第2話 エリシオン王国
「君に似合うだろうと思って」
アホガード王子は、わたしに花束を持ってやってきた。
黄色いカーネーションの花束だった。
こいつ、わざとか。
それとも、マジでバカなのか。
「あらぁ、美しいお花、黄色いカーネーションなんて。珍しいですわね」
「ああ、花屋もこれは珍しいから高価な花だと言っていた。
まあ、僕にとっちゃ安いんだけどね」
「黄色いカーネーションの花言葉って何かしら、セバスチャン教えて」
「はい、 申し上げますが、ただの花言葉ですから怒らないでくださいよ。
えっと……、『軽蔑』『あなたには失望しました』です」
ふん、知っていたわ。
アホの王子に教えるために、わざとセバスチャンを使ったのよ。
「へぇ、そうなんだぁー」
何も伝わっていない様子のアホガード様。
それとも、わざととぼけて見せているのかしら。
このアホガード王子は、エリシオン王国の第三王子だ。
国王の第一継承者である王太子は、ずいぶん前から行方不明になっている。
噂によると暗殺されて、すでにこの世にいないのではないか説が、まことしやかにささやかれていた。
第二王子は、虚弱体質でいつも病床に伏せっている。
そこでこの頭の悪いアホガード第三王子が、時期後継者になるのではないかと見られていた。
甘やかされて育ったアホガード王子は、
財産と地位が欲しい大人たちに政治的に利用され、かわいそうと言えばかわいそうなんだけどね。
でも、この王子にわたしはちっとも愛情を感じていなかった。
かわいそうとは思っても、愛してなどいない。
親が決めた婚約だから、婚約者になっただけ。
「へへへ、じゃあ、今度は別の花にしよう」
「今度? その機会がまたあればいいですわね」
「どういう意味だい?」
「べつに、大した意味はなくってよ。
ところで、アホガード様、王立学校での生活は楽しいですか?」
「授業は王宮で家庭教師が教えてくれるから、
僕は学校へ息抜きしに行っているようなものでね。
楽しいとかは、別にないなぁ」
「え? お友達とか、かわいい女の子とか、
そういうつながりはございませんの?」
「ないなぁ」
ダメじゃん!
ヒロインとまだ巡り合っていないのね。
そういえば、さっきロベルトの情報によると、ヒロインは地味な田舎娘って言っていたような。
なんということ。
ヒロインに目移りしてもらわなきゃ、クライマックスシーンの婚約破棄にならないじゃないの。
やだ、やだ、やだ、やだ。わたくしにとって、婚約破棄は憧れの花の舞台なのに。
「アホガード様、
今度はよく校内にいる生徒たちを観察してみてくださいな。
気が合いそうな友達や、女の子がいるかもしれませんよ」
「そういうことに、僕は興味ないんだなぁ。」
「そんなことでいいと思ってるの!?」
わたしはつい語気が荒くなった。
セバスチャンが慌てて、わたしを止めた。
「お嬢様、アホガード様に失礼ですよ」
「いいよ、いいよ。
イザベラの機嫌が悪いのなら、僕はまた出直すことにしよう」
そうだ。お前にもう用はない。
今がどういう状況なのか、確認できたらそれでいいのだ。
とっととお帰り、アホの王子。
*
アホの王子がまだヒロインに出会っていないとは忌々しき事態。
一体全体、このエリシオン王国では何が起きているの。
ロベルトが言っていた、ちょっと事情が変わっているようだって何。
わたしはこのエリシオン王国の状況について、執事に説明を求めた。
「お嬢様……、エリシオン王国の事情を説明しろと。
どういう風の吹き回しですか。国情に興味を持つなんて。
エリシオン王国の人口は、約……」
「そういうことを知りたいわけじゃない! 人口とかはどうでもいいの。
例えば、昔と比べて変わってしまったこととか、
最近の起きた事件とか……そういう事よ。早く教えてちょうだい」
「はい、承知いたしました。
最近は、昔と違ってモンスターが出現するようになりました。
エリシオン王国は、モンスターの出ない平和な国でありましたが、
他国と同じくギルド登録した冒険者に、
クエストを依頼することもしばしばでございます」
「それは、どういうこと?
……まあ、いいわ、続けて」
「ところどころ魔素溜まりが発生しておりまして、
魔力を使える人間も出現しております」
「……」
「お嬢様、イザベラお嬢様、いかがなさいましたか?」
これは、小説の設定が変わってきているということかしら。
マズいわ。
エリシオン王国がマズいんじゃなくて、わたしね、マズいのは。
だって、わたし異世界ファンタジー小説なんて、
有名な本のタイトルくらいは知っているけど、読んだことがないのだもの。
魔素? 魔力? クエスト? 何それ、おいしいの?
これは、ロベルトの異世界ファンタジーの知識が必要ね。
ロベルトだったら、なろう系小説読んでいそうじゃない。
ところで、ロベルトはどこに住んでいるのかしら。
この世界、スマホもなくてどうやって連絡すればいいのよ。
詰んだわ。
やっと、大好きな小説の悪役令嬢に転生できたのに、事情が変わっているなんて。
いいえ、イザベラはそれでも悪役令嬢であることに変わりないわ。
弱気になってどうするの、頑張れイザベラ!
「セバスチャン、町のみんなが集まるような機会がないかしら。
できるだけ直近で」
「街のみんなが集まる? ございますが、
お嬢様が行くようなイベントではございません」
この小説を原作に出来るだけ戻すには、悪役令嬢イザベラは絶対的に悪役令嬢であるべきなのよ。
まずは、町の住民から悪役令嬢の恐さを思い知らせてやる。
そこから原作に戻してやるわ。
そして、わたしの悪役令嬢っぷりを、ロベルトに見せつけるの。
「どんなイベントでも構いません。それはお祭りかしら」
「教会前広場の清掃と聖堂内の清掃です。町の有志が集まります」
「清掃……、してお給金はいかほど?」
「タダでございます。ボランティア活動なので」
「それ、わたくしも参加いたしますわ!」
セバスチャンは驚いて、思わず持っていた手帳を落とした。
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