が空いたんだけど」
「イルドさま、すぐにお昼ご飯にしましょう!」
ナホはイルドの手を引き、ベンチの方に行く。天牙は安堵のため息を吐きながら、二人についていく。
ベンチには、ナホ、イルド、天牙といった順番で座った。ナホはベンチに置いてあった大きな弁当箱を持つと、美味しそうな唐揚げを箸で挟み、イルドの口元に運ぶ。
「イルドさま、あ~んです」
イルドは唐揚げをもぐもぐと食べながら、天牙のことを話そうとする。
「ほれで、へんきばくんにふいてにゃんだけど……けぷっ」
「イルドさま、粗茶でございます」
イルドはナホから湯飲みを貰い、中に入っていたお茶を一気に飲み干す。
「それで、天牙くんについてなんだけど――」
「僭越ながらイルドさま、ほほにおべんとがついております」
ナホはイルドの頬についた唐揚げの衣を拭い、鼻息を荒くしながら衣を食べた。肩で息をしながら「イルドさまと三七二回目の関節キスだぁ……」と呟く。
ナホとイルドの絡みを横目で見ながら、天牙は昼食のドリンクゼリーを胃袋に流し込む。
ナホはイルドを崇拝する生徒で間違いない。変態っぽさがイルドと似ている。
天牙は一〇秒足らずで昼食を終えると、イルドに小声で告げた。
「(ナホには魔法杖のことを話すなよ。俺が○される未来しか見えない)」
「(私は話でもいいけど、天牙くんがそこまで言うなら、秘密にしてあげるねっ)」
「何を秘密にするのですか、イルドさま?」
ナホが眉を寄せながら、イルドに詰め寄ってくる。
「イルドさまの声は一〇〇メートル離れていても、一言一句復唱出来ますので、隠し事は無駄です。さあ、何を秘密にしているのか、話してもらえますか?」
イルドは冷や汗を流しながら、ナホから視線を外す。
イルドは天牙と目が合うと、ベンチからスッと立ち上がり、扉の前まで移動して、
「天牙くん、あとは頼んだぞ‼」
屋上から去っていった。
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