一話
天牙は見知らぬ部屋で目を覚ました。
天牙が寝ていたベッドの枕元には、箱ティッシュが山積みされている。ベッドの横にある大きな棚には、大人の同人誌が隙間なく並べられている。その近くにある開いているクローゼットには、女物の服がかけられていた。
部屋には住人の匂いであろう、桃やココナツのような甘い匂いが染みついていた。
窓からは夕暮れの光が差し込んでいる。
天牙はベッドから起き上がり、辺りを見渡して、頭を抱えた。
たぶんイルドの部屋じゃん……。
気分が浮つく天牙だったが、男の象徴がとられていることを思い出し、股の間にゆっくりと手を伸ばす。
案の定、天牙のアレは消えていた。
天牙が喪失感に襲われていると、部屋の扉が開き、イルドが現れた。
「よかった、目が覚めたんだね――」
安堵した笑みを浮かべていたイルド。彼女は、天牙が股の間に手を伸ばし、もぞもぞとしているのを見て、ゆっくりと扉を閉めて出ていった。
「待ってくれ、俺は無実だ」
扉が少しだけ開き、イルドが隙間から覗いてくる。
「私は下ネタとか猥談は好きだけど、現実で見せられると、かなり気まずいね。例えるなら、初デートで濡れ場だらけの映画を見てしまった感じだ……」
「だから、違うって! そもそも俺のアレはイルドが持ってるじゃねぇか‼」
「……」
イルドが扉を開けて、部屋に入ってきた。頭に眼鏡をかけており、シャツに短パンといったラフな格好である。
イルドはクローゼットにかけてある制服を指す。
「この制服に見覚えない?」
「俺に女装の趣味はないんだが……」
「そうじゃなくて、天牙くんが通う学校の女子の制服はどんな感じだったかな?」
「……もしかして、同じ学校なのか?」「ピンポーン、大正解!」
イルドは興奮したように鼻息が荒くなる。
「しかも、同じくクラスで隣の席とか運命感じちゃうよねっ‼」
「……どうしてそんなことまで知ってるんだ?」
「天牙くんが気絶してる間に、欠席する連絡をしたんだけど、そのときに色々と聞いたんだよね」
イルドは頬に手を添えながら、話を続ける。
「私って一部の生徒や教師から神様みたいな扱いを受けてるの。私を崇める宗教っぽいのもあるし、色々と情報は入ってくる」
「筒抜けってわけだな」
「その通り。他にも昨晩に楽しんだオカズだったり、精通したときのオカズだったり、昨日の弁当のオカズdあったり……」
「オカズだらけじゃねぇか!」
「ちなみに天牙くんの昨晩のオカズは――」
「ちょっと待てっ⁉」
「――ツナ缶にマヨネーズと醤油をぶち込んだやつ。うん、栄養バランス最悪だね」
天牙は無言でイルドの脇腹を手刀で突いた。
イルドは床で転げ回るのを眺めながら、天牙はイルドに手を差し出した。
「それじゃ返してくれ、俺のアレ」
イルドはピタッと動きを止めた。イルドはスッと立ち上がり、天牙から一歩離れた。イルドはそっぽを向きながら、明るい口調で言う。
「……バナナに練乳をかけるのって、なんかエロいよね」
「おい、話を逸らすな」
「朝食にソーセージと二つのミートボールがあったら、テンションあがるよね」
「だから、俺の話を聞けって!」
「童貞も処女も同じ未経験なのに、処女だけ優遇されるのはなんでだろう」
「それは、俺も知りたい」
天牙は何度もイルドを問いただすが、のらりくらりと話を逸らされた。
「露骨に話を逸らすんじゃねぇ‼ もうハッキリ言うぞ、俺のチ○コを返してくれ‼」
イルドは深く息を吐くと、眉を吊り上げて、真剣な顔つきで天牙を見た。
「私は何度も確認したよね? 大事なものを失うって。了承したのはどこの誰かな~?」
天牙は黙って視線を外し、部屋の隅を見つめた。
だって、チ○コを失うとは思わないじゃん。
天牙は過去の所業に後悔していたが、ふと、思い出したように呟いた。
「そもそもイルドがおっさんから魔法杖を抜かなきゃよかったんじゃないのか?」
イルドの肩がビクッと震えた。
天牙がイルドに視線を向けると、イルドはぷいっと顔を背けた。
天牙はベッドから起き上がると、するりと移動し、部屋の扉を閉めた。天牙はイルドを見て、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「形勢逆転だな」
一歩、一歩、また一歩とイルドに近づく。
イルドは落ち着くように語り掛けてくる。
「落ち着くんだ天牙くん、話し合えば分かるはずだ……!」
「話し合おうとしなかったのは、どこの誰かな~?」
天牙はイルドを壁際まで追い詰めた。イルドの顔は真っ赤で視線が泳いでいる。
天牙はイルドを逃がさないように両手で壁ドンする。
「さて、どうやって分からせましょうかねぇ……」
悪人顔負けの下衆顔を浮かべていた天牙。彼は我に返った。
あれ、何してんだ俺……?
感情が昂り、勢いそのままに動いてしまった天牙。本来、彼はこんなことが出来るような人間ではない。怒涛の一日を通して、脳内神経伝達物質が過剰に分泌してしまった影響である。
今の俺を傍から見たら、美少女を襲う寸前のヤリチンクソ野郎に見えるんじゃねぇか? 二人きりとはいえ、さすがにこの状況はダメだろ……ん? 二人きり?
「うちのイルドちゃんから離れろ! 腐れドブネズミ‼」
イルドの谷間からイヴが飛び出してきた。天牙は眉間にイヴからのライダーキックを受ける。
天牙は「ぐへぇ」と間抜けな声を漏らし、後ずさる。眉間を手で押さえながら、涙目でイヴを睨みつけた。イヴも負けじと天牙を睨みつける。
激しい火花が散る中、イルドが気まずそうにボソッと呟いた。
「今のところ、返すのは無理なんだよね」
「どうしてだ? 怪人を倒したんだから返せるはずだろ?」
「それはそうなんだけど……」
イルドはイヴに耳打ちする。
イヴは葛藤するように歯を食いしばると、深いため息を吐いた。何度か舌打ちをした後、重々しく口を開いた。
「……一度だけ説明してやる。質問は無しだ」
緊縛した空気が張り詰めるなか、イヴが力強く言った。
「まずはエロいことを想像しな」
コイツ、何を言ってんだ?
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