第1話 憧れの悪役令嬢イザベラ
目が覚めると、天蓋付きのベッドに寝ていた。
天蓋付きのベッドなんて、映画でしか見たことが無い。
うわぁ、凄くない? 凄くない?
お姫様が寝るようなベッドだわ。
もしかして、わたし、お姫様に転生してたりして。
「おはようございます。お嬢様」
誰かががゆっくりとカーテンを開けた。
やわらかい朝の光が、部屋の中に入り込む。
明るさに目が慣れて来ると、中世ヨーロッパ風のインテリアの部屋だと言うことがわかった。
「イザベラお嬢様、お召し変えを」
イザベラ? わたしのことイザベラって呼んだ、この人。
よく見ると、その人はメイドの制服を着ている。
くぅーっ、ひょっとして、これは……
小説『フラグ回収はキスの後で』の世界じゃないの?
ということは、わたしはお姫様なんかじゃない。
伯爵令嬢よ。
わたしは憧れの悪役令嬢イザベラに転生したんだわ。
やったぁ!
思わず、小さくガッツポーズが出た。
「お嬢様、今日のご予定ですが、ご婚約者のアホガード様がこちらにいらっしゃいます。
ドレスは何色にいたしましょうか」
婚約者のアホガード様?
ああ、あのどうでもいい王子ね。
「アホの王子がここに来るんですって?」
「アホの王子? アホガード様のことでしょうか?」
「決まっているじゃない。それで?」
「それでと言いますと?」
「それで、わたしはアホの王子と婚約をして、
王立学校に通っているって設定で合っているのかしら」
「お嬢様? 設定とは……? その通りですが、
何か問題でもございましたか?」
「今のところは、特に問題ありませんわ。
確認したいのよ。早く答えなさい」
「はい、王立学校で学ばれていらっしゃいます」
「ふん、そこでリリカという女には会ったのかしら」
「さ、さあ、わたくし共は学内の事までは、存じ上げません」
「ああああ、そっかー。ったく、役に立たないメイドね」
「申し訳ございません」
こうなったら、アホの王子に直接聞いた方が早いわね。
王子に会って、リリカという女とは会ったのか、浮気はどこまで進んでいるのか。
って、そこまで白状するバカはいないか。
いや、わからないわよ。
案外アホガード王子なら白状するかもしれない。
しばらくすると、執事がやって来た。
「お嬢様、急用だから会わせてほしいという男が……」
「アホの王子ね。お待ちしておりました。参りますわよ」
「いやあの、お待ちください、お嬢様。話を最後までお聞きください」
執事が私を止める声がしたが、
テンション上がりっぱなしのわたしを、誰も止めることはできない。
わたしは、初めて見る貴族のお屋敷の中を走って移動した。
想像以上に部屋がいっぱいあって、訳が分からない。
迷子になりそうだわ。
どこよ、アホの王子はどこにいるのよ。
屋敷の玄関ホールを見つけた。
そこに向かって走って行くと、誰かに呼び止められた。
「イザベラお嬢様……ですか?」
声がした方を振り向くと、見目麗しき男が立っていた。
「アホの王子、じゃない……わね」
「よかった、アホガード様はまだ到着されていないのですね」
男は安心しほっとしてから、礼儀正しく挨拶をしてきた。
「申し遅れました。わたくし、騎士団の候補生でロベルトと申します」
何奴! そんな人あの小説に登場したっけ?
それに、アホの王子と聞いただけでイコール、アホガード王子と理解するとは。
あなた、一体何者なの。
「取り急ぎお伝えしたいことがございます。
少しお時間をいただけますか?」
わたしが戸惑っていると、執事が追い付いてきて息を切らしながらその男を責めた。
「前もってお約束のない急な面会は困ります。
お嬢様はいろいろと予定が入っていて、お忙しい身です。
どうか、お引き取りを……」
わたしは執事を止めようとしたが、
「いいのよ、執事……執事はなんていう名前だっけ」
執事の名前が出て来ない。
「お嬢様、まさか、わたくしの名をお忘れですか」
ヤバイ、そんな地味キャラの名前なんか覚えてないわよ。
すると、騎士団候補生のロベルトと名乗った男が、小声でささやいてきた。
「執事といったら、たいていセバスチャンとかだろ」
なるほど、そうかもしれないわ。
「セバスチャン、大丈夫です。もう下がって」
「承知いたしました」
執事はおとなしく座をはずした。
マジで―――? 適当に言ったら当たった。
てか、このロベルトって男は何者なの?
「お嬢様、ずっとあなたを探しておりました。
やっと、お会いできて光栄です」
「ロベルトと言ったわよね。
あなたは何故、アホの王子と聞いただけで
アホガードのことだと理解できたのですか?」
「それは、……伊沢麻里だろ、お前」
どっひゃー!
なんですって!
異世界に転生してきて、前世の名前で呼ばれるとは思わなかったわ。
どうしてわたしの前世の名前を、この男は知っているの?
「俺だ、呂部徹だ。
どうやら俺たちは同じ小説の世界に転生したらしい」
「徹! まさかこんなところで再会できるなんて!」
「しっ! 声が大きい。
俺みたいなモブと伯爵令嬢が友達だなんてバレると、面倒だろ」
「ぷっ! 徹、モブに転生って、マジでウケるんですけど」
「しょうがないだろ!
伊沢はよかったな、念願の悪役令嬢に転生できて。本望だろ」
「ということはぁー。
徹の目の前で、悪役令嬢ぶりをまた発揮できると。
そういう事ね。
愉快ですわ、オホホホ……」
「相変わらずだな。
だがな、あの小説とは異なる点がいくつかある。
全く同じじゃないみたいだ。気を付けた方がいいぞ」
「それを忠告しに、わざわざ来てくださったの?」
「そ、そうだ。悪いか」
「ご心配には及びません。
わたくしは、立派に悪役令嬢の役割を果たしてみせます」
「本当にわかっているのか?
悪役令嬢の役割って、最後は幽閉か処刑だぞ。
そんなことになっても本当にいいのか」
「本望です。処刑されても何回でも転生して、
悪役令嬢ライフを楽しませていただきますわ」
「お前、バカか」
「悪の道を究めたい。もう誰も到達したことが無いほどに。
ゆくゆくは、悪を極めて魔王になるつもりよ」
「頭が痛くなってきた。もういい、わかった」
「徹にはちゃんと見ていて欲しいわ、この勇姿を」
「勇姿っていうのか?
まあ、いいけど……、ドレスきれいだな」
「違う! ドレスの話じゃなくて、悪役令嬢としてのわたしのこと!」
「ああ、こわいなー。とんだ悪役令嬢がいたもんだー。
これくらいで、いいか?」
「よろしいでしょう」
「あ、大事なことを言い忘れるところだった。
アホガード王子と結ばれるはずのヒロインだが、地味な田舎娘だぞ。
あのままでは、王子の目には留まるまい」
「ひっ! なんですって?」
「ヒロインと王子が恋に落ちないと物語は進まない。
そのせいか、この世界は少しずつ変になっているようだ。
イザベラの働き次第で、物語が動けばいいんだけど」
「なんでそんな大事な事を先に言わないのよ」
「だって、俺の正体がわからなきゃ、
信じてもらえないような内容だから」
「それで、わたくしを探していた。
やっと見つけて会いに来た。ということですね」
「なんだ、わかっているなら、あまり脅かすなよ。
それだけじゃないけどな、探した理由は」
「まだ何かございますの?」
「いや、その……、
あっ、王子が乗った馬車が来た。
それじゃ、あとは頼んだぞイザベラ」
徹……
徹が同じ世界にいるなんて。
それなら、全身全霊で悪役令嬢をやらせていただきますわ。
さぁ、世界よ、このイザベラの存在を、恐れおののくといいわ!!
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