悪役令嬢はかっこいいとあなたが言ったから~こじれた無自覚善行が世界を救ったって話

白神ブナ

第0話 プロローグ

 高校の遠足で乗ったバスが、谷に転落した。


横倒しになったバス。

事故現場は悲惨だった。

バスから放り出された生徒。

バスの中でうめき声をあげている運転手。

そして、引率の先生と生徒たち。


伊沢麻里いざわまり16歳は、転落したバスからなんとか脱出した。

彼女はクラスメイトのとおるを探した。

徹はまだ意識があった。

呂部徹ろべとおるも大けがを負っていた。伊沢麻里いざわまりは、とおるを必死で助け出した。


「ちょっと、しっかりしなさいよ」


「伊沢か、俺はもうだめかもしれない」


「ばか! 何を言ってるの」


「お前に貸してたあの本だけど、よかったらお前にやるよ」


「はぁ? こんな時に本の話? 借りたものは返す主義なのよ。

嫌よ、本を返すまでは死なせないわ」


「あの本、面白かっただろ。登場人物かっこいいし……」


「ダメ! しっかりして。

わたし、これから一世一代の悪事を働いてみせるから。」


「あのな、伊沢。前からずっと言おうと思っていたんだが」


「こんな時に告白?」


「違うよ。お前はなにか勘違いしてるぞ。

こんな時に悪事なんてしなくていいから、おとなしく救助を待とう。

きっと、誰かが見つけてくれる」


「あんた、ばかぁ? ちゃんとわたしが働く悪事を見てなさいよ。

この事故をネットで晒してやるから」


「伊沢……?」


自分も重傷を負っているにもかかわらず、伊沢麻里いざわまりはバスの中から同級生たちを次々に引っ張り出した。


「はぁ、はぁ、はぁ……あんた達、恐れおののくといいわ。

この姿をSNSで晒してやるんだから」


事故現場をスマホで撮影し、SNSに投稿した。


「○○高校の遠足で箱根に向かう途中、

バスが谷底に落ちて草

何人かバスから引っ張り出してやったから晒す

場所がわかったら 助けてごらんなさいよ

あなたにできるかしら

ホホホホ……」


写真貼り付け。

送信。


「あんた達、ここで息絶えたらわたしが承知しないからね。

あんた達を警察に突き出してやるまでは、死ぬんじゃないわよ。

テレビ中継に映って、わたしは高笑いしてやるんだから!」


伊沢麻里いざわまりは皆を叱咤激励しったげきれいし、生徒たちは呻きながらも必死に救助を待った。

実は、伊沢麻里いざわまりも重傷を負っていた。

にもかかわらず、無理に動き回ったのが禍いしたのだろう。

よろよろと、呂部徹ろべとおるが倒れている場所まで歩くと、急に体の力が抜けたように倒れ込んだ。


「伊沢……」


「徹、見てた? わたし、また悪に手を染めてしまったわ」


「ああ、見てたよ。伊沢……、俺が本当に好きなのは……」


「徹、わたし、かっこよかった? ねえ、応えてよ。

なんだか急に疲れちゃった……徹の隣で横になってもいい?」


「……」


伊沢が投稿したSNSは、衝撃的な映像とともにバズって、世界中に拡散された。

そして、全国ニュースになった。

事故現場には警察と消防が駆けつけ、救助活動が行われた。

もちろん、伊沢が期待したマスコミ取材も殺到した。

しかし、その様子を伊沢麻里いざわまり呂部徹ろべとおるも見ることはできなかった。




 真っ白い空間で、

伊沢麻里いざわまりは、浮かび上がったスクリーンを眺めていた。

それは、昼休み時間に隣の席の呂部徹ろべとおるとしゃべっていた想いでののシーンだった。


「まるで映画みたい。なんでこんなプライベートシーンが映画になっているのか意味不明だわ。

くだらなすぎるし、しかも観客がわたし一人なんて草」


スクリーンの中の呂部徹ろべとおるは、一冊の小説を伊沢に見せているところだった。


―[この本、最高に面白いよ。『フラグ回収はキスの後で』ってさ、

今の話題作だから伊沢も読んでみろよ]


―[くっだんなーい。よくこんなタイトルの本読めるね。

これ女性向けのラノベじゃん。

ふぅーん、徹ってこんなの読むんだ。

男のくせにこんなラノベのどこがツボなの?]


―[まず、ヒロインより悪役令嬢が良く書けている。

可愛いだけのヒロインよりも、悪役令嬢のほうが断然かっこいい]


―[へぇ、そうなんだー]


―[すごく人間っぽいっていうか、憎まれ役なんだけどさ、

悪役令嬢のおかげで物語に厚みが出ているんだよな]


―[だって、悪役なんだから、最後は破滅するんでしょ]


―[そうなんだけど。俺だったら、その破滅から回避させてやるね。

俺の推しポイントって変かなぁ]


―[うううん! いい、すごくいいと思う!]





プツン……


スクリーンの映像はここで消え、代わりに女医のような人が現れた。

女医は、手元にあるタブレット端末に出ている情報を読み上げた。


伊沢麻里いざわまりさん、あなたは高校の遠足でバスに乗って、

箱根に向かう途中、転落事故により死亡。

死の直前まで多くの人を助け出し、命を救った。

また、事故をSNSで知らせるなど、多大な功績を残した」


「あのぅ、どなた?」


「わたしは、転生転移を司る女神ジョイです」


「めがみ女医? うーーん、わたし死んだんですか。

あのぅ、今読み上げられた情報についてなんですけど、

ちょっといいですか?

前半は会ってるけど、後半は間違っています」


「この情報が間違っているとは、あり得ません。

あなた、そうとうこじらせているわね。

そのこじれの原因が、さっきの思い出シーンってわけね。なるほど」


「こじらせ? 身に覚えがありません」


「ふむ、自覚できてないのね。

これは重症だわ。病識がない……と」


女神ジョイはタブレット端末に入力した。


「それで、わたしはどうなるんですか? 

ひょっとして、異世界に転生できちゃったりする?」


「簡単に異世界に転生できると思っている人が多いけど、

それ、違うから。

何の影響か知らないけど、転生を甘く見るんじゃないわよ。

ああ、そういえば思い出した。

彼も異世界に転生させたところだったわ。

そうねぇ、その案件、悪くないかも。

あなたも行く?」


「彼って……とおるは彼じゃないですからっ!」


「あらぁ、変ねぇ、わたし名前を出してないわよ。

どうして、とおるさんだと思ったのかしら?

あなた、顔が赤いけど発熱してる?」


「酷い、はめられた。

……女医さんって、もしかして性格悪い?」


「うふっ、だとしたら、どうなのかしら」


「断然、かっこいいです!! ぶっちぎりで優勝です」


「あらららら、そう来たかぁ。

やっぱりわたしが見込んだだけあるわ。

あなたには、異世界で大事な仕事をしてもらおっかな。

いい? これは、あなたにしかできない任務よ」


「性格悪い女医さま! 師匠の命令ならなんなりと」


「師匠……? 弟子をとったつもりはないけど。

マジでこじれた子ね。

オッケー、弟子になりたいなら、

この任務を遂行すること。よろしくって?」


「師匠、その任務とは?」


「行けばわかるわ。あなたにぴったりの世界での任務よ」


「よっしゃー! 性格悪い女医に弟子入りして、

悪行に磨きをかけるわよー!」


こうして、伊沢麻里いざわまりは異世界へ転生が決まった。

女神ジョイを、性格悪い女医と勘違いしたまま。




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悪役令嬢はかっこいいとあなたが言ったから~こじれた無自覚善行が世界を救ったって話 白神ブナ @nekomannma07

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