第5話 リリカのヒロイン化大作戦

 淑女は刺繍も上手にできなくてはならない。


リリカの刺繍は、どうなのだろう。

いくら平民出身でも刺繍くらいはできるでしょう。

と、想いつつ、不安はぬぐえない。

念の為、誰もいない時間を見計らって、リリカの教室に忍び込んだ。

机の中にある裁縫箱をひとつひとつ見て回った。


「リリカ、リリカ……っと、リリカの裁縫箱には製作途中の刺繍があるはず。」


あった! どれどれ、リリカの刺繍の腕はいかほど。

え? マジで? これって雑巾?

雑巾の波縫いですわ。

まさか、これで刺繍のつもりなの?

あり得ない!


なんという下手くそな刺繍なのでしょう。

わたしは誰も見ていないのを確認して、リリカとわたしの刺繍とすり替えてやった。


今までリリカがせっせと縫い上げてきた努力が徒労に終わる。

いい気味だわ。

フフフ、リリカの絶望した顔が思い浮かぶ。

教室を出ると、ロベルトと行き会った。


「あら、見られたかしら」


「ああ、見ていたよ。今日もお疲れ様です」


わたしは、どや顔で刺繍をすり替えてやったことを自慢した。

それを聞いたロベルトは、


「すごいな、そりゃ。でも悪行じゃないような気が・・・・」


「何かおっしゃいまして?」


「あー、こわーい。リリカもびっくりするだろうねぇ」


「でしょ。でしょ。

雑巾の波縫いがきれいな刺繡に変わるんですもの。

どれだけ絶望するのか、見ものだわ」



*



 淑女には、美しい言葉遣いも求められる。

社交界では、いろんな人とのコミュニケーション能力が必須だからだ。

平民出のリリカが、アホガード王子の目に留まるための最大の障壁。

それが、言葉だった。

普段でも方言の訛りが強くて、友達が少ない。


王立学校の入り口で、友達といるリリカを見つけた。

わたしが与えてやった黄色いドレスを身に着けている。

よしよし、わたしの言いつけ通りにしているわね。


「リリカ様、身なりだけは見られる程度に

なったのじゃありません?」


「あ、イザベラ様、イザベラ様だべ?

オラの刺繍ときれいな刺繍を交換してくれだな」


「あら、何の事かしら。身に覚えがございません」


「大した助かったんす」


「その言葉、なんとかなりません?

よろしかったら個別に教えてさしあげますわ。

放課後、図書室でお待ちしておりますからね」



「え、個別指導……」


リリカがおびえている。


「こんなオラに、イザベラ様が個別指導を……」


まるで天敵に睨まれた小動物のように、震えている。

これで私の恐ろしさがわかったかしら。

これは私の狡猾な罠よ。

親切なふりをして……、もちろん、話し方を教えた対価はいただくわ。





 放課後、リリカは素直に図書室にやって来た。

わたしに恐れをなして、無視されるかと心配したけど、バカみたいに素直で笑っちゃうわ。


「まず、挨拶の仕方ですわ。

リリカ様は普段、どのように挨拶なさっていますか?」


「あ、どーもー」


「あぁ、ダメダメ! わたくしが手本をお見せします。

『ごきげんよう』

このように軽く膝を折って、ドレスの裾をもちあげ、視線は下へ」


「ごきげんよー」


「表情が硬い! 

そんなにおどおどしていては、社交界で通用しなくってよ」


「あのぅ、イザベラ様。

どうしてオラなんかにそんなに親切にしてくれるんだべ」


「その、自分の事をオラと言うのはやめて!

 わたくしとお言い、わ・た・く・し!」


「わたくしに、そんなに親切にしてくれるのは何故だべ」


「語尾! だべはやめなさい。

でしょうか、ですわ、ですの、でございます」


「はぁ~、難しいですのですわ」


「これは基本中の基本よ、これくらいで根を上げるとは情けない」





 リリカへの個別指導第一回目を終えて、わたしは邸宅に戻ろうとした。

そこへ、ロベルトがいつものように、どこからともなく現れる。


「イザベラ、また何か悪だくみをしたな」


「おや、モブのロベルト、ごきげんよう」


「聞いたぞ、リリカに語学を教えてやるから図書室に来いと言ったんだろ。

監禁でもしたのか」


「あら、人聞きの悪い。

わたくしは親切に話し方を教えてさしあげただけですのに」


「それは本当か」


「もちろん。ただし後ほど、その対価はいただきますわ」


「何だと? やっぱり悪事じゃないか。

まさか銀貨三枚とか請求するつもりじゃ……、

それは不当請求にあたるぞ」


「銀貨三枚ですって? 

笑わせないでくださる? 

もっと高価な物をいただきます。

わたくしたち貴族でも手に入れがたいものを、

リリカには支払っていただきますわ。

わたくしの時間と労力の対価として、

とびきりのスマイルをね!!」


「何を言っているんだ。

とびきりのスマイルは、プライスレスだろ」


「ふふふふふ、どう? 

わたくしと図書室にいるというだけで恐ろしいのに、

とびきりのスマイルをしなければならないという不当請求よ。

悪徳業者も真っ青な請求に、

震えあがるリリカの姿が見えるようですわ……」


「確かに、そんな請求は悪徳業者でもしない」





 ある日、リリカは中庭で足をくじいて倒れていた。


「何やっているのよ。

こんなところで大怪我でもされたら、

今までの苦労が水の泡だわ」


「あ、イザベラ様、すみません。

よそ見をしていたらつまずいてしまって……

いただいたドレスを汚してしまったですわの。

申し訳ございませんですわの」


「ドレスなんか他にいくらでもございますわ。

でも、あなたラッキーね。

この中庭には薬草がございましてよ。

ほら、足を見せてごらんなさい」


「大丈夫ですわの。ほんのかすり傷ですわの」


「あらあら、本当にまあ。

でもかすり傷でも雑菌が入ったら大変ですわ。

こういう時は清潔なハンカチーフでそっと抑えてから、

薬草で治りますわ」


わたしは、薬草を擦り傷に直接ごしごしとこすってやろうと思った。

ところが、ポケットからハンカチーフを取り出したとき、偶然にも薬草をバーム状に練ったものが出てきた。

ナイス・タイミングですわ。


「あら、ここに薬草バームがあったわ、

これを傷口に塗ればよろしくってよ」


わたしは、それを塗りたくってやったわ。

薬草バームは傷にしみて、我慢しているリリカの顔ったら、おサルさんみたいでおもしろかった。

オホホホ……うんと苦悩すればいい。

ああ、わたしは今日も悪に手を染めてしまった。


ロベルト?

ロベルトはちゃんと見ていて? この悪行。

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