第7話 婚約破棄

「イザベラ・ネマーレ伯爵令嬢、君との婚約はなかったことにする」


キターーーーーー!! 

その言葉を待っていたのよ。


わたしはこの瞬間を待ちわびていた。

大好きな小説『フラグ回収はキスの後で』の世界に転生し、私はこの婚約破棄のシーンをずっと楽しみにして来た。

ついに、このシーンまでこぎつけた喜びでわたしの胸は打ち震えている。

悪役令嬢に憧れていたわたしにとって、今日の婚約破棄はまさに人生の晴れの舞台なのよ。


「聞いているのか、イザベラ」


アホガード王子に私の緩んだ口角を見られないように、手にした扇でそっと口元を隠した。

ヒロインのリリカと結ばれる運命のこのアホガード王子。

いかにも苦渋の決断をしたかのように装っているけど、実はそうでもないことぐらい知ってましてよ。


ここは、物語の筋書き通りに困った演技をしてさしあげますわ。


「はい、聞いております。アホガード王子様。

けれども、公衆の面前でそのような大切な話をされるとは、

どういうおつもりなのかしら。

アホガード様は、わたくしに恥をかかせるおつもりで?」


アホガード王子、いくら王位継承者のスペアのスペアに過ぎなくても、世の令嬢は皆彼との婚約を夢見ている。

でも、わたしには最初から愛だの恋だのという浮かれた感情は微塵もない。

さっさと婚約破棄して、ざまぁしてくださいな。

だが、その本心は隠し、わたしは婚約破棄に驚き悲しむイザベラを演じてみせた。


「だって、わたくし、父からは何も伺っておりませんわ。

これはなにかの間違いじゃありませんこと?」


「間違いなどではない。

王立学校で君が陰湿ないじめや横暴などの行いをしていたこと。

それを僕が知らないとでも思っているのか。

王立学校での君の行いは、エリシオン王国の妃になるには相応しくない。 

よって、僕はイザベラ・ネマーレ伯爵令嬢との婚約を破棄する。

そして、リリカ・ボルボーネ男爵令嬢と結婚の約束を発表する。

おいで、リリカ、皆に紹介しよう」


後ろの幕の端から、恥ずかしそうに顔を出したのはヒロインのリリカ。

そんなのわかっているわ。

よくやってくれた。

あの田舎娘がここまで成長してくれた。

わたしがアカ抜けないリリカのために、費やした日々がやっと報われた。

そして、アホガード王子も、よく二股かけてくれたものだわ。

王族にはありがちなことなのでしょうけど。

それでも、アホな王子の本領発揮じゃないの。

素晴らしい!


それでも、わたしは演技を続けた。


「王立学校でのいじめとは、とんだ言いがかりですわ。

身に覚えがございません」


「しらばっくれるな。

君はリリカを平民からの成り上がり貴族だと言って卑しめただろう。

それだけではない。

わざとケガをさせて傷口に毒を塗った。

言葉がきれいにできないからと言って図書室に閉じ込めた。

君の悪事はすべて僕の耳に入っているのだぞ」


ふーん、わたくしのしたことは正確にリリカに伝わっていたと知って安心した。

だけど、リリカがそれをアホガード様に告げ口していたとは、ちょっと引っかかる。

あの娘はそれだけ頭が回るとは思えない。

いいんだけど、いいんだけど、どういう事なのかしら。


「イザベラ様、今まで黙っていてごめんなさいね」


リリカがわたしの前に進み出て口を開いた。

何よ、アホガード王子とあんたが付き合っていたことなんて知っていたわよ。

だって、それはわたしがそうさせたのですもの。


「本当に申し訳ないと思っております。

わたくしのために良くしてくださったのに、

いじめられているとアホガード王子に告げ口したのはわたくしですのよ」


ちょっと待って。

そのしゃべり方、ちょっとおかしくない?

あなた、もっと素直で素朴な娘じゃなかった?


「まだお気づきにならないのかしら。

あ~あ、イモ娘のふりをするのは大変でした。

イザベラ様ったら、わたくしのことを本当に気にかけてくださったのよね」


「はぁ? あなたは演技していたの?」


「今頃気が付くなんて、どっちがイモ娘なのかしら」


「リリカ様、わたくしを騙していたの?」


「オーホッホホホホ……、ああ愉快、愉快。

アホガード王子様はわたくしを選んでくださったのよ。

負け犬はさっさとこの場から消えなさい」


おかしくない?

おかしくない?

どっちが悪役令嬢なのよ。

ちょっと、この展開おかしいでしょ。


「まだ、わからないの? さっさと負け犬は消えなさいよ」


リリカはテーブルに会ったワイングラスを手にすると、わたしの頭の上でワイングラスを傾けた。

ワインはわたしの頭から顔、そして、胸からドレスの裾まで赤く染めていく。


こ、これが、ざまぁ展開!

やったわ! 嬉しい。

これが、これがざまぁなのね。

おっと、感動している場合じゃないわ。

そっちがその気なら、わたしだって……


「どういうこと? よくもやってくれたわね」


わたしはテーブルのシャンパンボトルを取って、リリカの頭の上から注いでやった。


ドボドボドボドボ……


「きゃーーーー!」


「あなたに悪役令嬢の座は渡さないわ! 

あなたはハッピーエンドで終わるはずでしょ

おバカさんが思いつくざまぁなんて、この程度なの?」


「まぁ、言ったわね! 

イザベラ様にわたくしを卑しめる資格なんてないわ!」


「うるさい! 悪役令嬢はわたくしよ」


わたしとリリカは取っ組み合いのけんかになった。

アホの王子は、どうしていいかわからずオロオロしているだけ。

パーティー会場に集まっていた、淑女と紳士たちは大騒ぎ。

女同士の喧嘩に、会場は大混乱。


「あの喧嘩はなんだ」


「なんでも、アホガード王子が二股かけていたらいしぞ」


「恐ろしい、女同士の喧嘩」



そこへ、この騒ぎを聞きつけたエリシオン王国の王と王妃が現れた。

国王陛下の登場に、大広間の人々は静まり、皆うやうやしく一斉に頭をさげお迎えした。


「何を騒いでおるのだ。

アホガード、これはどういうことか説明しろ。

イザベラを婚約破棄すると聞こえてきたが、どういうことだね」


国王陛下の登場で、さっきまで偉そうにしていた第三王子アホガードは、

背中をまるめ蚊のなくような声で、ぼそぼそといきさつを説明しはじめた。


「そうか、それでアホガード、

お前は当然その話の裏をとったんだろうな。

まさか、確たる証拠もなしに

その娘の話を信じたわけではあるまいな」


アホの王子はきまり悪そうに「とってません」とつぶやくと、陛下は激怒した。


「バカもん! 裏も取らずにそんな話を信じるとは……

実は、わしのほうでその件については捜査してある」


え? 陛下、今なんと?


「家臣が調べた周りの証言と、おまえが信じている話には相違があるぞ。

ここにその調査書がある」


陛下は、家臣から調査書という紙を受け取って、読み上げはじめた。


「調べによると、

イザベラは新入生のリリカにマナーや身だしなみを教え、

ドレスを与え、失敗した刺繍を美しい刺繍にすり替え、

話し方を教えたがその対価は受け取らず、

リリカの足のケガを薬草バームで治してやった。

これが真相だ。そうだな、イザベラ」


え? 陛下には直属のデカでもいるのか?

いつのまにそんなに調べられていた?


でも、内容が違うんですけど。

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